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2021.03.31 16:00

薬のまち・大阪の歴史を継承し、医療DXで世界へ挑む

ネクイノ代表取締役社長 石井健一

ネクイノ代表取締役社長 石井健一

医療分野におけるデジタル技術の進歩と活用が急ピッチで進んでいる。2020年3月に国内でのサービスが開始された第5世代移動通信(5G)は、画像を用いた遠隔医療を加速させた。人工知能(AI)による診断も技術開発が進む。そして新型コロナウイルスの感染拡大は、時限措置ながらオンライン診療を初診にまで拡大させた。

現在、この施策の恒久化が議論されている。このような状況下で、「Personal Health Record(PHR)が実装された社会」という未来像へ向けて邁進するのが、大阪市に拠点を置くネクイノだ。同社の取り組みと、イノベーション都市としての大阪のポテンシャルについて、代表取締役社長の石井健一に聞いた。



生涯の健康情報を“1枚のカルテ”で貫くPHR


コロナ禍は、これまでの社会の制度疲労や旧態依然とした慣習など、さまざまな“時代遅れ”を浮き彫りにした。個人情報や医療情報の取り扱いもその一例で、患者数の情報共有やワクチン接種をめぐるドタバタ劇を見るにつけ、この国の「遅れ具合」に暗澹たる気分になることも少なくない。しかし一方で、現状に危機感をもち、ITによって医療と暮らしを変えていこうというスタートアップも数多く生まれている。そのなかでも、医療をめぐる体験と空間を変えるというチャレンジを行っているのが、ネクイノだ。

「私たちが社会実装を目指すPHRとは、いわば、人が生まれてから死ぬまでのあらゆる健康情報・医療情報が記録された1枚のカルテです。図らずともコロナ禍によって、PHRの重要性が認識されるようになりました。PHRが整備されることで、優先してワクチンを接種すべき人を選定しやすくなりますし、『出入国はワクチン接種者のみ』といった感染管理も行いやすくなる。医療機関や組織の枠を超えて健康情報にスムーズにアクセスできることで、安心で快適な社会が可能になるのです」(石井)

このような社会の実現に向け、同社では3つの事業を展開している。1つ目は、「診察のデジタル化」事業。オンライン診察がこれにあたり、すでに婦人科領域での診察と薬の処方を行うプラットフォーム「スマルナ」をリリース。2021年2月末現在、アプリは約46万のダウンロードがあり、約38万人のユーザーが利用している。

2つ目は「Point of Care Testing(POCT)」と呼ばれる「検査のデジタル化」事業で、すでに北米では病院以外の場所での臨床検査を実施する動きが広がっているが、今後はこのような領域での事業展開を進めていく。

そして3つ目が、「IDのデジタル化」事業。マイナンバーと保険情報をつなぎ合わせる仕組みの構築を行っている。この事業領域からは2021年より「メディコネクトVRS」として、ワクチン接種の予約システムとして活用される。

「海外ではワクチンの接種履歴をスマホで見ることができ、画面を提示することで買い物が割引になるといったサービスも普及しています。ウィズ・コロナやポスト・コロナの時代において、PHRは大きな役割を果たすと考えています」


 

海外への扉を開くためには自治体の支援が心強い


薬剤師でもある石井は埼玉県出身。大学卒業後に製薬企業に就職し、転勤を経て大阪勤務に。ここで、医師やエンジニアをはじめとしとして現在の事業につながる人脈を築いていった。

「事業の立ち上げにあたっては、人的リソースが何よりも重要」と石井が言うように、大阪で出会った仲間の存在が、この地での起業を後押しした。加えて、大阪ならではの背景もあった。

同社の「スマルナ」では、医師の診察によるピルの処方を行っている。そのため同社は、医薬品の販売会社という側面ももつ。そして大阪といえば、大手製薬会社が何社も本社を置く薬のまち。歴史的な経緯もあり、自治体レベルでも薬業界の発展を支援する仕組みが設けられている。同社のように薬を扱う会社が参入しやすい環境が整っているのだ。

