今年1月、NTT DATAはビジネスや技術の展望を紹介するイベント「NTT DATA Foresight Day 2025」において、最新技術トレンド「NTT DATA Technology Foresight 2025」を発表した。今後、急速に進化し続けるAIなどの先進テクノロジーをどのようにビジネス変革に活用していくべきなのか。NTTデータグループ 執行役員 技術革新統括本部長 田中秀彦とNTTデータドイツのCTOであるオリバー・クートゥが、グローバルにおける事例を交えて紹介する。
今年14年目を迎える「NTT DATA Technology Foresight」は、広範なテクノロジー領域をNTT DATAが調査し、導き出した最新技術トレンドだ。冒頭、NTTデータグループ 執行役員 技術革新統括本部長 田中秀彦(以下、田中)が登壇。最も重要なのは、将来の具体的な未来像を提示する「Foresight提示」であると力強く語った。
2025年度は大きくリニューアルを行った。ポイントは、検討の拠点をグローバルに移し、最新のグローバルトレンドを元に導き出した行動指針を提言できるようアップデートしたことだ。
まず、NTT DATAの基礎研究や応用研究から、イノベーションの前兆をピックアップし、技術トレンドのマーケット調査を実施。その後、テクノロジーとビジネスの専門家と技術トレンドを精査し、その技術が未来の世界でどのように活用されるかを具体的なユースケースとシナリオで検討。最後に、企業に向けて未来の羅針盤となる提言を行っていく。
こうした調査手法によって導出されたのが、「飛躍的な能力拡張」「溶融するデジタル体験」「デジタルサステナビリティによる弾力的経営」「知性をもつITインフラ」「先読みするセキュリティ」という5つの最新トレンドだ。

生成AIがもたらす具体的な未来像
前段として、NTT DATAではR&Dの方法論として、自社の研究機関だけでなく、プレスやアナリスト、大学の市場レポートに加え、何よりベンチャー企業の投資先を重要視しているという。そのうえで、先に挙げた5つのトレンドについて、NTTデータドイツCTOのオリバー・クートゥ(以下、オリバー)が解説する。
第一のトレンドは、生成AI技術による「飛躍的な能力拡張」だ。生成AIは、AIアシスタントやコパイロットといった形で、さまざまな分野で人間をサポートするようになっている。その実例として、コールセンター業務のAI自動化プラットフォームを展開するスタートアップ「Parloa」やSalesforceのAIエージェント「Agentforce」が挙げられた。
NTT DATAでは、先進的な生成AIソリューションとして、プライバシーとデータ保護(GDPR/EU一般データ保護規則)領域での活用を進めている。GDPRに関する専門知識を持つAIエージェントを構築し、従業員が顧客データを扱う際に、GDPRに準拠しているかを瞬時に確認できるユースケースを検証中だ。これにより、法務部門担当者は問い合わせ対応をAIエージェントに任せ、自分はより専門性の高い案件に注力することができる。
この領域のトレンドは生成AI搭載アプリケーションからバーチャルアシスタントへ、そして複数のAIエージェントが対話しながら自律的にタスクを遂行するマルチエージェントへと移り変わっている。
加えて、NTTは独自の大規模言語モデル(LLM)「tsuzumi」を開発。より小型でエネルギー効率や費用対効果の高いLLMとして、24年3月より商用サービスを開始している。オリバーは、tsuzumiの特徴として「私たちがLLM技術を完全にコントロールしており、クライアント各社に特化したLLMを構築できる。扱うデータが外部に漏れる心配はありません」と力強く語る。
第二のトレンドとして挙げられた「溶融するデジタル体験」とは、顧客が日常的に接するすべての体験がパーソナライズされ、企業と顧客との持続的な関係を築いていく状況を指す。顧客の日常生活にデジタル体験を融合させている好例として、Appleが挙げられる。Appleはウェアラブルデバイスからスマートフォン、車まで、さまざまなデバイスを通じて顧客の生活に接している。特に興味深いのは、単一のサービスを提供することで収益を上げるのではなく、フィットネスデバイスとテレビを組み合わせるなどして、サービス全般での収益化を成し遂げ、顧客とのwin-winの関係を築き上げていることだと、オリバーは言う。
NTT DATAがドイツで取り組んでいるのは、顧客データの統合的な基盤を元にしたカスタマーツインだ。こうした「溶融するデジタル体験」が実現すれば、AIが支援するファイナンシャルアドバイザリーや、高度にパーソナライズされた体験を提供するといったユースケースが考えられる。顧客とのエンゲージメントが再構築され、より効果的なアプローチが可能となるだろう。

