三菱UFJ銀行(以下、MUFG)などが運営する「観光・インバウンドの課題解決を目指すオープンイノベーション拠点」MUICが挑戦する新事業の数々。「産業観光」と「大阪人の魅力」を伝えようと走る一人の“プロデューサー”の姿に迫る。
「日本の中堅・中小企業が、その長い歴史のなかで育んできた経営ノウハウを、いま世界の企業が求めています」
MUIC Kansai(一般社団法人関西イノベーションセンター)でシニアマネージャーを務める益子泰岳(ましこ・やすたか)は、そう確信を持って語る。2023年4月に着任してから、益子が最初に手がけたのが「Tech Tours Kansai」という「産業観光」のプログラムだ。海外のビジネスパーソンを含む観光客を、日本の企業の現場へ連れていき、その経営ノウハウなどを学ぶ機会を提供している。
産業観光といえば、富岡製糸工場や石見銀山など、歴史的・文化的な価値の高い史跡を訪問することがこれまで日本では一般的だった。だが益子が取り組む「Tech Tours Kansai」は関西圏を中心に、さまざまな特色(業歴の長さや生産工程での工夫等)を出しながら事業を成長させている中堅・中小企業を訪問先に組み込むところに独自性がある。
「タイや中国では創業20~30年の企業が多く、その経営者たちはいま、事業を長く経営していくための組織論や自分が引退した後に会社をどうするか、事業承継の問題に頭を悩ませています。何代も続く日本企業の経営ノウハウは、彼らにとって切実な関心事なのです」
Tech Tours Kansaiでは、そうした中堅・中小企業を中心に、すでに300社以上の協力企業を集めている。
「たとえば、八尾市に本社を置くある会社は、創業100年以上の老舗メーカーですが、今でも新たな商品開発・販売を積極的にしています。創業時から続く製造ノウハウを基本にしながら、時代が求める製品を次々開発する経営や組織づくりが、海外の経営者からも高い関心を集めています」
関西へと移動しながら産業観光を体験してもらう
現在、Tech Tours Kansaiのアドバイザーとして、共同で経営コンテンツの開発を進めているのが、愛知県名古屋市に本社をおくエイベックスだ。自動車の切削・研削部品加工を手がける同社では、17年前から自社で産業観光に取り組み、今では年間8000人以上の海外からの顧客を受け入れることに成功している。同社の工場見学では、切削・研削加工の技術だけでなく、5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)や改善活動など、日本のものづくりの根幹を支える経営手法も学ぶことができる。「エイベックスさんの産業観光に関するノウハウを活かして、東京に来たインバウンド客が名古屋・三重から関西へと移動しながら産業観光を体験し、関空から帰国するというプランを組み立てているところです」
また産業観光を進めるなかでの気づきとして、「日本の介護施設を見学したい」というニーズがあることもわかった。高齢化が進む中国では介護施設や運営事業者が日本に比べて圧倒的に少なく、施設でのオペレーション等が一般的に広がっていないため、「介護ビジネスを日本から学びたい」という経営者が数多くいるという。
「海外からの視察者は、視察料を支払うことで、これまで知られていなかった日本の優良中堅・中小企業が持つ独自のノウハウを現場で学ぶことができます。一方、受け入れ側の日本企業は、準備に必要な費用も含めて視察料がしっかりと支払われる上、海外企業とのつながりを持つことができる。運営は大手旅行会社とタッグを組み、ありきたりな企業視察ではなく、地方独自の文化や美味しい食事も体験できるようなプログラムを要望に応じて作り上げています」
この取り組みは高く評価され、日本最大級のインバウンドカンファレンス「インバウンドサミット2024」内で開催された「ネクストツーリズムアワード2024」で優勝を果たした。「Tech Tours Kansaiは立ち上げが昨年1月で、ツアーもまだ数回しか開催していない発展途上ですが、その将来性を評価いただいたと思います」と益子は手応えを感じている。
