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生成AI(人工知能)や大規模言語モデルが進化を続けるなか、私たちのビジネスの未来はどのように変わるのだろうか。博報堂 DYホールディングスが設立した先端研究機関「Human-Centered AI Institute」は、AIを効率化ツールに留めず、人間の創造性と掛け合わせて新しい顧客体験へつなげる「人間中心のAIアプローチ」を追求する。企業と顧客のより豊かなエンゲージメントを実現する同アプローチの鍵を握るのが、人間が担うべき真のクリエイティブとも言える「問いを立てる力」だ。
博報堂 DYホールディングスの執行役員 Chief AI Officer 森正弥と、PwCコンサルティングのパートナー 奥野和弘、ディレクター 速水桃子がAIと人間の新たな協働スタイルや課題、そして日本が果たすべき役割について想いを語り合った。
人間の創造性を拡張するためのAIアプローチ
速水桃子(以下、速水):博報堂ホールディングスは2024年4月、人間中心のAIアプローチについての先端研究や技術開発を行う「Human-Centered AI Institute」(HCAI Institute)を設立され、中期経営計画において “クリエイティビティ・プラットフォーム”への進化を掲げられています。この背景やビジョンについてお聞かせいただけますか。
森正弥(以下、森):昨今、世の中の環境が激変し、社会課題が複雑化するなかで、企業が果たすべき役割は大きく変わってきています。博報堂 DYホールディングスにおいても、従来の総合広告企業という業容の枠を超え、より広範囲で顧客や社会課題と向き合い、さまざまな価値を提供することで生活者や社会とのつながりをもち続けていく必要があります。そのために私たちは何を成すべきか。そう考えたとき、当社のコアコンピタンスは生活者発想に基づくクリエイティビティにありますから、その強みを軸に、進展の著しいテクノロジーを融合させた“クリエイティビティ・プラットフォーム”への変革を進めるという道筋が見えてきたのです。
なかでも、AIの活用は非常に重要な技術領域として位置付けています。AI技術は、10年代のビッグデータ時代において大きな成果が示されたわけですが、現在は、人間の言語を理解・生成できる大規模言語モデル(LLM)や、テキストだけにとどまらず音声や画像といった多彩な展開を見せる生成AIの飛躍的な進化により、人間のクリエイティビティをAIがサポートするという新たな領域が見え始めています。
速水:なるほど。こうした先端研究を実践に移す“クリエイティビティ・プラットフォーム”を目指すなかで、特に社内のクリエイターの方々にはさまざまな思いや懸念があるのではないでしょうか。
森:確かに、AIが人の創造性を奪うのではないか、あるいは人の役割を代替してしまうのではないかという懸念があることは理解しています。ただ、ここで強調したいのは、従来のテクノロジーとAIとの違いです。従来の技術は明確なルールに基づいて動作するもので、例えば工場の機械化や、自動化されたワークフローなどがその典型です。一方でAIはデータに基づく確率的な推論を行うため、画像認識で物体を誤認したり、ハルシネーションといって、生成AIが現実には存在しない情報をつくり出したりすることもあります。
つまり、AIが単純に仕事を代替するというわけではなく、こうした不確実性を理解したうえで、人の能力を補完する方向で活用すれば、AIは人のクリエイティビティを拡張する強力なパートナーとなり得る、ということだと思います。例えば、AIとの対話から気づきを得てアイデアを広げていく、あるいはAIを基盤に多様な人がコラボレーションすることで新たな価値を生み出すことも可能になるでしょう。このように私たちが目指すのは、クリエイティビティとAIを掛け合わせる“クリエイティビティ・プラットフォーム”を核として、人間の創造性を進化・拡張させ、生活者と社会の双方に貢献する「人間中心のAI」であり、「HCAI Institute」を設立したのは、このビジョンを具体化するための一環なのです。
森 正弥 博報堂 DYホールディングス執行役員Chief AI Officer Human-Centered AI Institute代表
人間の美意識がAI時代に“らしさ“を保つ
速水:人間中心のAIアプローチは、AI活用によって人間の創造性を拡張していく点が大きなポイントになるかと思います。博報堂DYホールディングスの取り組みを受けて、AI関連の支援を多く経験されている奥野さんはどのように思われますか。
