2月某日。東京都内のとある会議室に、約40名の成田国際空港株式会社の職員が集まった。主任以下を中心とする若手職員だ。彼らは成田空港「未来創造フォーラム」のメンバー。今、まさに進んでいる『新しい成田空港』構想のワークショップの現場に「潜入」してみた。
「今日参加しているのは参加者全体の半分の40名ほど。若手を主体として、このワークショップには84名が手を挙げてくれました。中途採用者や出向の方もいます。成田空港のこれからを担ってくれるメンバーで、ほぼすべての部署から参加してくれたのはありがたいですね」
こう話すのは、未来創造フォーラムを取り仕切る成田国際空港株式会社の久保木修平だ。久保木は、このプロジェクトの狙いを次のように話す。
「来年度以降、成田空港の新しいマスタープランの準備をしています。すでに専門部署がそれぞれの知見やデータを元にしたワーキンググループを設け、ロジカルな議論を進めています。ですが、それだけだとこれまでの延長上の空港にしかならない。20年後、30年後の成田は本当にそれでいいのか。そこで、新しい可能性を見出すために、もっと自由な発想でクリエイティブな議論をするために未来創造フォーラムを立ち上げました。参加者も全社的に部署横断で募集して、空港の固定観念を打破いこうと。そういう野心的なプロジェクトです」

そこで、ともにこのプロジェクトに取り組んでくれるパートナーを探したところ、行き当たったのが野崎亙代表取締役社長/CCO(Chief Creative Officer)率いるスマイルズ。同社のコンサル力は、「論理と実践が混じり合っていて、ワークショップの成果をきちんと実践的につなげてくれるところ」(久保木)だという。
人間の本性をわしづかみにするような空港
今回のワークショップでは、野崎の講演を聴いたすべての参加者が空港利用者視点、生活者視点で自分の体験や理想の空港に求めるものなどを10個ずつ情報を持ち寄った。グループが6人ならば60の情報が集まり、それぞれに他のメンバーから意見が寄せられる。そうすることで、1グループで600ほどの情報が蓄積される。それがさらにグループの数だけ膨らんでゆく。
野崎は、このワークショップでの狙いについて「職員の立場として空港はこうあるべき、と仕事として考える範囲を超えて、自分事としてとにかく何でもいいから意見を出してほしい。早朝から夜中まで動いていて、世界中からあらゆる人が集まる場所は空港以外にない。だから、全員が当事者として発想することが大切」と話す。
実際にワークショップの様子を見てみると、まさに自由闊達。たとえば、「日本文化の発信地」という声があがり「滑走路に桜並木をつくろう」という声や、普段は見せられない空港の裏側を見せるアイデア、人材不足を逆手にとって付加価値を見いだせないか、といった意見も出された。

また、空港を旅客ターミナルではない視点で捉えて日本一の貨物拠点として何かできないか、子どもだけでなくオトナも「イキれる」場所にしたい、といった攻めた意見も次々に。そうしたさまざまな方面から上がってくる声を、すべての参加者が真剣な面持ちで聞いていた。
久保木は「空港は公共性が高い施設なので、どうしても機能的な発想ばかりになってしまう。旅客動線はどうコンパクトにできるか、効率的に買い物ができるか。だけど、それだけではただ通過するだけの空港になってしまう。だから、フォーラムでは情緒的な価値、人間の本性をわしづかみにするような空港を作ることにコミットしていきたい」と力を込める。
空港は旅の中では〝通過する場所〟に過ぎない。極端な言い方をすれば、ちゃんと飛行機に乗れさえすれば構わない。せいぜい、待ち時間に地元のグルメや土産にありつければ、といったくらい。旅には目的地があって、そこに行くための派生需要が飛行機、そしてさらにその派生需要が通過する空港だ。
だが、「本当に機能さえ満たされれば満足してくれるのか。本当は、みんなもっと空港に求めているものはないのか」と野崎は言う。

もっと旅に付加価値を
さらに、できごとの印象は感情のピークと体験の最後の印象で決まるという「ピークエンドの法則」を引き合いに、「空港は必ず旅の中で2回通る。旅の最初と終わりを押さえている場所なんです。旅の最後のお別れのところになるのだから、もっと旅に付加価値をつける体験を与えることができるはず」と空港への期待を隠さない。
そして、そうした空港を作るためには、職員ひとりひとりが〝空港職員〟の立場を離れてひとりの生活者の視点で硬軟さまざまな意見を出して膨らませていくことが必要なのだ。
「なんとなくのコンセプトを掲げても、それを実践に落とし込めないと意味がない。その点、こうしてひとりひとりが意見を出して解像度を高めていけば、実装していく過程でも意味が出てくる。作って終わりではなくて、作ってからがはじまりなので」(野崎)。
もちろん膨らんだ情報からひとつの方向に収束させるのは、スマイルズの野崎らにとってはお手の物、というわけだ。
久保木はこのプロジェクトに取り組む意義について、「空港の未来をゼロベースで問い直し、成田ならではの価値を創造すること」とした上で、「取り組み自体は新しいものですが、 奇抜なことを目指しているわけではなく、目的は発展的原点回帰。人間本来の、昔から変わらない本性のようなものを揺さぶる空港にしていきたい」と付け加える。
さらに、このプロジェクトの先にあるビジョンとして、「成田空港を、単なる交通インフラではなく、文化・経済・イノベーションが交わる“プラットフォーム”へ進化させる」と語る。
「未来創造フォーラムは、単なる“空港のアップデート”ではなく、空港という存在の本質を問い直し、未来の可能性を探る挑戦です。テクノロジーが進化し、人々の価値観が変わる中でも、人間が本能的に求める体験や感動は変わらない。未来創造フォーラムは、“発展的原点回帰”の視点から、空港の本質的な価値を再解釈し、次の時代にふさわしい形で進化させ、世界に唯一無二の価値を生み出す“人の心を突き動かす空港”を目指します。」
フォーラムでの議論は、より専門性の高いワーキンググループでの議論のいわばカウンターパート。最終的なマスタープランは、両者の議論を踏まえた上で決定されることになる。ただ、そこで得られた結論の中に、ファーラムでの議論がエッセンスとして含まれることは間違いない。そして、それが空港で働くひとりひとりの自由な発想からもたらされたものだとすれば、これからの成田空港、きっとおもしろいことになりそうだ。