サントリー新浪CEOが語る、「グローバル化」と「やってみなはれの精神」

サントリーCEO、新浪剛史(Photo by Jan Buus)


サントリーを勝たせる差別化要因

東京・台場にあるサントリーワールドヘッドクォーターズ。東京湾を臨む会長室の壁に「悠々として急げ」の額がある。芥川賞作家で名コピーライターとしても知られる開高健が、ラテン語の「Festina lente(急がば回れ)」を開高流にアレンジしたものだ。

「社長、あれだよ!」

佐治会長にそう諭されたのは、新浪が「それまで自分の時間をつくることが苦手だった」からだ。

「最近になってようやく、少しはできるようになりました。それまでは、平日休日問わずスケジュールは15分刻みで、はい、次、次って、チェックするような感じだった。人とのんびり話すことなんて、サボることだと思っていました。やっぱり慌ててワーッとやったらダメですね」

新浪は若いころ、外交官への道を諦めている。三菱商事では事業企画が2年にもわたって通らなかったことがある。それでも、ひたすら前を向き、結果を求めてスピードと効果重視で努力を重ねてきたのだ。

ー振り返れば苦難の連続。順風満帆なキャリアを歩んできたように見える経営者ほど、そのような経験をしている。しかし彼らは、それを乗り越えたからこそ今がある。新浪を突き動かした原動力は、アメリカだ。

サントリーはビームの買収によってアメリカのスピリッツ市場に参入する足がかりを得た。「アメリカほど面白い国はない」。新浪はそう指摘する。アメリカは、異なる“ものの見方”に寛容で、「ダイバーシティ(多様性)」を尊重する。だから「いつまでも若く、決して成熟しきらない」。そして、それぞれの都市に特有の経済圏があり、それらが“新興経済合衆国”(ユナイテッド・ステイツ・オブ・エマージング・エコノミー)のように成長している。そこが面白いというのだ。

だが、伸びている市場は皆が狙う。 それでは、そうした成長機会と脅威が入り乱れるマーケットにサントリーのような日本企業が参入し、勝ち抜いていくためには、どういう戦略を策定すればいいのであろうか。新浪は、ひとつのポイントを挙げている。「差別化」だ。

1899年に大阪で創業した同社の歴史の根底には、ウイスキーをはじめとする日本の洋酒文化を切り拓いた創業者、鳥井信治郎の理念が宿っている。「やってみなはれ」である。

やらなきゃわからない。だから、やりがら状況に合わせて変えていくー。そんなチャレンジ精神と、それをやり切る胆力が、新しい価値の創造に挑戦していく原動力となっている。新浪はサントリーに移った当時の印象をこう振り返る。

「皆、僕が言う前に、どんどんいろんなことをやっちゃうんですよね。それぞれが、こういうことをやってみたい、というのを持っているんです」

新浪は、そんな独特の企業文化こそが、グローバルマーケットにおける「圧倒的な差別化要因」、すなわち競争優位の源泉になりうると考える。だから新浪は海外グループ企業の幹部に、こう説く。

「コアバリューからぶれてはいけない」

大型M&Aを重ねたサントリーグループの従業員数は42,000人。そのうち外国人は57%(海外売上高は38%)と過半数に達する。だからこそ、組織の存在意義や使命を示す共通の価値観が大切となってくる。それはつまり企業のアイデンティティであり、買収先の社員に理解してもらい共有することは世界で戦うときの要件となる。

「どんなに事業がグローバル化し、社員の多国籍化が進んでも、失ってはならないのが創業精神です。絶対に譲れません」
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文=北島英之

この記事は 「Forbes JAPAN No.26 2016年9月号(2016/07/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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