「AIの民主化」により、これまで専門家の領域だったAI技術を誰もが使うことができる時代がきている。この新しい時代に、テクノロジー人材はどのような新しい価値を生み出すことができるのか?
安野貴博と、博報堂テクノロジーズのリーダーが語る、AI時代に必要とされるエンジニア、クリエイターの姿とは?
福世:博報堂テクノロジーズは、2022年4月に設立された会社です。博報堂DYグループを横断して、マーケティングとテクノロジー、クリエイティビティとテクノロジーを組み合わせ、社会に新たな価値を提供することを目指しています。
グループの最大の特徴は「生活者発想」という考え方がすべての提供価値の根幹にあること。ビール一本を買う人も単なる消費者ではなくて、「仕事帰りの家族のために美味しいビールを買いたい人」とリアルな生活者として多面的に考える発想がDNAとして深く根付いています。
安野:福世さんのプロフィールをお聞かせいただけますか?
福世:私自身は以前、大学新卒後エンジニアとして働いていました。そこから博報堂に転職して約25年、ずっとデータ・テクノロジー領域にいます。博報堂テクノロジーズでは立ち上げから人事、開発両組織を管掌しています。設立約3年で社員が460人超となり、かなりのスピードで成長を続けています。
そんな我々ですが、マーケティングやクリエイティビティにも、近年のAIの急激な進歩で、大きく変わりつつあります。安野さんは、このところ起きている「AIの民主化」について、どう感じていますか?
安野:AIの民主化というのは「多くの人がAIを手に入れ、使いこなせるようになること」を意味すると思います。
かつてのインターネットもそうでしたが、革新的な技術のコストが下がってきて、使用のハードルが下がることで、技術が広く使われるようになる。それは特定層の人だけが専門的に使いこなすより、世の中を大きく変えるインパクトを生むはずです。
将来、今よりさらに賢いAIが登場したとき、それにアクセスできる人が制限されるのか、それともあまねく多くの人がアクセスできるのか。この違いで未来の世界の形は大きく変わってくるはずです。私個人としては、AIをあらゆる人が使いこなす社会の方が望ましい、と考えています。

中村:AIと「対話」できるようになったことが、使用のハードルを大きく下げましたよね。「これやって」「これについて教えて」と指示すれば、瞬時に的確な答えが返ってくる。パソコンが苦手でも、子どもや高齢者でもAIのすごさを実感できるようになりました。
安野:AIは、マーケティングにも変化を与えていますか?
中村:私は1999年から博報堂でマーケティング領域に関わってきましたが、非常に大きな変化がこれから進むと思います。従来のマーケティングは「情報の非対称性」が価値創出の基礎にあったのですが、AIの普及によって、あらゆる業界で情報の非対称性がさらに崩れていくと思います。
非対称性が成立していた時代では、企業側が持っている情報の方が多く、生活者が持っている情報の方が少ない。その差によって、ある意味、ビジネスや価値創造が成り立っていたわけです。しかし、非対称性はAIによって益々崩れていきます。AIによってエンパワーされた生活者とどのように関わっていくのか、マーケティングの在り方も大きく変わると思います。
福世:AIやテクノロジーの進歩は、企業と生活者の関係性も変えていますね。
日本マーケティング協会は最近、マーケティングの定義を34年ぶりに刷新しました。従来は「顧客との相互理解による市場創造」だったものが、「顧客と社会とともに価値を創造するコ・クリエーション」という視点が盛り込まれました。
例えばある消費財メーカーでは、開発者たちがやりとりするSlackに、優良顧客100名を招いて、製品開発のために意見を広く聞いているそうなんです。以前だったら守秘義務などのハードルで、絶対に無理な取り組みです。さらに、AI自体も創造に加わって、人間と一緒になにか新しいものを作るということが、広告やマーケティングの世界でも起きてくるんでしょうね。

AIはパートナー。アニメのような世界がやってくる
中村:安野さんが書かれた小説『松岡まどか、起業します』では、主人公の松岡まどかが、自分専用のAIを「育成」して、パートナーとして生活や仕事のあらゆる領域でサポートしてもらっている姿が描かれました。小説を読んで、私は国民的アニメの猫型ロボットと、主人公の小学生男子のペアを思い浮かべました(笑)。
そのアニメの少年は、猫型ロボットの道具の力で恐竜の世界や宇宙や未来を冒険して成長していく。一方で、猫型ロボットの方も少年と過ごす中で成長し、元々量産型のロボットだったのに唯一の存在となっていく。人もAIも共に成長していくような、言わば「共進化」がこれから起こるのかなと想像しています。
