甘い味つけがモンゴル人の好み
ガチ中華の店はウランバートル市内に点在しているが、中国からの国際列車の乗客が降りるウランバートル駅の近くに何軒か並んでいる界隈がある。筆者が訪ねた中華料理店「祥和(シャンフー)」は、かなり大型のレストランで、中国と変わらない分厚いメニューにたくさんの料理が並んでいた。
ところが、店員が勧めてくれた本来四川料理の「魚香肉絲(ユイシャンロウスー)」はまったく辛くも痺れもなく、甘い味つけだったのは驚いた。最近、東京のガチ中華のランチメニューに入っている魚香肉絲もここまで甘くなかったからである。
担担麺の店でもそうだったが、甘い味つけがモンゴル人好みの中華料理の特徴のようだ。これはガチ中華というより、その土地の人たちの口に合わせたという意味で、日本の町中華に近い世界といえるだろう。
これまでみてきたとおり、モンゴルには現地化したモンゴル風の中華料理とガチ中華が共存している。またモンゴル人は今日のガチ中華の特徴である刺激の強い麻辣味は好まないこと。全体的にはモンゴルに近い中国北方から西方、内蒙古自治区出身の人たちの店が多いことだ。
一方、広東の飲茶や上海、福建料理といった沿海地方の海鮮を豊富に使った口にやさしく、さっぱりテイストの店はあまりなさそうだ。そこが日本との違いである。日本には北も南の味も両方あるからだ。地元モンゴル人に支持されていない店と、現地化することでそこそこ集客できている店があることは、東京と同じである。
モンゴル研究者の小長谷有紀国立民族学博物館名誉教授の著書『世界の食文化3 モンゴル』(農山漁村文化協会)によると、モンゴルの首都ウランバートルには国際色豊かな世界各地の料理を出すさまざまなレストランがあるが、「地元ウランバートルのモンゴル人たちが最も手軽に利用しているのは、何と言っても中華料理店である」ということだ。
同書が刊行されたのは2005年だが、2000年代初めのモンゴルは「社会主義から市場経済への移行が急激に進んで10年経った」頃で、市内には100軒近くの中華料理があると推測されたという。
「1991年の民主化直前、ウランバートルに中華料理店はほとんどなかった」ことを思うと、当時のウランバートルの外食シーンにおいて中華料理の存在感は大きかったことがうかがえる。