ソフトバンクは2024年8月、生成AIエージェント「satto」のベータ版の提供を開始した。“いつでもあなたをサッと助けてくれる存在”を目指す同サービスは、プロンプトを必要とせず、メール返信や帳票作成といった日常的な業務を簡単に実行することができる。
開発者の平岡はChatGPTが公開されて間も無く、「ChatGPTを使った議事録自動作成ツール」をSNSで紹介し、多くのメディアに取り上げられた経験をもつ。他にも「すぐ聞いてくる部下への返信自動化してみた」「『LINE』の顧客対応を自動化」などユニークな動画を発信してきた人物だ。
平岡は「僕はもともと技術を使って仕事をサボるのが好きで、多くの人に『テクノロジーで仕事をサボろう』ということをSNSでシェアしてきました」と話す。そんな平岡がソフトバンクという大船で挑むのは、「効率化による利益が正しく再分配され、すべての人に余白がある豊かな社会」の実現だ。
──平岡さんがソフトバンクに参画した背景について伺えますか。
平岡:ソフトバンクへの入社は、ソフトバンクグループ 代表取締役 会長兼社長執行役員の孫 正義さんに声をかけていただいたことがきっかけです。
僕は大学時代と卒業後に、それぞれ別の企業に携わらせていただいた後、起業を目指し、どのような事業を展開していくべきかを模索していました。そんなときChatGPTがリリースされ、生成AIに大きな可能性を感じ、“ノーコード×生成AI”をベースにしたプロダクトづくりを始めました。孫さんに声をかけていただいたのは、ちょうどサービスをリリースしようとしていたころです。
僕はエンジニアではありませんが、学生時代からドラッグ&ドロップなどの操作でホームページがつくれるノーコードの技術に興味をもっていました。当時、プログラミングは習得が大変で面倒でしたが、ノーコードであれば壁は低い。これが広まれば、より多くの人がデジタルのチカラで豊かになれると思い広めてきました。ですが、ノーコードは理系の人やロジカルなワークフロー構築などの視点をもった人でないと、できることが限られてしまう。マンツーマンでレクチャーすることもできますが、スケーラブルではありません。そんなときに生成AIが登場したことで、これまでノーコードで達成できなかった“技術の民主化”を、もうひとつ高いレベルで実現できるのではないかと事業化に踏み切りました。
そんななか、孫さんにプレゼンする機会をいただき、その後ソフトバンク内の事業として展開することになり、現在に至ります。
──「satto」の現在地について教えてください。
平岡:現在はベータ版としてリリースしており、限定的にご利用いただいております。ユーザーからのフィードバックを基に、よりユーザーに寄り添ったサービスができるよう、ブラッシュアップを重ねている状況です。
例えば「satto」では、「議事録を作成」「分析レポートの作成」といったスキル(ユースケース)を登録することができます。スキルにはプロンプトが設定されているため、ユーザーがわざわざプロンプトを入力する必要がありません。GoogleやMicrosoftなどのAPIで連携可能なプラットフォームに関しては、さまざまなアプリケーションと連携も可能です。また、作成したスキルを共有し、他の人がつくったスキルもすぐに利用することができます。
「satto」は業務の効率化を実現するツールではありますが、僕が以前からSNSなどで発信している「みんなでサボりましょう」というメッセージでもあります。「サボる」とは「何もしない」ことではなく、「積極的に効率化して自分の時間を創る」こと。本来、時間を生み出す業務改善行為は価値としてとらえられるべきだと思っています。ですが今の社会では、堂々と業務改善をすると仕事が増えて給料はさほど変わらない、つまり頑張った人が損をしてしまう構造があるように見えます。そのためソフトバンクに入社する前は「こっそりサボりましょう」と伝えてきました。ですが大きな組織の一員となった今、同じことは言えませんね(笑)。
そこで僕は今、業務改善をした人が正しく評価され、本人に給与や休暇など目に見えるかたちで還元される仕組みを構築したいと考えています。業務改善量や生産性を定量化することは複雑なのですぐに実現することは難しいかもしれませんが、実現すれば、現在の資本主義のあり方に一石を投じることができるかもしれないと考えています。
─「satto」を通じて実現したい未来について伺えますか。