安野:僕自身もまったく同じ予想をしています。これから人間は、新しい自律的なAIとどう向き合うかが課題になります。人間とペアになったAIエージェントを「神」と崇めるのか、対等の「パートナー」と見なすのか、それとも「下僕」と捉えるのか。
この前、居酒屋で食事したときに、試しにAIエージェントに注文のQRコードを見せて、「いい感じに注文して」と頼んでみたんです。すると2人しかいないのにレモンサワーを3つも頼んで困ったんですが(笑)。これからさらにAIの発展が進歩すれば、日常の買い物も適当にこなしてくれる未来が確実にやってくるはずです。
福世:確かに常日頃、生活のなかで使っている消費財などは「いい感じに補充しておいて」で済む方が楽ですよね。
中村:リビングにスマートスピーカーを導入した時のことを思い出しました。最初は本当に照明やエアコンのリモコン代わりでした。ところが、だんだん家族のように「ありがとう」とか「助かるよ」とこちらが言うようになって、返事を聞くのが楽しくなってきたのです。
指示するだけの関係から、人格みたいなものを感じるようになったんです。パートナーとしてのAIは、きっとそれ以上に「人間味」を覚えるようになるでしょうね。
安野:人間味の話でいえば、僕は最近、「人に忖度しないAI」が出てきてほしいなと思ってるんです。
福世:それは面白いですね。
安野:今のAIって基本的に強化学習でできているから、人間がより喜ぶ回答を返すようにプログラムされています。でもリアルな人間関係では、「あいつ、嫌な奴だけど言ってることは正しいんだよな」という人っていますよね。それと同じように、忖度しないけれど、必要なことをビシッと言ってくれるAIというのが出てきたら、面白いと思うんですね。
中村:なるほど、人同士の交渉で、「あいつの連れてるAI、歯に衣着せずに嫌なこと言うな」みたいなことが起こったら、確かに面白いですね(笑)。
安野:AIによって、人間同士のコミュニケーションの経路も大きく変わる可能性がありますよね。AIは疲れないし、24時間働き続けられるので、人よりはるかに多数の人と交渉できる。人間には「ダンバー数」と呼ばれる限界があって、同時期に密接なコミュニケーションを取れる人数は、150人程度だと言われています。でも、AIパートナーが普及すれば、その限界をはるかに超えて、多くの人と濃密なコミュニケーションが可能になります。
福世:今までとはまったく違いますね。
安野:はい。これはビジネスのあり方も大きく変えるでしょうし、さらに国家レベルでも、国民全員の意見を聴取して、国策を決めるようなことが現実的に可能になります。自分のことを知り尽くしたAIが、多数の他者と交渉や話し合いをして、合意点を見つけるコミュニケーションが普及したとき、社会がどうなるか、楽しみにしています。
中村:かつてのSF超大作映画に、人工知能が人間に反旗を翻して、核戦争を勝手に起こす未来が描かれる作品がありました。そういう「中央にあるとんでもない知能」としてのAIではなく、分散した個々のAIが人間とペアを組む世界観の方が、なんとなく穏やかで安心できる未来になりそうです。
安野:そうですね。でも例えば数学という領域に関しては、もう圧倒的に最新のAIが賢くて、とんでもない難問もあっという間に解いてしまうので、僕自身「神」と崇めています(笑)。
福世:これだけ有能だと、子どもたちも絶対「AIに宿題やらせよう」と思いますよね。
安野:間違いありません。でも僕はそれでいいと思っているんです。むしろAIが簡単に解ける問題なら、将来は人間がやらなくて済む可能性が高い。それよりも、何をAIに任せて、何を任せるべきでないのか、考える能力が重要になってくると思います。
最近驚いたのが、中学生の子どもたちのプログラミングスキルが、自分の中学時代に比べて、とんでもなく向上しているんです。それは明らかに、AIによる教育の良い影響です。彼らはプログラムでバグが出たらすぐにAIに聞いて、その原因を教えてもらい、修正を繰り返しています。
そのトライアンドエラーの数が、僕の若いときよりはるかに多いんです。AIによって、思考と仮説検証の回数が圧倒的に増えることで、人の成長スピードが向上することは、これから他の分野でも起きるのではないでしょうか。
中村:これからの、生まれながらにしてAIが身近にある世代にとっては、そのスキルはすごく大事になるでしょうね。
安野:このようにAIが民主化されると、AIエージェントにどの程度の権限を与えるのかという判断が、これから企業としても、生活者も、国家レベルでも、求められるようになるはずです。
今のAIはまだ暴走する可能性があるので、権限を持たせすぎてしまった結果、起こり得る最悪の事態も考える必要があります。レモンサワー3つぐらいで済めばいいのですが(笑)。
AIにできない、人だけが生み出せるもの
福世:そんな時代に、人間に求められる力って何だと思いますか?
