WHAT ISBRUNELLO CUCINELLI

ブルネロ クチネリ、
その素晴らしき世界観

ブルネロ クチネリという
ブランドの繁栄は、
すなわち現代版
人間復興ルネサンス”の証明となる

ブルネロ クチネリというブランドの
創造のヒントは、ブルネロ・クチネリ氏自身が
敬愛する偉大な思想家たちの遺した
哲学書や言葉にある。
現代の人間復興を理想郷とし、
創造し続けた氏の生き方自体が、
このブルネロ クチネリというブランド、
そのものなのだ。

Direction by AKIRA SHIMADA(Forbes JAPAN) 
Text by YASUHIRO TAKEISHI

悠久の時を経てもなお響く
賢帝の金言を胸に秘めて

WHAT IS BRUNELLO CUCINELLI

ソロメオ村で暮らすブルネロ・クチネリ氏とその家族たち。家族は社会の核であり、愛と助け合い、団結の心の拠り所と捉えるクチネリ氏は、家族と過ごす時間をなによりも大切と考える。

「私は、世界の美に責任を感じた」

 ブルネロ クチネリ社が拠点とする、美しい自然に囲まれたイタリア中部の小村ソロメオの石垣には、こんな言葉を記した銘板が掲げられている。それは平和的な治世によって古代ローマ帝国の五賢帝に数えられ、1800年以上の年月を経た現在も残る美しい宮殿や神殿を欧州各地に造営した、第14代ローマ皇帝ハドリアヌスのものである。その言葉は同社のファウンダーであり、現会長兼クリエイティブ ディレクターであるブルネロ・クチネリ氏の信念を象徴しているのだ。

 イタリア中部ウンブリア州ペルージャ県の農村カステル・リゴーネにて、1953年に誕生したブルネロ・クチネリ氏。当時クチネリ家は農業を営んでおり、自然と共に生き、豊かな大地から糧を得る農民として過ごした幼少期の暮らしは、氏の人生の基盤となった。そして青年へと成長したとき、人生を左右する出来事が起こる。ペルージャ郊外に引越した一家を支えるべく、工場勤務を始めた父ウンベルトが、劣悪な労働環境と侮辱的な処遇に打ちのめされ、家族の前で涙を流したのだ。その姿は脳裏に焼き付き、のちのブルネロ クチネリ社の経営理念「人間主義的資本主義」へと結実するのである。

 やがて測量士になるための高校を経て大学の工学部へ進学したクチネリ氏は、その間にのちの妻となる女性フェデリカ・ベンダと出会う。彼女もまた氏にインスピレーションを与える存在であった。彼女自身が生まれ育ったソロメオ村の近郊で彼女が営んでいた小さな服飾店を訪れた氏は、ファッションに興味を抱くようになり、とりわけペルージャの伝統産業であるニットにビジネス的な可能性を見出す。そして大学を中退して、1978年にニット製造会社を起業したのだ。ほどなくして高級素材のカシミアがシックな色の男性向け商品ばかりなことに気づき、当時画期的だった鮮やかな女性向けのカシミアニットを開発。これが好評を博し、会社は早くも軌道に乗った。そして1982年フェデリカとの結婚を機にソロメオへと移住し、3年後には古城を買い取って手狭となった本社を移す。ファッションビジネスの定石とは真逆とも言える、都会ではなく郊外の小村への移転には、長年温めてきた夢とアイデア、そして哲学が込められていた。

WHAT IS BRUNELLO CUCINELLI

ソロメオ村で暮らすブルネロ・クチネリ氏とその家族たち。家族は社会の核であり、愛と助け合い、団結の心の拠り所と捉えるクチネリ氏は、家族と過ごす時間をなによりも大切と考える。

地場産業が叶えてくれた
会社の発展と村の復興

WHAT IS BRUNELLO CUCINELLI

まず壁を取り払うことから設計されたソロメオ村の自社工房は、大きな窓から心地いい陽光が降り注ぐ。こうした人間性重視の職場環境こそが、職人たちの能力を引き出し、高品質な製品を生む。

