起業希望者への伴走支援をおこなうスタジオプログラムにおいては、ガイアックスによるアイデアの壁打ちから登記支援まで、豊富な創業支援経験を生かした手厚いプログラムを実施。社会課題解決に精通した、各領域の専門家集団の力を借りながら、インパクトスタートアップ(社会起業家)の創出を目指す。
本記事では、実際にプログラムに参加した黒平紗弓とガイアックスの前田桜花に話を聞き、スタジオプログラムの意義を問う。
「婚前の誓いを明文化する」アプリで創業を目指す
黒平が提案する「なぷしゃる」は、極めて独創性の高い事業だ。そのテーマは婚前契約。婚前契約は欧米ではすでに幅広い層に支持され、ここ日本でも富裕層や何らかの後継者、スタートアップ界隈を中心に徐々に広がりを見せている。その婚前契約をテーマに据え、事業化を目指したのはなぜなのか。
「きっかけは、私自身が国際結婚をするにあたって、婚前契約を結んだことです。結婚前、私たちは別々の弁護士を雇い、英文で50ページにも及ぶ婚前契約書を作成しました。それは、さまざまな不安を解消し、相互理解を深める上で、とても役立ちました。しかしその一方で、煩雑な手続きや非効率なやり取り、パートナーに話を切り出す際の心理的ハードル、専門家への依頼に伴う精神的また金銭的負担など、多くの課題があると感じたのです」(黒平)
「婚前の誓いをパラダイムシフトする、AIリーガルアプリ」というキャッチコピーが、「なぷしゃる」の事業内容を端的に言い表している。婚前契約を結ぶ場合、専門家に依頼するか、契約書のひな型をベースに双方が記入していくのが、一般的な流れだ。「なぷしゃる」では、AIをはじめとするさまざまなシステムが介入することで、項目がパーソナライズされ、お互いの合意形成がよりスムーズに進むという。
基本的にアプリ内で完結するのも大きなポイントで、作業に取りかかる億劫さが大幅に軽減される。婚前契約に感じる敷居の高さを解消し、お互いの理想とする結婚生活をかなえるための希望や責任を明確にする機会を生み出すことで、あらゆるカップルや子どもたちが安心して暮らせる社会の実現を目指そうというのだ。さらには、それが、婚姻数・出生数の減少や離婚率の上昇に歯止めをかけることも期待される。
「このアイデアは、シングルマザーである私の妹をはじめ、離婚歴のある友人たちの話から着想を得たものでもあります。私自身と周囲の体験から生まれたアイデアなので、ターゲットの悩みは痛いほど分かっているつもりです。他方、想定しているターゲット以外の層にいかに響かせるかという課題と、『お金を出してまで使ってくれるのか』という不安がありました。また、投資家の方から資金調達をした経験がなく、いつ、どのようにアプローチすればよいかという点についても手探り状態だったのです。『ここから先に進めるのは、一人では難しいかもしれない』と感じていたときに、伴走型の支援を受けられる『TOKYO Co-cial IMPACT』の存在を知り、ぜひ参加したいと思いました」(黒平)
要望を確認し、メンターが共同創業者のように支援
スタジオプログラムのディレクターとして「なぷしゃる」の創業を支援しているのが、ガイアックスの前田だ。
「初めて黒平さんにお会いしたときに、私たちにどういうスタンスでかかわってほしいのかをまず確認しました。なぜなら、専門的な知識だけを求めていたり、プロジェクト全般に携わることを望んでいたりなど、起業家のニーズもさまざまだからです。黒平さんの場合は、アイデアのブラッシュアップから登記までしっかりかかわってほしいとの要望があったので、スタジオプログラムの期間中は共同創業者のような形で支援しています。
『なぷしゃる』の具体的なアイデアを聞いて、非常に時代にマッチしたサービスだなと。加えて、黒平さんご自身の原体験があり、顧客の気持ちを想像しながらつくっていける点も大きな強みだと感じ、とても魅力的な事業だと思いました」(前田)

スタジオプログラムでは、起業経験のあるメンターが参加者と伴走メンタリングを行なう伴走型起業支援を実施している。アイディエーションやMVP開発といったプロセスをクリアしていく中で、必要に応じてマーケティングやエンジニアリングなどの多種多様な専門家の力も借りながら、幅広い支援を受けられるのが特徴だ。
「起業家と共に長期的なマイルストーンを設定するのと同時に、そこからさらに細かく仮説を区切り、検証のためにどのようなリソースが必要かを分析し、実行するのがメンターの役割です。その過程で生じた課題に対しては、弁護士の方や社会課題に精通したVCの方などの専門メンターを含むさまざまなリソースを駆使しながらサポートする形をとっています。実際に専門メンターとやり取りをするにあたっては、どういう聞き方をすれば得たい情報を得られるのかといったことまでアドバイスします。また、MVP検証におけるユーザーのリサーチも起業家と協力して取り組みます」(前田)
