一方、謎解きクリエイターの松丸亮吾は謎解きをエンタメに昇華させ、2019年にRIDDLER(リドラ)を起業。謎解きを通じた教育プログラムを提供するなど、これまでになかった視点で謎解きが持つ可能性を追求している。
サンギ代表取締役社長 ロズリン ヘイマン(以下、ロズリン)とRIDDLER(以下、リドラ)CEO松丸亮吾(以下、松丸)の対談を通じて、新しい価値を生み出す源泉について考える。
ものづくりへの追求と新たな視点
松丸:NASAの技術※1をヒントに誕生した歯みがき剤の開発力が認められ、日本企業として初めて「Space Technology Hall of Fame®」※2を受賞したと伺いました。おめでとうございます。ロズリン:ありがとうございます。
当社が創業したのは1974年のことですが、当時は貿易商社として特許などの知的所有権の売買にも取り組んでいました。そんなとき、創業者で私の夫でもある佐久間周治(現サンギ会長)が、無重力の環境下で宇宙飛行士の歯や骨が悪影響を受ける問題を解消することを目的としたNASAの技術※1に注目したのです。
簡単にいえば口腔内の化学反応で歯の主成分であるハイドロキシアパタイトを生成し表面に新たな層を形成する技術を提案するものでしたが、その権利を購入し早速開発を進めるも、うまくいきませんでした。そこでハイドロキシアパタイトそのものを合成し直接歯みがき剤に配合すれば、日々の歯みがきで歯に取り込まれ、健康な状態を保てる可能性があるのではないかと考え、開発をスタートしました。そして今回、「薬用ハイドロキシアパタイト」配合の歯みがき剤をつくり上げた開発力が認められ、受賞へとつながりました。
松丸:歯みがき剤と宇宙がどうリンクするか疑問だったのですが、そういうことだったのですね。
ロズリン:松丸さんは宇宙がお好きだそうで、昨年、宇宙をテーマにした謎解きイベントも行っていましたね。
松丸:テレビ局主催のイベント内の謎解きアトラクションの制作に携わりました。子ども向けの宇宙をテーマにしたイベントはほかにもありますが、そこに「謎解き」というフックをかけると、より多くの子どもたちが集まってくれます。そこから宇宙に興味をもってもらいたいという気持ちで制作しました。
幼少期のころから宇宙に関する研究は最先端というイメージをもっていて、科学者になりたいと思っていた僕にはずっと憧れの研究領域でした。現在もそうですが、不可能に挑戦する姿勢に惹かれています。
ロズリン:当社の歯みがき剤も、発売に至るまでにさまざまな挑戦がありました。NASAのアイデアを実現できなかったこと、ハイドロキシアパタイトの合成や、この成分を歯みがき剤に配合し安定させることなど、幾度もの困難に直面しました。その後、なんとか発売にこぎつけましたが、当時の歯みがき剤の相場は200円ほど。私たちが完成させた歯みがき剤は2,000円を超えていたので、お客さまが手に取ってくださるかを案じていました。
ですが、私たちの予想以上に反響をいただくことができ安堵したことを覚えています。また、信念をもって取り組みを続けてきたことが「Space Technology Hall of Fame®」※2の受賞へとつながり、長年の苦労が報われた気持ちです。

新しい発想は前提や常識を疑うことで生まれる
ロズリン:松丸さんは経営者として企業や自治体とイベントなどを実施されていますが、プロジェクトを進めていくことで大切にしていることを伺えますか。松丸:難易度の設定はもちろんですが、いくら謎解きの問題がおもしろくても、それだけではダメなんです。イベントや企画を通じて、どんなメッセージを伝えたいのか。また参加者の方が、ひらめきが生まれた瞬間の気持ち良さをいかに高めるかなどを意識しないと、良いものはつくれないと思っています。
ロズリン:私たちに置き換えると、歯みがき剤を使ってくださる方々のことを第一に考えるということになりますね。それはとても共感できます。私たちも常にお客さまによろこんでいただける商品を提供したいと日々開発に取り組んでいますが、松丸さんは謎解きを企画するうえで、発想のコツのようなものはありますか。
松丸:前提や常識を疑うことでしょうか。謎解きの場合は、まず問題を解く人がどういう思考回路で解こうとするのかを設定し、パターン化します。つまり、ある問題に対して、常識的には人々はこのように考えるだろうということを洗い出す。そして、そのパターンだけでは解けないような謎を考えるようにしています。
例えば、漢字と数字の組み合わせを複数つくり、最後に残る数字を解いてもらう謎解きをつくります。「獅子=16」「死語=20」といった具合ですね。これは一見すると掛け算、つまり「獅子=4×4=16」「死語=4×5=20」と、とらえることができますが、そこに「西=6」という組み合わせを用意しておくと…。

