また、お酒を飲む人は「ノンアルコールなのに高い値段を付けるなんて……」と感じたりもするようだが、それはお酒が好きだからそう思うだけのことだ。下戸からすれば、アルコール飲料のほうが「不要なもの」であり、価値のあるノンアルコール飲料が相応の価格で提供されることに不満を感じることはないだろう。
こうした思いもあり、2019年6月にフェイスブック上で「ゲコノミスト」という下戸が集まるグループを作ってみたところ、あっという間に2000人を超えるメンバーが集まった。そこにさまざまな声が寄せられてわかったのは、下戸として辛い思いをした体験を共有する場や「下戸を大切にしてくれるレストラン」「ノンアルコールのペアリングをしてくれるレストラン」などの情報に対するニーズが高いことだった。
加えて、下戸にも多様性があることもわかってきた。あるメンバーが「お酒が好き/嫌い」「体質的にお酒が飲める/飲めない」という軸によるマッピングを示したところ、4象限それぞれに当てはまる下戸がいた。「嫌いだし飲めない」のは真性の下戸で、一般に下戸といえばこういった人を指すが、「好きだけれど飲めない」下戸もいる。お酒の味や飲むときの雰囲気は好きでも、飲むと体調が悪くなってしまうという人が多い。
私にとって意外だったのは「体質的にお酒に強いけれど飲むのは嫌い」という人も一定数いることで、こういった人は飲めないふりをすることが多い。そして「お酒が好きだし、強い」けれど飲まない人もいる。クルマの運転をするので飲めない「ドライバーズ下戸」や妊娠中、育児中のために飲めない「妊娠下戸」「育児下戸」のほか、病気などでドクターストップがかかって飲めないという人も少なからずいる。
こうして考えてみると、飲食店や飲料メーカーがノンアルコール飲料の品揃えを検討する際は下戸の分類にも留意する必要があることがわかる。
下戸といってもいろいろで、意見は1つではない。お酒の味が好きな下戸向けにはノンアルコールビールやノンアルコール梅酒は喜ばれるかもしれないが、お酒が嫌いな下戸の人はノンアルコールビールを飲みたいとは思わないだろう。「アルコールの代わり」ではなく、もっと視野を広げて開発していくことが、ノンアルコール市場の拡大につながるのではないかと思う。私は、これまで無視され続けてきた下戸市場を開拓すれば、飲食業界が5〜6%程度は成長できる可能性はあると見ている。
かつては大人がタバコを吸うのはごく当たり前の光景で、電車の中やオフィスの中にまで灰皿が置かれている時代もあった。それが今では社会の前提が変わり、タバコを吸える場所も減っている。今後はアルコールに同様の変化が起きることも考えられるだろう。
“ゲコノミスト”の間では、下戸であることが前提なのでお酒を飲む人を「ノン下戸の人たちは……」と呼んだりすることもあるが、こうした小さな動きも社会の変化を示しているのかもしれない。
ふじの・ひでと◎レオス・キャピタルワークス代表取締役社長。東証アカデミーフェローを務め、明治大学のベンチャーファイナンス論講師として教壇に立つ。新著に『投資家みたいに生きる─将来の不安を打ち破る人生戦略』(ダイヤモンド社刊)。
連載:カリスマファンドマネージャー藤野英人の「投資の作法」
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