そのきめ細やかなサポートは「伴走型」と銘打った支援にふさわしいものだ。スタジオプログラムに参加した意義を起業家自身はどうとらえているのだろうか。
「スタジオプログラムに参加して感じたのは、初期段階のスタートアップにとって理想的なプログラムだということ。資金も人手も、あらゆるリソースが不足している状況において、まるで創業メンバーのように携わりながらサポートしていただけるのがとても心強く、ほかの起業家の方にも参加を勧めたいと思いました。『なぷしゃる』はリーガルテックの分野でもあり、専門メンターとして弁護士の方をご紹介いただいて、アイデアや法律の相談をできたことも非常に有意義でした。今はちょうどMVP検証を始めたところで、これからプロダクトがどう変化していくかが本当に楽しみです」(黒平)
「起業家にはパワフルで想像力豊かな方が多く、多彩なアイデアを次々に思いつく反面、目的が分散しやすい傾向があります。今取り組もうとしている検証の目的や、サービスの独自価値の絞り込みなどに関しては、各フェーズであいまいになってしまうことも少なくありません。それを整理することも、スタジオプログラムのメンターの重要な役割です。黒平さんのケースでは、われわれも実際に自分たちの手を動かす形でサポートしているので、その瞬間の同じ目的を達成するために共働するという、まさに伴走型の支援が実現できているのではないかと自負しています」(前田)
目的の達成には起業家自身のコミットが重要
これまでにもいくつかのアクセラレーションプログラムに参加した経験をもつ黒平も理想的な内容だと語る「TOKYO Co-cial IMPACT」のスタジオプログラム。最大限に活用するために必要なことは何だろうか。
「自分の事業アイデアを徹底的に深掘りしておくことです。なぜこの事業をやりたいのか、どんな社会課題を解決して、どんな未来を描いているのか、その事業はスケールするのか。それらをとことん突き詰めて、解像度を深めておくことが重要だと思います。同時に、具体的な目標設定も必要です。プログラム期間中に達成したいこと、そのためにどのようなサポートが必要になるかを明確にしておくことで、メンターとの議論もより深められるでしょう」(黒平)
「黒平さんの言う通り、事業の解像度をある程度深めた上で、やるべきことを明確にしておけば、われわれも持っているリソースを最大限に活用することができます。社会課題解決型の事業づくりは、あらゆる起業の中でも、特にコミットが必要なジャンルです。起業家ご自身がコミットする時間と熱量をきちんと確保できているかどうかが、目的達成のための重要なポイントとなります」(前田)
そして、その前提には、絶対に欠かせないものがある。
「何よりも必要なのは、事業を成功させたいという強い意志です! それが周囲にしっかり伝わるように積極的にアプローチすることで、支援も手厚いものになると実感しています」(黒平)
TOKYO Co-cial IMPACT
2025年3月19日にスタジオプログラム採択者の成果報告会を開催します。
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黒平 紗弓(くろひら・さゆみ)◎2009年に大学卒業後、三菱UFJ信託銀行入社。本社にて、5年間にわたり大企業の経営課題に合わせた不動産戦略コンサルティングと不動産仲介営業を経験。数多くの大規模な不動産リーシングや売買の仲介取引に携わる。独立を目指して退職し、2015年5月15日に株式会社サクラウンジャパン設立。2023年、起業家海外派遣プログラム中にGoogle本社をガイドしてくれたGoogleエンジニアとスピード国際結婚。現在は、新たに起業して、「婚前の誓いをパラダイムシフトする、AIリーガルアプリ」と銘打つ「なぷしゃる」の事業化を目指す。
「なぷしゃる」を実際に体験していただく、クローズドβ版テスト参加者を募集しています。詳細はこちら
前田 桜花(まえだ・おうか)◎ガイアックススタートアップスタジオ事業部インキュベーション事業責任者・投資担当。SI企業で受託開発のプログラマーやPM、新規事業のプログラミングスクール立ち上げを経験後、2020年に株式会社ガイアックスに入社。入社後一貫して起業家の伴走支援を行う。自身でも事業立ち上げを経験し、スタートアップスタジオ事業部マネージャーに就任。現在は4つのインキュベーションプログラム(スタートアップ立ち上げ支援プログラム)のインキュベーションマネージャーを担当。自身や自社のノウハウを体現した「FAIL UPWARDS STUDIO」を2023年11月に立ち上げ、400名超のコミュニティに成長。支援した起業家は200名を超える。