ロズリン:「西=2×4」だと「6」にはならないですね!
松丸:そうなんです。ここで多くの人が「掛け算じゃない」と気づく。そして最後に残っている「国=?」の謎に対し別のアプローチが必要だと気が付きます。
このように最初のひらめきだけでは解けない謎解きを用意することで、答えに辿り着いたときのよろこびを思いっきり楽しんでもらいたいと思っています。これは常識にとらわれず、新しいものを生み出していくというサンギさんの製品開発に似ているものがあるかもしれませんね。

松丸:サンギさんは製造部門をもたない、いわゆるファブレス企業ですよね。このような業態のメリットについて伺えますか。
ロズリン:最大のメリットは人材リソースを開発に集中できるところでしょうか。実際に、当社では研究職に携わる社員は全体の約30%です。私たちの理念「世の中にないものをつくりだす」を実現するには、必要不可欠な体制だと考えています。もちろん、取り組んだ研究のすべてが成果につながるとは限らないので、経営的には大変なところもありますが、「世にないものをつくりだす」ために、日々開発を続けています。
松丸:仕事としては、その方がおもしろいですよね。きっと開発を楽しむ企業風土が根付いているんでしょうね。
ロズリン:そうですね。そのために社内では誰でも自由に意見が述べられる環境づくりを心がけています。フラットな雰囲気を醸成するために、社長室をつくらず、社員と近い場所で仕事をするようにしています。
松丸:社長室がないのは弊社も同じです。僕もできるだけ上下関係をつくらず、社内の風通しのよさを維持することを心がけています。
主役は自分自身。体験者が向上できる未来を
ロズリン:昨年12月に東京池袋に謎解きの店舗をオープンされたと伺いました。常に挑戦を続けていらっしゃる松丸さんの姿には、私たちも刺激を受けています。松丸:「リドラの謎解きスタジオ」は僕たちの謎解きを楽しんでもらうための常設のイベントスペースで、ありがたいことにオープン以来、大変ご好評をいただいています。また、今後は武道館や東京ドームのような大きな会場で、来場者全員が一斉に謎解きをするイベントを開催したいと考えています。ライブなどと違い、謎解きは参加者自身が主役になることができる。謎解きが新しいエンタメとして、より多くの人々が楽しめるものになるように、これからも頑張っていきたいと思っています。
ロズリン:私たちも昨年10月に、当社の歯みがき剤「アパデント」のブランドコンセプトを「自分のさらなる高みへ」に一新しました。昨今、多くの人々が物や体験を通じて自己成長や生活の質の向上を目指し、自分にとって価値のあるものには投資を惜しまないという考え方が広がっていると感じています。単に歯みがき剤としての役割を果たすのではなく、「使用することで、使う人の自信につながり、豊かな人生を送ることを後押しする存在になって欲しい」という思いが込められています。
松丸:僕たちも謎解きの魅力をより多くの方に伝えられるよう、「さらなる高みへ」のぼっていきたいですね。
アパデント(サンギ)
https://www.apadent.jp/
まつまる・りょうご◎TV番組・イベント・舞台など、様々なメディアで一大ブームを巻き起こしている「謎解き」の仕掛け人。2019年に謎解き制作会社RIDDLERを立ち上げ、自身の監修した謎解き書籍は累計200万部を突破するベストセラーに。
ヨーロッパで開催された脱出ゲームの世界大会「World Escape Room Championship 2023」に出場して優勝。24年12月には「リドラの謎解きスタジオ 池袋店」をオープンさせ、謎解きが楽しめる施設の展開にも力を入れている。
ろずりん・へいまん◎サンギ 代表取締役社長。豪メルボルン生まれ。71年来日。東京大学大学院修了後に、在豪日本大使館、共同通信社などに勤務。99年サンギ入社。経営企画室長、副社長を経て、2016年社長就任。
※1:1960年代後半、NASAはバーナード・ルービン氏率いるNASAの電子研究センターで、宇宙飛行士の歯や骨を無重力の環境下で守ることを目的に、歯と骨の構成成分であるハイドロキシアパタイトを、その前躯体である「ブルシャイト」から口腔内で生成する研究を進めていた。その後NASAは1972年にルービン氏のアイデアの特許を取得し、3年後の1975年にその知的財産権をサンギが購入。
※2:「Space Technology Hall of Fame®」は、1988年に米国の非営利団体「Space Foundation」が宇宙技術に関する優れた開発を表彰する目的で創設したアワードで、世界に通用するテクノロジーに対し開発者をはじめ、科学者や技術者に敬意を表す賞として知られています。