2050年の二酸化炭素(CO2)排出実質ゼロに貢献するために「ゼロエミッション東京」を宣言した東京都。2021年度からは、「ゼロエミッション東京の実現に向けた技術開発支援事業」を実施し、ゼロエミッションに向けた企業の技術開発を支援している。
2021年に同事業に採択された、エクセルギー・パワー・システムズ社(以下、エクセルギー)が目指すのは、ハイブリッドソリューションによる再生エネルギー(以下、再エネ)活用への貢献だ。事業内容や採択プロジェクトについて、同社CEOのマイク・ムセル(Mike Musil。以下、ムセル)に話を聞いた。
カーボンニュートラルの実現に向け、日本では再エネの主力電力化に向けた取り組みが加速している。しかし、先行する欧州などではすでに再生可能エネルギー普及拡大に伴い、新たな課題が顕在化している。それは、電力の需要量と供給量のアンバランスを起因とする停電リスクだ。太陽光や風力発電の発電量は天候に左右されるため、電圧低下や周波数変動が発生しており、停電を伴うケースも少なくない。
その課題を予見し、2011年に設立されたのが東京大学発のスタートアップ、エクセルギーだ。同社が独自に開発したパワー型蓄電池とエネルギー管理システム (EMS)は、送配電事業者には電力過不足時の調整力として、需要家にはBCP対策の無停電電源装置(UPS)としてニーズが高まっている。ムセルは言う。
「東京大学で生まれた独自のパワー型蓄電池を事業化するため、エクセルギーを立ち上げました。それを製品化した『エクセルギー電池』を組み込んだバッテリーシステムは、わずか1000分の20秒という高速応動性能と連続した大出力の充放電が強みで、高速応動が重要となる調整力、UPSにおいて非常に有効なソリューションとなります。一般的な蓄電池では連続した高速・大出力の充放電が難しく、特許を取得している当社の技術に大きなアドバンテージがあります」
さらに、エクセルギー社が開発した「EMS」により、複数電源からの電力をエクセルギー電池と組み合わせ安定的に供給できるようコントロールできる。
たとえば、停電時における瞬間的な電力供給はエクセルギー電池が担い、その後の長時間の電力供給は非常用発電機や燃料電池がまかなうなど、複数の電源をハイブリッド・アグリゲーションすることでエネルギー供給の効率化・最適化がかなう。
エクセルギー社が誇るエクセルギー電池の出力はメガワット級というが、それはどれほどの規模なのだろうか。
「たとえば1メガワットであれば、一般家庭の500~1000戸程度の電力をカバーできます。タワーマンションなどでも対応できる電力でしょう」
東大での研究をもって欧州に展開し、知見を日本へ
エクセルギーがまず実証フィールドに選んだのは、再生可能エネルギー大量導入時の課題が顕在化していたハワイだった。その実証運転を足がかりに欧州に進出。現在はアイルランド、英国で商用展開を拡大している。そして、日本での再生可能エネルギーの更なる普及推進も受け、2022年頃から本格的に事業展開を始めた。
BCP対策としての非常用発電機は、ディーゼル燃料を使用するディーゼル発電機タイプが一般的だが、通常のディーゼル発電機はCO2を排出してしまう。同社が目指しているのは、CO2を排出しない電源を組み込んだUPSの構築だ。欧州では、非常用発電機のゼロエミッション化まで求められてきているが、日本発の技術を活用し普及・事業化を目指すのが、今回の東京都の支援事業による取り組みだ。
「ディーゼル発電機を、水素から発電する燃料電池に置き換えた上で、エクセルギー蓄電池と組み合わせたハイブリッド電源システムとすることが、今回のプロジェクトのチャレンジです。水素燃料電池とエクセルギー電池とを組み合わせたハイブリッドシステムにより、CO2フリーのエネルギー供給を実現します」
支援事業の補助金は、システムを構成する機器やその組み立て、さらには山梨県内の自社工場で製造しているエクセルギー電池の製造等に充てられた。そうして完成したハイブリッドシステムの試作機を、山梨県甲府市の「米倉山電力貯蔵技術研究サイト」に設置。現在は実証運転を行い、データが着々と集まっているという。
