2024年12月、都内。グロービング代表取締役社長の田中耕平(以下、田中)、エグゼクティブパートナーの桒原隆志(以下、桒原)、パートナーの髙木健一(以下、髙木)が参加し、福岡伸一との座談会を開催した。「動的平衡」的な組織の捉え方から、会話がスタートした。
桒原 先生とのご縁は、私がお世話になった経営者の方からご紹介いただいたことでしたね。今回、日本発の戦略コンサルファームとして、これまでの主役だった欧米流のマネジメントに対し、日本的な経営の良さを打ち出したいと、座談会の場を設けさせていただきました。先生の動的平衡のコンセプトと、組織マネジメントとの親和性からお話を伺えますでしょうか。
福岡 親和性はあると思いますね。人間は細胞の集まりで、多細胞生物として活動していますが、その細胞を自ら壊しながらつくり変えているのです。そうした生命を生命たらしめている状態を「動的平衡」というキーワードで表していますが、人間を細胞から成り立つ組織と考えれば、組織もまた生命的に考えることができると思います。
また、生命を西洋的、近代科学的な見方で分解していくと分子や原子になりますが、それは生命の本質ではないと思うのです。生命はパーツが作用しあう関係性を通して初めて成り立つからです。パーツ単体で捉えるような欧米流のメカニズム思考だと、生命のダイナミックな在り方を見失ってしまうこともあるので、社会の在り方もこうした対抗軸で考えることが、必要だと思います。
田中 グロービングを立ち上げた思いもまた、トップダウンでガバナンスを利かせ、組織に当てはめていく欧米流の経営論を適用しようとする欧米発祥の戦略コンサルティング手法が、必ずしも日本企業の役に立っていないのではないかという懐疑感にありました。そこで、フィロソフィーを求心力に、数字は最後についてくる日本型の経営に着目したのですが、そこに動的平衡という生命学とも通じるマネジメントスタイルを見出すことができればと考えています。
髙木 欧米流の標準に合わせる思考は、業務や人、IT、役割などを組織の構成要素として捉え、そこに人を当てはめていく「適所適材」の発想ですが、日本は、先に人が来る「適材適所」の発想ですよね。それに、日本企業で特徴的といわれるボトムアップ型の経営手法などが、なぜ成り立ち、かつ強みを発揮してきたのかを、先生の生命学的なアナロジーで紐解けるのでないかと楽しみに思っています。
福岡 動的平衡というコンセプトをマネジメントに適用するならば、まずは解像度の高い言葉で理解していく必要がありますね。
まず、動的平衡とは絶えず流れながらバランス(平衡)をとっていくのですが新陳代謝ではありません。動的平衡は、積極的に壊す、先回り的に壊してつくり変える破壊的創造といえます。ですから、生命体もあらかじめ壊されることを予定してつくられているので、どこからでも、どんな場合でも壊せるようにつくられています。
一方で、人間がつくるものはプラスチックも鉄も長持ちさせようと堅牢頑強につくっているがゆえに、壊せなくなってしまって問題が起き、環境に負荷がかかっている。生命的なものはもっと、ゆるゆるやわやわで。いつでも壊せます。
実は、生命は「何かをつくる」よりも「壊す」ことにこそ多くのエネルギーを注いでいて、不要なものを積極的に分解することで常に新しい状態を保とうとしているんです。
では、なぜ生命は自らを壊そうとするのでしょうか。
組織の持続可能性を実現する3つの鍵
福岡 それは、エントロピーの増大という宇宙の大原則に抵抗するためです。エントロピーとは、乱雑さや秩序が壊れるという意味。放っておくとバラバラになる、形あるものは壊れるなど、時間の進む方向に秩序がなくなることです。熱が冷めることもそうですね。人間を含めたすべての生物も、常にエントロピーが増大しています。これが増え続けると、やがて死を迎える。これは生命にとって危機と言えます。生命はそれにあらがって生きています。経済的な活動によりもたらされる価値は秩序を生み、エントロピーを下げますが、その分、経済活動によって出て来る、別のエントロピーの増減を考えなければなりません。例えば、地球温暖化の問題もCO2の排出削減の観点とは別に、経済活動によって産み出された価値以外で増えたエントロピーをどう抑制するかという観点で捉えられるのです。
そして、それを解決できるのは太陽エネルギーを使って、人間が散らかしたエントロピーを下げてくれる植物だけ。そういう意味で、生命が38億年も続いたように、組織も持続可能な存在になるためには、エントロピーの増大にどう向き合うのかが大事なのです。 髙木 エントロピーの増大にあらがうことが生命だとすると、ビジネス活動にも同様のことが言えるかと思います。例えば、ある時点のマーケットにあわせてオペレーションを最適化させたとしても、放っておけば前提となるマーケット環境、つまり、エントロピーは増大していきます。
しかし、トヨタ自動車の「カイゼン」などは、現場の作業員たちが、企業の理念に沿って各プロセスを自分なりに改善し、環境変化に合わせて最適化していることなので、エントロピーの増大にあらがっていると言える。加えて、改善を会社全体に広げることは利他的でもあるので、仕組みとして理に適っていると思うのです。
福岡 そうですね。生命と同様、利己的でなく、利他的にふるまうから持続可能性を実現していると言えます。つまり、自分のことだけを考えてストックを増やしているのではなく、ある種の過剰性を生み出しながらフローに変えているのです。