スマートシティから宇宙での通信ネットワークまで
第三のトレンドとなる「デジタルサステナビリティによる弾力的経営」では、社会の持続可能性を担保するため、エネルギー使用を最適化し、公共の安全を強化するデジタルソリューションが求められている。特に近年、欧米を中心に持続可能性追求への批判も強まっており、持続可能性の取り組みは経済的利益を上げる必然性に駆られている。
デジタルソリューションにはサプライチェーンの強化やエネルギー消費の削減が期待されており、NTTの手がける次世代ネットワークであるIOWN構想もその一端を担うものだ。
また、NTTグループは米国・ラスベガスやトヨタのウーブン・シティと連携し、スマートシティ化に取り組んでいる。NTT DATAは、ラスベガス市におけるスマートシティのインフラを構築し、エネルギーや交通の流れの最適化や予知保全などを推し進めている。
第四のトレンド「知性をもつITインフラ」について、オリバーは「先進的なクラウドサービスが、AIと人間の認知能力の融合を可能にする世界を想像すること」だと説明する。ここで見据えているのは、エッジ(端末)から送信したデータ処理をマルチクラウドサービスが一手に担うのではなく、端末自体が自律した処理を行えるエッジインテリジェンスの実現だ。
このエッジコンピューティングプラットフォームの最も野心的な取り組みの例として、「NTT CONSTELLATION 89 PROJECT (NTT C89)」が挙げられる。このプロジェクトでは、宇宙空間にデータセンターを設立し、IoT衛星やHAPS(成層圏基地局)、メンテナンスなしで一定期間飛行可能なドローンを配備することで、宇宙における高速光無線通信ネットワークを構築。地球上の災害の影響を受けない、独立したカーボンフリーの自律的宇宙インフラとして、遠隔地へのモバイル通信範囲の拡大を目指す。ほぼリアルタイムでの衛星画像の提供ができるようになれば、例えば災害時における保険会社の保険請求業務に役立てるといったユースケースも考えられるだろう。
そして、第五のトレンドが「先読みするセキュリティ」だ。IoTデバイスへのサイバー攻撃が増加するなか、AIを活用することでそれらの脅威を防ぐ、あるいは素早く復旧するためのサイバーレジリエンス確保の取り組みを進めている。理想とするのは、問題を予見してシステム自らが自動的に防御するシステムの構築であり、SF作家フィリップ・K・ディック原作の映画『マイノリティ・リポート』で描かれるようなシステムだと、オリバーは言う。
NTT DATAでは、医療分野におけるIoTデバイスへのセキュリティに着目し、リスク検出・分析の自動化に加え、IoTデバイスが複雑に相互接続されたシステム全体のセキュリティ対策にも取り組んでいる。

未来を考えるための方法論ととるべきアクション
企業が事業戦略を考えていくうえでは、ここまで紹介してきた比較的短期の技術トレンドだけでなく、長期的視点で未来を考える必要がある。10年以上先の未来像を考えるために必要なのは、「Predictions(予測)よりもPossibilities(可能性)」であるとオリバーは語る。確度の高い未来に限定せず、多様な未来のシナリオを考え、そこで出てきた可能性からバックキャスティングで未来から現在までの道筋を定義。そして、そのいくつかの道筋に共通する不変のポイントを探り、未来の見通しを立てるというものだ。
例えば、未来のモビリティについて考えてみよう。電車や自動運転タクシーなどの複数の輸送手段を組み合わせて移動する未来もあれば、メタバースの世界で生活し、物理的には全く移動しないという未来もあるかもしれない。対照的な2つの未来に共通するのは、いずれにも自家用車がないということだ。こうした共通点を探りつつ、未来の事業戦略を検討していく。
また、未来の状態を想像するにあたり、「グローバル経済」と「AIに対する信頼」という2つのメガトレンドを提示。グローバル経済が変動的か安定的か、AIに対する信頼が低いか高いかによって、4象限マトリクスのようにあり得る未来の形も変わってくる。例えば、グローバル経済が変動的でAIに対する信頼が高い未来が訪れれば、経済が混乱するなかでAIは信頼性の高いツールとして急成長を果たすだろう。この未来では、AIによるサプライチェーンの構築、自律的な災害対応などがより求められるかもしれない。
「NTT DATA Technology Foresight 2025」のレポートでは、未来予測に基づいて企業がどのようなアクションを起こすべきかを提言している。急速にテクノロジーが進化する中で、企業の未来を描くための指針となることだろう。
NTT DATA Technology Foresight 2025
たなか・ひでひこ◎NTTデータグループ 執行役員 技術革新統括本部長。1995年、NTTデータ通信に入社。2017年にNTTデータ 技術革新統括本部 システム技術本部 方式技術部長、18年に生産技術部長、2020年には技術革新統括本部 システム技術本部長を経て、23年6月より現職。
オリバー・クートゥ◎NTTデータ ドイツ CTO(DACH地域担当)。2002年にソフトウェアアーキテクトとして、NTT DATAでのキャリアをスタート。CTO就任後は、クラウドコンピューティング、IoT、CX、人工知能、サイバーセキュリティ、量子コンピューティングなどの先進技術について顧客のデジタル変革を推進中。 23年には、ドイツにGenAIオフィスを設立し、エンタープライズグレードのAI搭載チャットボットGood GPTの開発を主導。