故郷への帰省が「課題」に気づかせてくれた
益子が産業観光の可能性に気づいたのは、銀行員時代の経験があったからだ。2014年に三菱UFJ銀行に入行した益子は、最初の横浜支店で売上数億〜50億円ほどの中小企業を約30社担当。4年目に移った豊橋支店では、10億〜500億円規模の中堅企業を中心に30社担当するようになった。地域に根差した企業の経営者たちと深く関わる中で、日本のものづくりの底力を実感するとともに、「大企業に目が行きがちだが、こうした中堅企業を支援することが日本の底上げにつながるのではないか」と感じるようになった。その後、東京公務部に異動した益子は、高速道路を建設・管理運営する特殊法人や、日本企業の海外進出等を支援する独立行政法人など、数十億から数百億円規模の融資を行う巨大組織を担当。国の政策から予想される未来に向けて仕事をすることにやりがいを感じるとともに、チームを牽引する立場にもなり、頭取表彰を受ける成果も出すなど、自信も得た。
「しかしそんなタイミングで、生まれ故郷である茨城県水戸市に帰省した際、街がずいぶん寂しくなっていることに気づいたんです。それまで年に3、4回は帰省していましたが、駅近くの繁華街でシャッターの閉じた店が増え、子どもの頃に比べて人通りも大きく減少していました」
水戸駅近くで地元の食材を活かしたフレンチレストランを長年父と営む友人も、水戸や周辺地域の衰退を何とか食い止めたいと話していた。
「茨城県は東京にも近く、美味しい食べ物や海や山の豊かな自然、文化もある魅力的な土地なのに、なぜかその魅力をうまく発信できていない。日本各地に出張するなかで、水戸と同じような課題を抱えている地域は、他にもたくさんあると感じていました。銀行員という枠組みを超えて、地域を活性化するノウハウを身につければ、将来、水戸をはじめいろんな地方に貢献できるかもしれない。そんな思いから、MUICの公募を見たとき、ここで働くことを決意したのです」

大阪の最大の魅力を全展開したい
MUICに異動してから約2年。益子はいま、Tech Tours Kansaiに続き、「OSAKA BUDDY Local Tours」という新しいプロジェクトを推進している。これは、大阪の「人の魅力」に特化した観光プログラムだ。OSAKA BUDDYとは、『大阪の顔になるような人』を意味する。「生まれて初めて大阪で暮らして実感したのは、この都市の最大の魅力が『人』だということ。それを全展開できるビジネスはできないかと考えました。そして、飲み屋に行けば初対面の人たちとすぐに仲良くなれる、その楽しさを観光客にも味わってほしいと考えました」
この取り組みでは、「BUDDY」と呼ばれる大阪の街を知り尽くした案内人が、ディープな店やストリートを紹介する動画を世界に発信する。紹介された店には「OSAKA BUDDY」協力店であることを示すステッカーを貼り、インバウンド歓迎の店であることを示す。DJも経験し、「音楽はプロデューサーで掘っていく」という根っからのプロデューサー気質の益子らしいアイデア。2025年大阪・関西万博の開催に合わせ、4月13日から半年間、梅田ルクアと心斎橋パルコに万博に関わる各国の人が集う酒場を設置する構想がある。「この酒場が夜のパビリオンになり、OSAKA BUDDYと繋がる大きな機会になるはず」と、益子は笑う。
「そこに来れば、世界中の人たちと気軽に楽しく交流できるでしょう。産業観光もOSAKA BUDDYも、大切にしているのは『現場感』『ライブ感』。その場にいるから味わえる楽しさや喜び――いわばバイブスを、世界中の人々と共有していきたいと思っています」
ましこ・やすたか◎一般社団法人関西イノベーションセンター シニアマネージャー。茨城県出身。2014年三菱東京UFJ銀行(当時)入社、横浜支社、豊橋支店、東京公務部を経て、2023年4月に着任。Tech Tours Kansai、OSAKA BUDDY Local Toursなどを担当する。
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