会社の組織や人間の組織である社会も、こうした生命を考える時に重要な3つの考え方、つまり「エントロピー思考」「動的平衡」「利他性」を考えれば、持続可能な状態になれるのです。
ただ、生命は、それぞれの細胞が自律分散的にエントロピー増大の法則にあらがっています。しかも、我々の細胞ひとつひとつにその個人の全体像が入っている。そういうところから組織を生命的に見直せば、組織も長生きできるというのが動的平衡マネジメントの基盤になる考え方です。そして、それをどういう風に社会や経済活動に実装していくかは、ここにいる優秀な方々の役割です(笑)
桒原 先生のコンセプトを経営理論として落とし込もうとしたときに、動的平衡を実現するには、まず壊していくことが必要ですが、「イノベーションのジレンマ」などに代表されるように、壊すことは意外と難しいのです。
一方で、日本特有の壊し方が意外と身近にあり、その一つが、人事異動だと思います。あるIT大手の創業者などは事業が立ち上がると、立ち上げたリーダーを引き抜きます。これは、いうなれば組織を壊しにかかっている行為とも言えます。
これも、生命的に考えれば相補的といえ、先に壊す一つの方法だと思います。グロービングもコンサルティングを再定義しようと従来のコンサルティングビジネスを壊し続けているので、動的平衡のマネジメントで考えると正しい方向に進んでいるのかなと思います。
福岡 会社としてやらないことを「6つのDon’ts」と決めていらっしゃいますから、「6つのDo」もつくってはいかがですか。
ひとつは、桒原さんがおっしゃったように「積極的な人事ローテーション」。ある出版社も2,3年で担当者が変わるので作家としてはやりにくいのですが、会社としては、その人が週刊誌やスポーツ誌に行くことで、多くの学びを得られますし、重要な人が欠けても、遺伝子が壊れても他が補うように、新たなリーダーが生まれます。
さらに言えば、リーダーになるような人は基本的に何でもできるので、細胞の中でも何にでもなり得るが、何にでもならないステムセル(幹細胞)とよく似ている。そのためにも積極的にステムセルを育成する、「ステムセルを動かす」もDoのひとつでしょう。
桒原 先ほどCO2を植物に渡していくことでエントロピーを下げていくフローの話が出ましたが、逆に資本主義はストックでお金を貯めた人が勝つ社会で利己的な社会だといえます。でも、利他的な社会は、金は天下のまわり物ではないですがフローで発展してきました。過去には「三方良し」の考えが大事にされたことも含めて、こうした話はあまり欧米からは聞こえてこないですね。
福岡 そのとおりですね。人間の社会だとイーロン・マスクやジェフ・ベゾスなどの超がつく億万長者がいて、彼らが動けばお金はさらに増えていきます。
でも、生命的な世界では必要以上に持つとだめになってしまう。だから、フローに変えていくのです。そうでないと、エントロピーが増大していきますからね。人間がつくった貨幣は腐らずに持てば持つほど増えるフィクションの中にいるので、それに気づいて、いかにフローに出来るかでしょうね。ただ、それは資本主義への対抗軸を持つ話なので、そう簡単なことでもありません。
マネジメントはメカニズムから関係性へ
髙木 確かに難しいですね。でも、だからこそ動的平衡をキーワードとした新たな経営理論を日本から新たに発信することが意義深いことだと感じています。それでいうと、世界の経営理論の多くが経済学と社会学と心理学のディシプリンからのアナロジーでつくられている。でも、生命科学のディシプリンでちゃんと体系化されたものはないですよね。日本から生命科学的観点で理論構築し発信をするのも必然なのかなと思います。福岡 私もそう思います。
髙木 多様な人種・文化が混在する欧米では、どうしても言語化されたルールや手順を通じて意志疎通を図らざるを得ませんが、日本は今もハイコンテクストな社会で、トヨタのカイゼンもそうした暗黙の共有や関係性があるからこそ価値が生まれる発想だと思います。欧米では逆に、その暗黙知を前提とするのが難しいため、オペレーショナルに形式知化されたルールや手順で解決しようとする発想になりがちです。
もちろん、欧米にもティール組織のように人間中心の組織論はありますが、そこでは暗黙知や人との関係性、利他性などが十分に語られているとは言えません。動的平衡マネジメントは我々だからこそ、理論化できることがあるのではないかと思います。
桒原 パーパス経営もそうですね。大事なのはパーパスだけじゃない。例えば、トヨタであれば「トヨタウェイ」で、組織としての共通の価値観を持とうとしています。さらにいえば、そこに利益を上げろとは書いていない。「人をリスペクトしよう」「安全が最優先」と書いてあり、それを守っている人たちがあの会社にいる。
我々もグロービングのメンバーを「グローバー」と呼んでいますが、それは共通の価値観を持ってもらい、その価値観を育ててもらいたいから。100年後、グロービングがあるとすれば当然ながら働いている人は変わっていますが、その魂はある種の同一性、相補性が保たれているはずで、そこが大事なのだと思います。
昔の優秀な経営者も、メカニズムではなく、その人の思想によるマネジメントだったと思うので、そこを動的平衡マネジメントだと言いたいですね。
