世界の課題は、私たちの生活と地続きである——日本発の国際的な官民パートナーシップである公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund。以下、GHIT)は、一人でも多くの人にその事実を知ってもらうための企画「SDGs Talk グローバルヘルス談義-あの子たちを死なせない-」をスタートさせた。
アルピニストの野口健、エッセイストの阿川佐和子、ジャーナリストの堀潤。活躍のフィールドが全く異なるこの3名とGHITのCEO 國井修との対話により見えてきたのは、日本で暮らす私たちが世界の課題にどう向き合うべきか、その姿勢のあり方だった。
「明日は我が身」サポートしながら学ぶ
「実はネパールで4〜5回、犬に噛まれているんです。尻尾を振って嬉しそうに近づいてくるのに噛むんです。そのあと、そういえば狂犬病の可能性があるよなと心配しはじめたのですが、その村には病院がない。衛星電話でカトマンズの医者に電話をしてみると、狂犬病は致死率100%だと。よだれを垂らしている犬がいたら、とにかく登山をやめて戻ってこいと言われましたね」
野口健はそう軽快に話すが、実際に狂犬病は年間5万人以上の死者を出す恐ろしい病気で、「顧みられない熱帯病(NTDs)」の一つでもある。大学時代から世界の名だたる山々に登り、1999年のエベレスト登頂以降は環境保護活動にも注力する野口。実際に現地でグローバルヘルスの課題を見聞きし、その解決策も模索してきた。

「ネパールのマナスルという山の麓で学校と森をつくるプロジェクトをしていますが、この村の多くの家にはトイレがないんです。村に流れる一本の小川で全員がトイレをし、ゴミも捨てるので汚染されている。医者が調査すると村人の6割が下痢をしていることがわかりました。加えて、ネパールには手を洗う習慣がない。そこでポカラという地区の学校を支援する時にはあちこちに蛇口と石鹸を用意して、先生にも手洗いの指導を徹底してもらうようにしました。そうした習慣で改善できることも多くあるのではないかと思います」(野口)

國井は、野口のこうした現場を重視する姿勢に共感すると話す。
「野口さんを見ていて学びになるのは、やはり現場に行ってそこで何ができるかを一緒に考える、そしてまず行動してみるということの大切さです。そこで暮らす人々をよく観て、何ができるかを考える、それが何より重要だと再認識させられます」(國井)
最後にSDGsやグローバルヘルスに必要なアプローチについて聞くと、野口は「自分のこととして考える」というキーワードを挙げた。
「避難所で支援活動をしているとき、僕は自分が被災者としてこの体育館にいたら何を思うだろう、ということをすごくリアルに想像します。そこで強烈に感じることは“明日は我が身だ”ということです。サポートしているようで、僕自身も学んでいるのです」(野口)
目の前の問題を解決できる力を養う
次に國井が対話したのは、エッセイストの阿川佐和子だ。
「私は長く国際的な仕事をしていますが、重要なことは何か問われた時、一番大事なスキルはコミュニケーションであると答えています。阿川さんも本を出されている『聞く力』『話す力』ではないですが、本当にこれに尽きるんです」(國井)

週刊誌で30年以上対談連載を担当し、インタビュー相手は1400人以上にのぼるという阿川がコミュニケーションで重要視していることは、簡単に「(気持ちが)わかります」と言わないことだという。
「対談で重要なことはその人が今どんな気持ちでいるんだろう、どんな思いをしたんだろうと心を馳せることです。例えばお相手が『夫を事故で亡くしたんです』とおっしゃっても私にはその経験がないから『わかります』なんて言えやしない。できることは、自分がそういう立場に置かれたときにどう思うだろう、何をするだろうと想像することです。相手に、自分が『わかろうとしている、寄り添おうとしている』と伝えることが大事だと思っています」(阿川)
阿川はSDGsの目標に掲げられる“No one left behind.(誰一人取り残さない)”に近づくために必要なアプローチも同様に、「相手になってみる」ことだと話した。
「色々な会合に出席しますが、“No one left behind”の言葉の意味を理解して、本当に取り組もうとしている人がこの会場にどれだけいるのだろう、とよく考えるんです。取り組むのであれば、取り残された人がどこにいて、その人たちがどういう苦しみを持っていて変えていくには何が必要なのか、それを現場に行って見聞きしないとわからないはずなのです」(國井)
阿川はこれに対し、政治家や官僚が「現場留学」してはどうかと提案。現場を知り「相手になってみる」ことで、決断の方向性が自ずと変わっていくのではないかと話した。

