起業経験があり、現在はfreeeで専務執行役員CHROを務める川西康之と同社人事基盤部長の笠井康多、経営学者の入山章栄が意見を交わした。
入山章栄(以下、入山):まずは「リスターター」である川西さんにお話をうかがいます。川西さんは2016年にfreeeに参画されたそうですが、それまでのキャリアを教えていただけますか。

約12年間、自社の経営で試行錯誤を重ねましたが、「思い描いていた姿と違う」と感じるようになりました。20〜30人規模に成長して利益が出ていたものの、社会にインパクトを与えられている感覚がなくて。
また、学生時代の後輩たちが会社を大きく成長させ、起業家として成功する姿を見て、「このままでは通用しなくなる」と焦りを感じました。そして、自分に足りないものを学べる、次なるキャリアを模索し始めたんです。

川西:この会社なら多くの学びがあると、心から思えたからですね。もともと自社で使っていたfreeeのプロダクトに感動し、「これからの世の中に求められる会社だ」と直感しました。そこで、人生初の面接を受けて入社したんです。
freeeでの仕事はセールスからスタートしました。人手不足など会社の急成長に伴う課題もあり、担当範囲が少しずつ広がって、現在は人事・総務領域全般のマネジメントを行うポジションにいます。
入山:入社後は起業家時代とは異なる場面も多く、戸惑うこともあったのではないでしょうか。
川西:そうですね。会社経営をしていた頃、資金調達やトラブル処理などの最終決定を、すべて自分が行うのが当たり前でした。しかしfreeeに入った当初は、自分以外の人が重要な決定をくだす環境に違和感がありました。
それでも今は、思い通りに働けている実感があります。長年、大きな組織を運営することを思い描いてきたので、1000人超の規模のマネジメントを担当しながら、「これが自分のやりたかったことだ」とやりがいを感じています。
これから企業で求められるのは「意思決定人材」だ
入山:川西さんのように起業経験者が会社員として活躍するには、企業側にどのような環境整備が求められるのか。笠井さんのご意見を伺いたいです。
笠井康多(以下、笠井):最も重要なのは、ビジョンやミッションを社員に示し続けることです。freeeのメンバーは、それらをしっかりと理解して全力で取り組んでいるからこそ、夢やビジョンがある元起業家のような方々を惹きつけるのでしょう。だから、川西も「世の中を変えたい」という自らの夢を、freeeに託してくれたのだと思います。

笠井:その点、現場に裁量権を与えて成長していく企業は、起業経験者にフィットしやすい環境だといえるでしょう。freeeも起業家精神を尊重し、各自が正しいと思うことを実行できる企業文化があります。
入山:日本企業に求められるのは、そうした文化の醸成なんですよ。
正解のない時代に、企業が求めるべきなのは、意思決定を積み重ねてきた人材です。答えのないなかで悩み、腹を括って決断したことを周りに納得してもらい、やり抜くことができる。大企業の多くは、トップダウンで決まったことを無難にこなすことが評価され、意思決定できる人材の育成ができていません。
意思決定の経験を積まないまま管理職になって、重要な決断をいきなり任されても、適切に判断することは難しいのです。
笠井:意思決定できる人材を育成するには、どうすればいいのでしょうか。
入山:場数を踏むしかありません。経営規模に関わらず、どれだけ修羅場をくぐったかが重要で、そうした経験を積んだ人は活躍できるでしょう。だから、川西さんのような起業経験者の存在は貴重なんです。
川西:言われてみると、経営者視点からでも考えられるのは、自分の強みだと実感しました。
入山:そのような人材を企業に取り込む方法のひとつが、M&Aでスタートアップを買収し、起業家を経営幹部に迎えることです。今後、こうした動きはさらに加速するでしょうね。
笠井:統合型経営プラットフォームを提供するfreeeでは、プロダクトのラインナップを幅広く提供するためにM&Aを積極的に推進しています。その際に事業に想いを持った起業家ごと迎え入れ、引き続きコミットしてもらうことで、事業のグロースを目指しているんです。
入山:多様なキャリアを経た起業経験者は、トップとして会社を引っ張ること以外の自分の適性に気づくこともあります。
川西:まさに、freeeで働いてみて、気づくことができました。ビジョンの実現に向けて純粋な情熱をもち、新しい挑戦を次々と生み出していく当社CEOの佐々木大輔と働いたことで、「自分は起業家タイプではなく、補佐役として組織を大きくするほうが向いている」とわかったんです。
何があっても生き抜く力を武器に、起業家から「転生」せよ
入山:企業で活躍するのは、優れた意思決定で成果を上げた起業経験者だけではありません。たとえ会社経営に失敗しても、野性味を発揮し生き抜こうとする人材もまた、正解のない時代で飛躍できることでしょう。
笠井:経営に失敗すると「キャリアが終わった」と思われがちですが、それを乗り越えようとする人が必要とされるのですね。
入山:そもそも、起業が盛んなシリコンバレーでは「3〜4社潰して一人前」という風潮が当たり前で、失敗の経験が評価されます。一方、日本では、一度の失敗で「あいつは終わった」と人生の落伍者のように見なされることがしばしばあります。この「キャリアの倒産」を恐れる文化が、日本のスタートアップの少なさにつながっていると考えています。
しかし実際は、意思決定をし続け、幾度の失敗を乗り越えてきた人材こそ、企業がイノベーションを起こすのに必要なのです。
川西:弊社でも、失敗を乗り越えた人を数多く採用しています。重視するのは、最後までやり抜いたかどうか。厳しい局面でも一歩踏み出し、やりきって次へ進もうとする人と働きたいですね。
入山:川西さんのすごいところは、経営者として成功を収めながらも「このままじゃいけない」と過去のしがらみを捨て、新たなキャリアを選んだことです。起業経験者がセカンドキャリアを成功させるには、何が最も重要だと思いますか。
川西:いつも心がけていたのは「脱・プライド」です。はたから見れば、そこそこ成功しているように見えるかもしれませんが、経営者という肩書きはもう捨てようと。何を言われても素直に受け入れ、「ゼロからのスタート」だと、自分に言い聞かせてきました。それが今の財産になっています。

入山:素晴らしいですね。笠井さんはいかがでしょう。
笠井:変化に適応する覚悟だと思います。起業経験者でも得意・不得意があり、壁にぶつかることは避けられません。そのとき、環境に適応し、進化し続けようとする覚悟がある人は、どこでも活躍できるはずです。
入山:人材の流動化が進むなか、本当にやりたいことを実現するために必要なのは「転生」なんですよね。今の時代は何度も生まれ変わることが当たり前で、転生しなければ本当にやりたいこともわからないし、自分の価値を発揮できません。これからは起業家が何度でも転生し、価値を生み出していく時代なのです。
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