「昨日も、社内勉強会にヘラルボニーのCo-CEO・松田文登さんをお招きしたところです。松田さんは盛岡出身、私は前橋出身。互いに地元を元気にしたいという共通の思いがあり、ときに自治体も交えながら、講演会に呼び合ったりして交流しています」
ヘラルボニーは、知的障害のあるアート作家とライセンス契約を結び、その作品を「異彩を放つアート」としてさまざまなプロダクトやサービスに展開する企業だ。田中は約2年前に出会ったという。
「ヘラルボニーのアート・プロデューサーを務める知人に誘われ、同社のイベントに伺ったのが最初です。とても素敵な絵があり、即決で購入しましたね」
普段は主に町づくりをキーワードに繋がるが、昨年と今年、JINSは「HERALBONY Art Prize」にゴールドスポンサーとして協賛している。その理由として、田中は両社が掲げるビジョンの親和性を挙げた。
「ヘラルボニーは、障害のある作家や作品にひかりをあて、ビジネスとして成長させていくことでそうした方々の可能性を広げています。それは、当社のビジョン『Magnify Life - まだ見ぬ、ひかりを。』とも大きく重なる。我々はアイウエアを通じて、人々の生き方そのものを豊かに広げ、これまでにない体験へと導きたい。まだ誰も知らない可能性にひかりをあてるのです」
「HERALBONY Art Prize 2024」でJINSが企業賞に選んだ作品もまた、このビジョンと通じる。「生きることは描くこと、描くことは生きること」を信念に活動をするカミジョウミカさんの作品だ。社内メンバーは、難病を抱えながらも人生を豊かなものにしようとする生き方、信念から生まれるパワフルな表現に深く共感し、満場一致で選んだという。今年には、この異彩を放つ作品とコラボしたメガネケースとメガネ拭きを発売する予定だ。

培った技術と知見でハンズフリーマウスを開発
この2月、JINSは新しく発表したデバイス製品「JINS ASSIST」で、またひとつ新たな可能性を広げようとしている。「JINS ASSIST」は、手を使わずにデバイスを操作できるハンズフリーマウスだ。親指の先ほどのサイズだが、これを眼鏡フレームの側面部分(テンプル)に取り付けると、四肢障害がある方などが頭の動きだけでパソコン操作を行える。重さは約4g(ケーブル除く)で、装着していることを忘れるほど軽い。有線でパソコンとつなぐため、充電の必要がなく誰でも簡単に扱うことができる。田中は「JINS ASSIST」にかける思いをこう話す。
「人には、自分自身で何かを選択したり、動かしたりしたいという根源的欲求がある。しかし、障害のある方は何かをするときに人の手を借りないといけないことが多い。それは、日常の中で大きなストレスだと思うのです。『JINS ASSIST』を活用いただくことで、そのストレスを少しでも解消し、さまざまな可能性を広げてもらいたい」
開発のきっかけとなったのは、2015年に発売したメガネ型ウェアラブルデバイス「JINS MEME」だ(現在一般向け販売は終了)。同社が独自開発した眼電位センサーとモーションセンサーを搭載し、まばたきや視線移動、体の動きを計測することで自分のココロとカラダの状態をアプリで可視化できるという特徴を持っていた。
「JINS MEME」の技術や知見を活かしコントローラーとして活用できないかという研究を始めていたところに、障害のある方からこんな声が寄せられた。
「JINS MEMEでマウス操作ができるようにならないか」、「デジタルデバイスを使って、家族ともっと自由にコミュニケーションをとりたい」。
同社は寄せられた声に後押しを受け開発を進めた。当初はメガネ型ウェアラブルデバイスの発想から始まったが、研究を重ねた結果、「目」の動きではなく「頭」の動きで操作するハンズフリーマウスのカタチにたどり着く。
そこから試作、テスト、改良を繰り返すこと約4年。特に注力したのは、精度の高さだ。パソコンの画面上のポインターを、いかにスムーズに正確に頭の動きに合わせて追従させるか。コマンド選択、右クリック、左クリック、ダブルクリックに、コピー&ペースト、ドラッグ&ドロップ……。テストでは、実際に障害のある方に試してもらい、そこで得たフィードバックをもとに、何度もコードを書き換えた。
「JINS ASSIST」は、想定していたよりも難産ではあったが、この開発努力が結実する日はそう遠くないはずだ。完成品を試した重度障害のある方から、すでにこんな感想が届いている。
「ストレスなく音楽や動画を視聴し、SNSでコミュニケーションが取れる環境を楽しんでいます」

産学連携、ヘルスケア分野への事業参入に注力
2001年のアイウエア事業参入以来、JINSは価格・プロダクトの両面で業界の常識を覆し、新しい発想で勝負してきた。なかでも抜群の軽さと従来にはないかけ心地の良さを叶えた「Airframe」は看板商品となり、累計販売本数は2,580万本(2024年5月時点)。ブルーライトをカットするという新発想の「JINS SCREEN」も記憶に新しい。「『Airframe』も『JINS SCREEN』も、新しい価値を生み出せたことが大きな支持に繋がったのだと思います。ただ、どちらも発売前は9割の人から『こんなものは売れない』と言われましたよ。これまで成功したことの多くは、大半の人から反対されましたね」と田中は振り返る。
「反対されても、自身の中で『いける』と確信めいたものがあるときは、すべてをかける覚悟で思いっきりフルスイングするんです。例えば『Airframe』の場合、当社ではまだメガネが月に3,000本も売れていない時代ですが、発売時には一気に7万本のフレームを発注しました。ホームランを狙い、空振りすれば三振。でもその真剣勝負の中に学びがある。まさに『JINS ASSIST』はフルスイングしたからこそ、生まれた製品です」
今後も、JINSではフルスイングする場面が訪れるのだろう。グローバル展開の加速、ヘルスケア領域でのアイウエア製品開発、そして医療機器分野への本格的な事業参入。田中は10年以上前から、大学の研究室や医療機関との連携を積極的に図ってきた。
「2019年に慶應義塾大学発ベンチャーと、バイオレットライトを使った近視進行抑制メガネ型医療機器の開発をスタートさせ、現在は治験段階に入っています。これは視力補正ではなく、近視の進行そのものを抑制するソリューションです。また昨年から、当社が保有するメガネ販売のビッグデータを活用した臨床研究を大阪大学大学院医学系研究科と開始しました」
過去を振り返っても未来を想像しても、JINSが行う事業の社会的意義は大きい。だが、なかには研究開発に多くの年数とコストを要し、企業としてはそれなりのリスクを背負わなければならない事業もある。フルスイングを続けることに躊躇はないのだろうか。田中は力強く、こう即答した。
「リスクを背負う覚悟は、ビジョンを実現させようとすると生まれます。『Magnify Life - まだ見ぬ、ひかりを』にもとづき、人々の新しい可能性を切り拓く。世の中に新しい価値を生み出す。そこには、売上とか利益には代えられないものがある。躊躇は一切ありません。それこそが、JINSがJINSである所以です」
たなか・ひとし◎ジンズホールディングス代表取締役CEO/一般財団法人田中仁財団代表理事
1963年群馬県生まれ。88年有限会社ジェイアイエヌ(現:株式会社ジンズホールディングス)を設立し、2001年アイウエア事業「JINS」を開始。13年東京証券取引所第一部に上場(22年4月から東京証券取引所プライム市場)。14年、群馬県の地域活性化支援のため「田中仁財団」を設立し、起業家支援プロジェクト「群馬イノベーションアワード」「群馬イノベーションスクール」を開始。現在は前橋市中心街の活性化にも携わる。