奥野和弘(以下、奥野):私の経験では、創造性を拡張していくときの源泉に何があるかを理解することが非常に重要だと感じています。私たちコンサルティングファームの現場でも、AIをどのように活用するかについてはかなり議論をしてきました。特に話題になったのは、競合のコンサルティングファームやユーザ企業がこぞってAIを使うようになったとき、アウトプットがどこも似たようなものになってしまうのではないかという点です。独自性や「らしさ」をアウトプットにどう反映するかは大きな課題です。
この問題を考えるなかで、アートとビジネスに関して議論する機会を得まして、ひとつ面白い切り口になるのではないかと感じたものに、人間のもつ「美意識」がありました。例えば、陶芸のような伝統工芸の世界では、温度管理や釉薬の選択といった技術を用いながら、最終的に実用性と自分らしさの狭間で完成度を見極める拠りどころとなるは陶芸家の美意識です。私たちコンサルタントのアウトプットもこうした目に見えるクリエイティブとは異なるかもしれませんが、やはりひとつの創造的なプロセスの結果です。単に事業推進を支援するのではなく、例えば、ご支援する企業のパーパスをしっかり理解した上で、それをどう事業に反映していくべきかを考える。おそらくこういったことが、美意識の体現なのではないかと感じています。
そう考えると、AI活用もある意味、右脳と左脳のコラボレーションかもしれませんね。AIを使いこなし、最終的なアウトプットを決定づけるのは、やはり一人ひとりの「美意識」なのではないかと。
森:そのとおりだと思います。AIはデータを分析し、最大公約数的な結果を出すのは得意ですが、現時点ではそこから美意識やクリエイティビティを感じることはできません。人間が目的意識をもち、それに向かって問いを立てるからこそ、クリエイティビティが成立します。
博報堂DYホールディングスが先般出したグローバルパーパスである『生活者、企業、社会。それぞれの内なる想いを解き放ち、時代をひらく力にする。Aspirations Unleashed』というフレーズも、まさにこのことを言い表しています。このアスピレーション(内なる想い)という言葉が、今おっしゃった美意識と相通じるものがある。私たちは、クリエイターから、あるいはお客様から、アスピレーションを引き出していくことが大事だと考えているわけですが、左脳だけではない、という世界観を示されたのは非常に面白いですね。
速水:アートの現場でも最近、興味深い議論がなされています。一時期、絵画や音楽など、さまざまなアーティストが生成AIを活用しましたが、その多くが「AIっぽい」作品で本質的な深みが感じられないという現象が起きました。はて、何がアーティストらしさなのか、と考えたとき、やはりそこにはエマージングテクノロジーと響き合う「物語」や「コンテクスト」が必要なのだろう、という流れになってきているように思います。
奥野:確かに、AIはアウトプットを効率化する素晴らしいツールですが、その前提として「問いを立てる」という人間のプロセスが欠かせません。生活者にとって何が心地よいのか、何が大切なのか。こうした問いを立てることで、AIがサポートをしながら物語が動き出す。その問い自体をつくることは、人間でないと難しいのではないでしょうか。
森:そのとおりですね。どんなクリエイティブなプロセスでも、本当に重要なのは、答えを見つける前にどのような問いを立てるか。それがまさに人間が担うべき「真のクリエイティブ」と言えるでしょう。
生活者と社会を支えるAI基盤、その鍵はデータ整備
速水:AIが人間のサポートをするイメージをより明確にするために、博報堂DYホールディングスでは現在どのようにAIを活用されているのか、具体的な事例を教えていただけますか。
森:社内業務では、生成AIを活用した基盤で生産性向上を図っています。例えば、デジタルマーケティングの作業プロセスをAIでサポートしたり、クリエイター、デザイナーやエンジニアの作業工程を効率化したりすることで、生産性向上と創造性への集中を支援しています。
また、顧客向けの取り組みとしては、マーケティングやプロモーション活動サポートを行っています。一例として、生活調査から得られたデータをもとにAIで生成された多様なペルソナを用いて、架空のインタビューやペルソナ同士のディスカッションをシミュレートし、商品企画のアイデア検証などに役立てています。多様なペルソナからのフィードバックに基づいてアイデアを洗練したり、マーケットに出すまでの期間を縮めたりすることができるため、顧客企業からも好評価を得ています。
これらの事例はいずれも、デジタルマーケティングの役割を広げ、CRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)を徹底するという点で、先に述べた、テクノロジーを融合させた”クリエイティビティ・プラットフォーム”の方向性に沿った活動と言えると思います。