最後に、グローバルヘルスの課題に対して一人ひとりが取り組めることについて、阿川が挙げたのは「まず自分の足元を見てみよう」というキーワードだった。
「世界中の情報や意見が飛び交いすぎて、それを整理できなくなっているのが現代では、まず目の前のことを解決する力を養わければいけない。目の前の人が悲しんでいないか、家族に不機嫌な人がいないかとか、そういうことから解決できなければ、世界には出ていけないのではないでしょうか」(阿川)
小さな主語でストーリーを伝える
「NTDs(顧みられない熱帯病)のNは“Neglect(放置する)”だと知ったとき、次に浮かんだのは誰が誰をNeglectしてきたのかという疑問でした。先進諸外国がそれほど重要ではない地域の病気と判断した病気の治療には投資も研究開発もしてこなかった。これはまさに命に公平性がないことを裏付けているではないかと。これには衝撃を受けましたね」
こう話すのはジャーナリストの堀潤だ。自身のジャーナリスト活動を続けながら、「8bitNews」という市民メディアを立ち上げ、世界中の現場にいる市民の発信を支える取り組みにも注力している。そのなかでグローバルヘルスに取り組むReach Out Projectとコラボレーションし、「顧みられない熱帯病」も取材対象としてきた。

「私は実際に現場で病気になって死んでいく子どもたちをみる。どうにかしてあげたいと、自分ごととして感じるわけです。しかし現場に行かない人たちはそう感じることができない。グローバルヘルスをどうしたら自分ごとにできるのか、それを長い間テーマとして持っています」(國井)
この投げかけに対し、堀は「大きな主語よりも小さな主語を使う」ことの重要性を説いた。
「例えばパレスチナのガザ。“ガザは”とか“紛争地の子供たちは“と言うと主語が大きくなってしまう。主語を小さくしていくと、最も小さいのは名前になる。ムハンマド君は、とかビサンちゃんはとか、個人のストーリーを描くことが重要なのではと。ガザや世界の安全保障の状況を知らなくてもいい。目の前のムハンマド君の困りごとやその表情を伝えることが大事だと思っています」(堀)

振り返ればCOVID-19が起こしたのはパンデミックでありながら、誤情報との闘い、つまりインフォデミックでもあった。「正しい情報は広がりにくいのに、誤情報は広がりやすいんですよね」と、國井は当時を振り返る。
「本当にその通りです。僕は今、市民記者のネットワークを国内外につくってオーガニックな情報を届けることを重視しています。フェイクニュースの時代で、特に医療やワクチンの現場はフェイクや疑心暗鬼、偏った情報が蔓延しやすいじゃないですか。こういう時代においては何が正しい、正しくないということではなく、現場の事実を揃えられるだけ揃えることが重要だと思っているんです。これからも市民派の記者を増やして一次情報を増やしていきたいですね」(堀)
異なる領域からSDGs、グローバルヘルスとの向き合い方について示唆に富んだ会話が交わされた濃密な対談は、GHIT Fundの公式YouTubeで配信中。こうした情報に触れ、「まずは知ること」、そして「自分に何ができるか」を考えることが、世界の課題解決に貢献する第一歩になるだろう。
GHIT Fund
https://www.ghitfund.org/jp
公式YouTubeで対談動画配信中
【Vol.1 野口健さん】國井修のグローバルヘルス談義『SDGs Talk』
【Vol.2 阿川佐和子さん】國井修のグローバルヘルス談義『SDGs Talk』
【Vol.3 堀 潤さん】國井修のグローバルヘルス談義『SDGs Talk』