 クチネリ氏が移住した当時、ソロメオは衰退・荒廃していた。だが、起源は12世紀にまで遡るとされる悠久の歴史と中世の面影を残す街並み、そして豊かな大自然に抱かれたソロメオにかけがえのない価値と美を見出した氏は、すべての恵みをもたらす大地と人間の尊厳を尊重しながら美を追求するという、長年構想してきた理想の企業活動を行うにはこの上ない舞台であることを確信。カシミアニットの生産事業を主導することで村を活性化させ、会社の発展と同時にソロメオの復興を目指すという、前代未聞の目標を掲げたのだ。

 そんなクチネリ氏がカシミアを事業の中核に据えたのには理由がある。東洋と西洋の交易の証として、一説には古代ローマ時代から欧州で珍重されていたというカシミアは、かつてニット産業が盛んだったソロメオの特産品でもあった。そうした地域に根ざした産業を活性化させることこそが、本来の活気と美しさを取り戻す最良の方法と氏は考えたのだ。それは画一的になりがちな今日の郊外の再開発とは一線を画す考え方だろう。また高品質なカシミアニットは、適切な手入れさえ行なえば末長く着続けられ、世代を超えてその温かさを享受できることも理由のひとつ。天の恵みを無駄にしないことで、土地を消費せず、その美しさを後世に残す。現代のサスティナビリティそのものと言える、そんな幼少期に培った森羅万象への畏怖と感謝が、氏の生み出すカシミアには込められているのだ。

WHAT IS BRUNELLO CUCINELLI

まず壁を取り払うことから設計されたソロメオ村の自社工房は、大きな窓から心地いい陽光が降り注ぐ。こうした人間性重視の職場環境こそが、職人たちの能力を引き出し、高品質な製品を生む。

大地と人間の尊厳を守る
人間主義的資本主義を実践

WHAT IS BRUNELLO CUCINELLI

野外円形劇場を備える劇場は、村で唯一、新たに建てられた建築物。ルネサンス様式に着想を得た内部は多彩な舞台設備が整えられ、世界中からアーティストを招聘。まさにソロメオの文化の殿堂だ。

 こうしてソロメオでの事業に取り掛かったクチネリ氏は、地元の人々を積極的に雇用するとともに、人間性を最優先させた労働環境の整備に着手する。窓があると気が散るとされ、閉鎖的な空間に押し込まれがちだったイタリアの製造業。そんな従来の慣習とは正反対である、採光性に優れ、明るく広々した開放的な自社ファクトリーを建設。それは青年期に目の当たりにした父の涙を教訓とする、人間の尊厳を重視した企業理念に基づくと同時に、職人のクリエイティビティを最大限に引き出すものでもあった。このように人間性と生産性を相乗的に高めることこそ、氏が提唱し、今日経済学や哲学の観点からも注目される「人間主義的資本主義」の根幹なのだ。

 いま振り返ると先見性に満ちあふれていたといえる施策の数々により、ブルネロ クチネリ社は順調に業績を伸ばしていった。それと歩調を合わせ、ソロメオも徐々にかつての輝きを取り戻していく。14世紀に築城されたというソロメオ城を皮切りに、まずは800年以上も村民たちの拠り所であった聖バルトロメオ教会や街道といった、公共性の高い施設を整備。2001年には古代ローマの公共の広場「フォルム(フォーラム)」に倣い、劇場や庭園、図書館を含む複合施設アートフォーラムの建設プロジェクトをスタートさせた。そして2014年には、「プロジェクト・フォー・ビューティ(美のプロジェクト)」と題される壮大なプロジェクトが始まる。丘陵地に位置するソロメオの眼下に広がる広大な平野を、新社屋を内包する公園と、ワイナリーを含む農園、そしてスポーツ施設を含む育成の園や人間の尊厳に捧げるモニュメントという、美しい3つのセクションに分けて展開する野心的プロジェクトは、4年もの歳月を費やし、2018年に完成したのだ。こうしたソロメオの復興事業は、古い建物の再利用や地域の伝統工法の採用、そして景観と調和した設計というように、中世から続くソロメオ本来の美しさを生かすべく、細心の注意を払って行われた。それはハドリアヌスがかつて造営した神殿のように、1000年後にも残る美の守護者としての責務なのである。