平岡:少し堅苦しい話になりますが、僕は実業家の原 丈人氏が提唱している、会社は株主のためだけではなく、従業員、顧客、取引先といった関係者や環境までをステークホルダーととらえ、ステークホルダーすべてのために営まれるべきであるという「公益資本主義」に共感しています。社会主義になろうと言っているわけではありませんし、資本主義に否定的なわけでもありません。ただもっとよくできると思っているだけです。
大学時代、京都で地域課題に取り組むソーシャルベンチャーに3年間携わり、教育支援やイベントを通じて目の前の人の幸せに貢献する喜びを学びました。しかし、収益を度外視した人助けはやり手が持続しないことも痛感しました。
その反動で、資本主義をハックしてまずはお金を稼ごうと考え、卒業後はシード期のIT系スタートアップに入社し、新規事業をゼロから立ち上げました。ですが、今度は逆に利益最優先の価値観への違和感が強くなり退職。その後、人々への貢献と経済的成功の両立を目指し、自分でスタートアップを立ち上げました。
そのタイミングで出会ったのが孫さんです。孫さんが僕にどのような可能性を見出したのか。孫さんの視座を想像し、歴史を学び直しながら考えました。答えは、僕が「頑張っても現場に還元されない社会構造への不満を、情報革命で解決しようとしていた」からではないかと思います。
今の日本は資本主義社会で、労働者の努力や工夫で得られた利益は資本家のもの。富を持つ人に富が集中し、資本家と労働者の格差は拡大するばかり。そこで僕は、生成AIという全員をパワフルに支える技術で現場の仕事を効率化し、その価値を給与などで現場に還元する仕組みをつくりたいと考えるようになりました。これが、「satto」のビジョン「テクノロジーで社会構造を更新し、みんなの心に余白をつくる。」につながっています。
「satto」では、3つのマニフェストを満たすプロダクトを目指しています。1つ目は効率化で生まれた利益が現場に還元されること。2つ目は能力に関わらず誰でも使えること。3つ目は労働自体を楽しくすることです。
1つ目は先ほどお話ししたとおり、さまざまな技術を検討しながらR&Dを進めています。2つ目については、能動性の話です。これは部分的に実現しています。例えば、PDFのスクリーンショットを撮り、画面上に表示されたボタンを押すだけで、画像の文字をスプレッドシートの項目に自動で振り分けて記入するといった作業が可能です。最後の3つ目ですが、ユーザーの話を聞いて共感してくれるAIキャラクターを設計中です。具体的には、精神的なストレスがかかったときに話を聞いてくれるなどの振る舞いをしてくれます。これが実現できれば、労働時間に起こるストレスを緩和し、より楽しく過ごせるのではないかと考えています。
──今後の展望について教えてください。

平岡:今後は、マルチプロダクト展開を見据えています。ワークスペースの中に業界特化型や職種特化型のサービスを組み込み、製造業などパソコンを使わない環境でも使えるサービスにしていきたい。そのために、優秀なメンバーを増やしていきたいと考えています。
iPaaS事業開発本部では、多種多様なニーズに応えるため、ユーザーに役立つ機能や画面を想像し、自ら実装できるクリエイティブな人材が活躍しています。20代後半から30代前半が多いですが、大規模な開発組織を率いた経験がある方や、プロダクトを通じてインパクトを生み出してきた方には、ぜひ参加していただきたいですね。
日本は技術の導入が遅いと言われることもありますが、昔からの「三方よし」を重んじ、新しい技術が本当にみんなの豊かさにつながるのか、慎重に吟味しているからこその結果なのではないかと思っています。そう考えると、日本が今からグローバルに対して「みんなが豊かになる技術ってこういうものだよ」と伝えることができるポテンシャルをもっているんじゃないかと、個人的に期待をしています。
僕はそうした流れをつくることができる人たちとともに、日本の集合知をもって、ポスト資本主義をどこよりも早く滑らかにつくっていきたいと考えています。
satto
https://satto.me
ひらおか・たく◎ソフトバンク IT統括 iPaaS事業開発本部 本部長。立命館大学卒。ノーコードツールを開発するスタートアップにて最年少事業責任者として複数の事業立ち上げに従事したのち、パンと水とを創業。現在はソフトバンクで最年少本部長として、2024年8月に生成AIエージェント「satto」のベータ版を提供開始。