スタートアップの企業数でいうと、大阪は東京よりも少ないことは事実だ。しかしそのことはメリットにもなると石井は言う。

「東京はライバルが多すぎ、集団から抜け出すことが簡単ではないとも言えます。大阪ではその点、しっかりとした活動をしていれば日の目を見やすい。結果、さまざまな支援も得やすくなって成長を加速させられる。スタートアップにとって『抜け出すこと』『注目されること』は重要なので、大阪はむしろ恵まれた場所だと考えています」

創業期から現在に至るまで、石井は大阪市が主催するシード期のスタートアップ起業を支援する「OIHシードアクセラレーションプログラム(OSAP)」をフル活用していると言う。OSAPでは、東京から投資家を講師として招いた勉強会や、東京でのピッチイベントなども企画・開催しており、石井も頻繁に参加した。これらの機会を通して、事業計画をピッチで発表し、フィードバックを得てさらに計画をブラッシュアップしていくというサイクルを回したり、投資家や東京のスタートアップとのつながりを築くこともできた。

医療分野でのイノベーションは、日本国内のみならず世界にまで市場が広がっている。同社ももちろん、グローバル展開を視野に入れている。この点において、大阪で得られる支援を石井は心強く感じている。

「JETROをはじめとして自治体は海外との窓口役となってくれることもあり、当社もOSAPからのつながりで、シンガポールやタイで行われたイベントに出展することができました。海外進出を考えるスタートアップにとって、自治体は水先案内人のような存在。頼れる案内人がいるに越したことはないですよね」

そしてもうひとつ、大阪の恵まれた環境として石井は、大阪人・関西人の気質を挙げる。

「誰もが本音で話すのは大阪・関西ならではだと思います。資金のことも採用のことも、リアルな情報が得られます。だから話が早い。15分話せば『この会社となら組める』『この会社とは方向性が違う』という判断ができることもありますから、スピード感は抜群です」



信用評価に独自の制度を設け、資金調達が加速することに期待


多くのスタートアップは、一番の課題として資金調達を挙げる。金融機関やベンチャーキャピタルなど、資金支援を行う組織も活発に活動しているが、それらは必然的にスタートアップが多い場所、すなわち東京に集まっている。石井は肌感覚として、「1,000万~3,000万円の調達をできる環境は大阪でも整ってきた。ただし1億円となると、まだまだ難しい」と感じている。

また、有形の資産が限られるIT企業ならではの悩みもあると言う。同社にとって、資産と評価されるのは利益と資本金しかない。成長を加速するために資金を調達しようにも、信用の裏付けとなるものが現在の仕組みでは限られてしまい、簡単ではないのだ。

「自治体に協力してもらいたいのはまさにそこです。例えば、行政主導の認定事業やアクセラレーションプログラムに採択された企業へは、融資の条件を緩和するといった方法が考えられます。自治体が事業の将来性を認め、そのことが資産に替わる信用の裏付けとなり、融資を可能にするのです。これを特区の仕組みを活用して導入したら、大阪はスタートアップにとってさらに魅力的な場所になると思います。大阪は商人のまちです。伸びていこうとするビジネスをサポートすることで、その成果は何倍にもなってまちに還元されるはずです」

2025年には大阪・関西万博が開催される。「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに掲げる万博とあって、石井も大きな関心を寄せている。

「オリンピックや万博という国際的な大規模イベントは、それを契機にしてスタートアップが飛躍するという側面もあります。それには、自治体による『このビジネスを伸ばしたい』という強い意志とサポートが欠かせません。いわば“一本釣り”です。スタートアップは多産多死の世界です。『みんなに公平に』ではなく、『可能性のあるところに一点集中』こそが、スタートアップを伸ばします。その方が結果としてまち全体を発展させることになります。万博を機にそういった考え方が自治体のなかで浸透し、一本釣りが行われることに期待しています」

最後に、大阪でスタートアップ起業を考えている人へアドバイスをもらった。

「まず大阪イノベーションハブ(OIH)へ行きましょう。人も情報もつながりも、スタートアップに必要なさまざまなリソースを得ることができます。『スタートアップならOIH!』これが大阪の合言葉になればいいと、私は考えています。それぐらい、充実した支援を得ることができますよ」



石井健一◎ネクイノ代表取締役社長。2016年6月にネクイノ設立。オンライン診察プラットフォーム「スマルナ」を中心とするインターネットを用いた遠隔医療サービスの企画・システム開発・運営及び医療機関等へのコンサルティング事業を展開。

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