WHAT IS BRUNELLO CUCINELLI

野外円形劇場を備える劇場は、村で唯一、新たに建てられた建築物。ルネサンス様式に着想を得た内部は多彩な舞台設備が整えられ、世界中からアーティストを招聘。まさにソロメオの文化の殿堂だ。

真に豊かで美しい
持続可能な未来のために

WHAT IS BRUNELLO CUCINELLI

2018年公園内に完成した「人間の尊厳へのモニュメント」は、何世紀も残るようにルネサンス建築を踏襲したトラバーチン製。アーチには世界五大陸の名が記され、普遍性を表現している。

2012年にはミラノ証券取引所にて株式上場を果たし、名実ともにイタリアを代表するグローバルファッションブランドへと成長したブルネロ クチネリ。その偉業は多方面で評価されている企業理念「人間主義的資本主義」だけではなく、ブルネロ・クチネリ氏のデザイナーとしての手腕によるところも当然大きい。“スポーツ・シック ラグジュアリー”をコンセプトとする同ブランドの服は、イギリスやアメリカで生まれたクラシックスタイルをベースに、カシミアをはじめとした最高峰の素材とイタリアの誇る高度な職人技、そしてスポーティかつコンテンポラリーな独自の感性を融合。一時の流行とは無縁の普遍的で若々しいエレガンスを備えた服は、控えめで周囲への礼節に満ちあふれ、古びることなく末長く愛用できる。そしてコンセプトやモノづくりがブレないため、買い替えて捨てるのではなく、買い足して自分のワードローブを構築していく楽しみがあるのだ。現代には不可欠なサステナビリティを先取りしていたとも言える、こうした知的で洗練されたクリエイションこそ、ブルネロ クチネリの服が洒落者だけでなく、多くの経営者や政治家、文化人らをも惹きつけるゆえんなのである。

 2023年、ブルネロ クチネリ社は創業45周年を迎えた。2024年には世界中から蔵書を収集した図書館「ユニヴァーサルライブラリー」が新たに落成するなど、美しく生まれ変わったソロメオには、多くの社員が働き、来訪者を迎え、往時の活気を取り戻している。2013年に設立した職業訓練校、現代高度芸術工芸学校では、パターンメイキングやテーラリング、カッティング、ニットの補修、リンキングといった服飾関連に加え、園芸、ガーデニング、石造建築を学べる学科も設置。イタリアに伝わる高度な服づくりだけでなく、よみがえったソロメオの美しさや産業、文化遺産を継承する道筋も整えられているのだ。そして、そうした未来への責務は、企業と家族の間でも果たされようとしている。ソロメオで生まれ育ったクチネリ夫妻の娘、カミッラとカロリーナは、姉妹それぞれが家族をもち、ブルネロ クチネリ社に勤めながらソロメオに住み続けている。森羅万象と調和したソロメオと、そこから生み出されるブルネロ クチネリの服の美しさに包まれながら成長した彼女たちは、現代の若者が自発的に環境問題へコミットするように、クチネリ氏が担ってきた美の守護者としての責務を率先して引き受けるだろう。

 ブルネロ・クチネリ氏とソロメオ村の成功は、ファッションや経済といった分野に限らず、地方創生の好例として、21世紀の人文主義の成果として、そして行き詰まりが叫ばれる資本主義の新たな指標として、世界中の政治家や思想家、社会学者といった幅広い分野の人々が研究対象として注目。“ブルネロ クチネリとは何か”をさまざまな視点から解き明かそうとしている。その答えは、現代人を美しく豊かな未来へと導く道しるべとなるに違いない。

WHAT IS BRUNELLO CUCINELLI

2018年公園内に完成した「人間の尊厳へのモニュメント」は、何世紀も残るようにルネサンス建築を踏襲したトラバーチン製。アーチには世界五大陸の名が記され、普遍性を表現している。

BRUNELLO CUCINELLI OFFICIAL WEB SITE