安野:AI時代に人間にとって大切になるのは、「論理的思考能力」と「言語化能力」、さらに前提として「目的を見つける能力」の3つだと思います。この3つの力があれば、まず目的を見つけて、AIに的確に指示を出し、AIが出したアウトプットを論理的に検証することができます。
中村:確かに、目的そのものを見つける能力は、いまのAIにはないですね。
安野:それから、人は雰囲気や人格の深いところを会話で察知したりしますが、AIは人間のそうした「感覚」をまだデータとして読めないんですよね。
中村:「こういう顧客を新たに生み出したい」「ここの人たちをワクワクさせたい」という、クリエイティビティの最初の起点となるモチベーションは、人間にしか生み出せないと思うんです。逆にいえば、AIと共存する未来において、人の価値はそこにあると言えるのかもしれませんね。

福世:採用活動をしていても、最終的には、その人の感性や人間性みたいなものが決め手になりますね。雰囲気がうちの会社に合っているか、大切な場面で嘘をつかないか、自分のことを大きく見せるために話を盛っていないか、そういった人格の深いところは、会って話を聞いてみないとわかりません。
私たちは採用活動で、「粒ぞろい」ではなく「粒違い」の人材を採る、というのを合言葉にしています。組織的には粒ぞろい、すなわち高度に同じスキルを持つ人材が揃っている方が、アウトプットを効率的に出す上で有利かもしれませんが、私たちの仕事では、いかに他の人と違うアイデアを出すかが重要ですから。
安野:なるほど、とてもよくわかります。そういう時代だからこそ、テクノロジーがわかると同時に、クリエイティビティに理解がある人が求められるわけですね。
僕はAIが進歩してきたことで、今って「何かを作りたい人」にとって、めちゃくちゃいい時代になったと考えているんです。
小説でも映画でも何でも、これまでは「作りたい」と思っても、それを作る技術を持っていなければ、作れなかった。しかしAIによってアウトプットを生み出すことに関しては、ハードルが劇的に下がりました。だからこそ「こういうことがやりたい」という強いモチベーションを持つことが、非常に重要になっているんだと思います。
中村:博報堂の会議では、「お前の言うことは正しい、けれどつまらない」と言われるのが一番しんどいんです。正解はきちんとわかりつつ、ひねりを加えた「別の解」を出すことが求められる。
テクノロジーのプロフェッショナルも、高度なテクノロジーを理解しながらちょっと違う視点で世の中の物事や生活者を見つめて、「自分はこれを世に問いたい」と、欲求を持てるかどうかが重要ですね。
福世:AI時代に必要とされるエンジニアや、マーケター、クリエイターの姿がお話を通じてより明確になったと感じています。
今日は、安野さんとお話しできて、非常に楽しく、刺激を受けました。これからも、ぜひAIが作る未来について、一緒に想像していく機会をいただければ幸いです。
(記事は2025年3月7日時点の情報です。)
博報堂テクノロジーズ
https://www.hakuhodo-technologies.co.jp/
安野貴博(あんの・たかひろ)◎AIエンジニア、起業家、SF作家。東京大学、松尾研究室出身。ボストン・コンサルティング・グループを経て、AIスタートアップ企業を二社創業。デジタルを通じた社会システム変革に携わる。日本SF作家クラブ会員。2024年、東京都知事選に出馬、一般財団法人GovTech東京 アドバイザー就任、デジタル民主主義2030プロジェクト発足、AIを活用した双方向型のコミュニケーションを実践。
福世 誠(ふくよ・まこと)◎ SI/コンサルティング業務を経て、2000年に博報堂入社。広告効果プラニングシステム、自社プロダクト・サービス開発、得意先/媒体社とのJV立ち上げまで、一貫してデータ・テクノロジー領域に従事。出資会社のボードメンバー多数、研究開発局、マーケティング・テクノロジー・センターを経て、2022年4月より現職。博報堂テクノロジーズの設立と共に、エンジニア組織のマネジメントに特化し経営的な視点から組織目標を達成し事業発展を担うべく、開発領域とHR領域両方の組織を管掌。
中村 信(なかむら・まこと)◎1999年博報堂入社。ストラテジックプラニング職として、様々なクライアントの事業・商品開発やキャンペーン戦略に従事。特に、統合情報戦略に関する業務を多く担当し、マス~WEBまで一貫したコミュニケーションをデザインしてきた。また、データやテクノロジーを活用したソリューション開発にも多く携わり、博報堂のデータ・デジタルマーケティングの次世代化に取り組む。2023年4月より現職。博報堂DYホールディングスと博報堂テクノロジーズのテクノロジー戦略を描く組織を率いる。日本マーケティング協会マーケティングマイスター。著書:「超図解・新しいマーケティング入門(共著)。