福岡 トヨタの価値観である安全、品質は利他性ですよね。自分自身の安全もあるが、企業が考える安全は消費者を含めた安全、つまり利他性であり、品質の保証も利他性。
一見、安全、品質を掲げると余分にコストがかかるように見えますが、巡り巡って互恵性を形づくるし、長いスパンで考えれば変わらないために変わるのが品質。リコールとか大事故を起こさないためにも、品質を担保しながらある種の利他性を担保することが大事だという考え方になりますね。
田中 経営の在り方が、欧米流に寄りすぎているのは確かですが、欧米流が適用できる状況や領域も存在することは忘れてはならないと思います。日本的経営の長所を取り込んだ動的平衡マネジメントも、欧米流の手法を活かせる部分は取込んでさらに進化していく事も可能だと思います。
桒原 そういう意味で、我々はまだ勉強不足であり、動的平衡マネジメントの全体像を描き切る道の半ばにいますね。
先ほどの人事ローテーションやフィロソフィーなど、所々にヒントはありますが、トータルとして動的平衡マネジメントを実践していくということはどういうことなのか、といった部分ではある種の実験を積み重ねていく必要がある。
そこで、まずはコンソーシアムという言い方をしていますが、仲間を増やしていこうとしています。我々だけでも実践できるわけではないので、事例を求め、共有しながら形づくって行ければと考えています。
田中 我々のジョイントイニシアティブ(JI)型戦略コンサルティングはグロービングのコンサルタントがプロジェクトや事業責任者としてクライアント企業の中に入り込み、クライアントと一緒に変革推進するという新しい戦略コンサルティングのスタイルです。
これを生物学的に言い換えると、我々が細胞の一つとして組織に入り込み、変化を促して、組織を強くしたら抜けていくということかと思います。日本流の強いところを言語化、体系化していき福岡先生とともに打ち出していけるのではないかと思っています。
福岡 今の例はとても良くて、コンサルティングというのはステムセルみたいなもので、入り込んで、足りないところの細胞に成り代わり、組織の平衡状態が健全化すればエントロピーとともに消え去る。
つまり、動的平衡はものではなく、エフェクトであると言えます。関係性の中で起こる反応、このエフェクトをいかに健全なものにするか。それが大事ですね。
EXPO2025で私は「いのち動的平衡館」をプロデュースし、人間中心主義の環境の考え方ではなくて、生命的な、動的平衡論的な見方で世界を見直そうと提唱しているので、生物学者とコンサルタントは分野こそが違いますが、共通の問題意識を持っていますね。動的平衡の考えを広めていく非常に強力なパートナーを得た気分です。
田中 我々としても、一緒に広めさせていただければと思っています。本日は、ありがとうございました。
グロービング
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福岡伸一(ふくおか・しんいち)◎生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授。1959年東京都生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授を経て現職。著書『生物と無生物のあいだ』はサントリー学芸賞を受賞。『動的平衡』シリーズ、『ナチュラリスト―生命を愛でる人―』『フェルメール 隠された次元』、訳書『ドリトル先生航海記』ほか。
田中耕平(たなか・こうへい)◎グロービング 代表取締役社長。京都大学大学院材料工学専攻卒業後、アクセンチュア戦略グループ、楽天グループ社長室、及びJV子会社代表取締役、を経てアクセンチュアに復帰後、グロービングに参画し現在に至る。コンサルティングでは、事業戦略立案、クロスボーダーM&A、新規事業立上、グローバル成長戦略立案、デジタル技術を活用した経営・業務変革等、多岐に亘るプロジェクトを推進。楽天グループでは、新規事業立上責任者として事業立上/JVを設立し代表取締役として経営全般を担当。
桒原隆志(くわばら・たかし)◎グロービング エグゼクティブパートナー/執行役員。京都大学理学部卒、東京大学大学院理学系研究科(ICEPP)卒。ローランド・ベルガー及びデロイト トーマツ コンサルティング(含む約6年半の東南アジア駐在)を経て現職。
“動く”戦略の策定からその実現を経営及び現場目線から推進。新規事業や既存事業の海外事業進出・拡大を軸にした戦略実現(トランスフォーメーション)の経験を多数有するとともに、AIなど新しいテクノロジーを活用した経営変革にも一家言を持つ。
髙木健一(たかぎ・けんいち)◎グロービング パートナー/CWO(ウェルビーイング)兼CMO(マーケティング)。京都大学理学部卒。香港科技大学(HKUST)経営学修士(MBA)。ベネッセコーポレーション、アクセンチュア、ボストンコンサルティンググループ(BCG)、Strategy&/PwC Consultingを経て現職。戦略策定から業務改革、人・組織変革に至るまで、幅広い領域でのコンサルティングに取り組み、企業が潜在力を発揮して長期的成長につなげるための伴走支援を追求している。
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