私たちの体には、約100兆個以上1,000種類以上の微生物がすみついている。大半は消化管である腸をすみかとし、人間が食べたものを餌に、独特の生態系を作っている。腸壁にお花畑のように広がるその生態系が「腸内フローラ」(細菌叢)。そのお花畑の乱れが、さまざまな疾患と関連していることがわかってきた。
腸内細菌叢は免疫、解毒、炎症、栄養の吸収などの生理活動に作用し、がん、糖尿病、アレルギーなど代謝、免疫に関する病気の発症に関与。さらに認知力やストレス適応、感情にまで大きな影響を与え、ADHD、認知症などの発症にも関係しているという。例えばうつ病は、神経伝達物質の異常やストレス反応による内分泌系の異常、慢性炎症などが原因だといわれてきた。それが腸内細菌の構成が発症リスクになっていることが明らかになってきたのだ。
先がけとなったのは、2004年に発表された九州大学心療内科、須藤信行教授の研究だ。須藤教授が1990年代に行った無菌マウスに普通のマウスの腸内細菌を移植する実験では、体内でストレスホルモン物質が大量に分泌され過剰な警戒心を見せていた無菌マウスが、腸内細菌の移植によって落ち着きを見せるようになった。
11年には、カナダのマクマスター大学のベルチック博士が、臆病なマウスと活発なマウスの腸内細菌を入れ替える実験を行った結果、大人しいマウスは外向的になり、活発なマウスは不安定な様子を見せるようになったとの研究結果を発表した。腸が脳に情報伝達し、行動に影響を与えることを証明したのだ。
さらに今年5月には、国立精神・神経医療研究センター神経研究所とヤクルトが、腸内の善玉菌が少ないとうつ病リスクが高かったとの共同研究の結果を発表した。43人の大うつ病性障害患者と57人の健常者を対象に、ビフィズス菌と乳酸菌(ラクトバチルス)の量を測定すると、うつ病患者ではこの2つの菌が有意に少なくなっていたのだ。
便1グラム当たりのビフィズス菌の量(中央値)はうつ病患者で約32億個、健常な人は100億個。ラクトバチルス菌は、うつ病患者が79万個、健康な人が398万個だった。さらにうつ病の発症リスクは、ビフィズス菌が約34億個以下で3倍、ラクトバチルス菌が約309万個以下では2.5倍となることがわかった。
ストレスなどによって悪化する「過敏性腸症候群」は、うつ病患者で罹患率が高い。今後は乳酸菌を含む飲料や食品の摂取でうつ病が改善されるかを探り、医薬品開発にも繋げていくという。
すでに日本では、潰瘍性大腸炎の新治療法「糞便移植療法」の臨床実験が始まっている。ストレスに強い健康な人に便ドナーになってもらうことで、ストレスに強い体が手に入る日が本当に来るかもしれない。
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