「商用製品化を前提として設計・開発を進めてきた試作機を、製品と同規模の実機で検証できることは、大きな価値があり非常に助かっています。事業化に向け、実証は順調に進んでいます」
東京都の支援事業は柔軟性が高いと、ムセルは指摘する。
「東京だけでなく、日本・グローバルに展開するという挑戦に対し、非常に柔軟な支援をいただいております。例えば実証フィールドが必ずしも東京都内でなければならないという制約はなく、再生可能エネルギー導入で先行する欧州・英国製の最先端機器の活用等も柔軟に対応いただいており、グローバルに挑戦・展開するエクセルギーにとっては大きなメリットとなっています」
支援は資金面だけにとどまらない。事業化するうえで欠かせないアドバイスが受けられることも大きな価値だと、ムセルは強調する。
「ゼロエミッション東京の実現に向けた技術開発支援事業を取りまとめている日本総研のサポート、ご紹介いただいた各種研究機関専門家らにもアドバイスをいただいています。いちばん助かったのは、実証・事業化において必要となる法規制に関する助言です。例えば、水素ガスの取扱いに関する高圧ガス保安法、消防法や電気事業法なども関わってきます。スタートアップとして技術開発にリソースを取られがちの中で、法規制等の専門分野をサポートいただいたことでプロジェクトが滞りなく進みました」
医療やデジタルインフラにおいてニーズが高まる
現在の日本で非常用発電機まで脱炭素を視野に整備している事業者は多くはない。しかし、日本も2050年までにCO2の排出を実質ゼロにする高い目標を掲げており、実現に向けては発電機の脱炭素も不可欠だ。そうしたなか、エクセルギーが開発するハイブリッド電源を特に必要とするのは、停電が大きなリスクとなる領域だ。
「病院、携帯電話通信基地局等の社会インフラにおいて停電対策が重要なのは言うまでもありませんが、工場、データセンターなどの産業の施設においても停電による操業停止対策の重要性もましてきており、ニーズが高いと考えています」
総合的なフレキシビリティ・プロバイダーへの進化
再生可能エネルギーの普及拡大だけでなく、日本においては昨今の異常気象で増加する落雷による停電も増えており、非常用発電機が活躍する機会は多い。そのCO2の排出を抑えることは、日本においても将来の課題になるだろう。また、脱炭素に向けては、停電リスクへの備えはもちろん、再生可能エネルギー普及拡大が引き起こす電力の需要量と供給量のアンバランスを解消するさまざまな調整手段、すなわちフレキシビリティが必要だ。エクセルギーはその後押しをする。
「私たちは、再エネの普及拡大で先行している欧州において多様な実績があり、課題解決方法も熟知しています。その経験を活かしてさまざまなフレキシビリティを提供し、日本における脱炭素化の加速に貢献することができると自負しています。私たちの技術によって、CO2の排出を完全にゼロにする世界をつくっていきたいです」
ゼロエミッション東京の実現に向けた技術開発支援事業
2050年にCO2排出実質ゼロに貢献する「ゼロエミッション東京」の実現に向け、脱炭素事業等に取り組む都内のエネルギー/環境系ベンチャー・中小企業が、事業会社等とのオープンイノベーションにより事業化するゼロエミッションに向けた技術開発を対象に、都が経費の一部を補助。ゼロエミッションの実現の推進と新規ビジネスの創出を図る。
エクセルギー・パワー・システムズ
2011年東京大学で創業。パワー型蓄電池を活用したハイブリッド型バックアップシステムでエネルギー・トランジション、カーボンニュートラル実現への貢献を目指す。
マイク・ムセル(Mike Musil)◎エクセルギー・パワー・システムズ代表取締役社長 執行役員CEO。スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH)卒業。中国にて、ドイツ・コンチネンタル社(ドイツのハノーファーに本拠を置く総合自動車部品およびタイヤメーカー)などで働いた後、東京大学修士課程に入学。2016年、東京大学工学博士号取得。2013年、エクセルギー・パワー・システムズに参画。