速水:生活者発想を重視する、まさに博報堂DYホールディングスの面目躍如とも言える取り組みですね。AIが生成するアウトプットに対して、企業がどれほど信頼を寄せられるのか、という点についてはいかがでしょうか。
森:確かに、アウトプットへの信頼性は重要なテーマです。ただ、私たちが評価をいただいているのは、AIそのものへの信頼というよりは、AIをどのように使い、どのようなデータを基に活用しているかという点です。コアとなるインサイトは、私たちが長年にわたって蓄積してきた生活者データや調査から得られたものです。これをAIが補助し、新たな視点でインタラクションする仕組みを提供していることが、お客様の評価につながっています。
奥野:その点は私も非常に重要だと思います。私たちも人流解析などで、さまざまな行動パターンを模倣するペルソナを作成することがありますが、そこで鍵になるのは、どうやってそれをリアリティのあるものに仕上げていくかという点です。人間に対する観察力、深い洞察力によってAIに正しいインプットを与えることで、アウトプットの質はより高まります。
速水:AIに与えるのにふさわしいデータとは、どのようなものだとお考えですか。
森:適切なインプットを与えないと、AIは予想外の判断をしてしまうことがあります。例えば、東京の生活者のデータをたくさんもっていたとしても、地域ごとのデータがないと、全国の生活者の行動を理解することはできません。さらに、正しく整備されていないデータを使うと、AIが間違った判断をしてしまい、それに気づかないうちに生活者や企業、社会に大きな損害を招く可能性もあります。だからこそ、私たちはAIとやりたいことやその目的に合ったデータを整備することに非常に力を入れています。
速水:私たちのクライアントのなかにも、このデータがあるからAIでやってみよう、という発想の方は多いのですが、AIからデータを考えるという方向に転換することが大事ですね。
速水 桃子 PwCコンサルティング ディレクター
「新しい人間中心のAI」を、日本の力に
速水:これまで、博報堂DYホールディングスが進めているAI活用や、生活者と社会を支える基盤についてお話を伺ってきました。それでは、今後の展望について教えていただけますか。
森:人間中心のAIという考え方自体は、すでに長い歴史があります。日本では19年に内閣府が人間中心の社会原則を掲げましたし、Human-Centeredなデザインプロセスについては1999年にISOで定義されています。しかし、そこに「創造性」というキーワードは含まれていません。私たちが挑戦するのは、人間の創造性と掛け合わせた、新しい人間中心のAIの実現です。これは単体のAIの性能というよりは、マルチエージェント化や、柔軟で快適なインタラクション設計、抽象化と具体化のバランスなど総合力が問われる仕事です。
ただ、私たちだけでこうした“クリエイティビティ・プラットフォーム”を成し遂げるのは難しいとも感じています。人材の育成や確保といった課題もありますし、広告業界を超えて多様な企業と連携し、エコシステムを築く必要があります。そのため、PwCコンサルティングさんのような幅広い分野で知見をもつパートナーと協力し、コンソーシアムの形成なども視野に入れて取り組みを進めていきたいと考えています。ぜひ、これからもお力添えをお願いできればと思います。
奥野 和弘 PwCコンサルティング 執行役員 パートナー
奥野:もちろんです。私も日本の強みを生かしていくことが重要だと思います。例えば、日本人の「美意識」や「おもてなし」の精神は、さまざまなものを深く洞察するという点で、人間中心のAIと非常に相性が良いと考えます。こういった価値観を技術に掛け合わせ、新しい顧客体験を創出するのは、日本人が得意としている分野なのではないでしょうか。
森:まさにそうですね。日本には「心技体」や「真善美」といった言葉がありますが、これらは単なる概念ではなく、総合力の具現化でもあり、私たちがAI活用において目指す方向性そのものです。日本ならではのAIの形を世界に示していきたいですね。
速水:お話を伺っていると、現代社会が求める人間中心のAIの開発や推進は、一人ひとりの創造性を引き出すだけでなく、日本全体の創造性を解き放つ無限の可能性を秘めていると感じます。私たちもその実現に向けて全力でサポートさせていただきます。本日はありがとうございました。
森 正弥(もり・まさや)
博報堂 DYホールディングス執行役員Chief AI Officer Human-Centered AI Institute代表。慶應義塾大学経済学部卒業後、外資系コンサルティング会社、インターネット企業を経て、グローバルプロフェッショナルファームにてAIおよび先端技術を活用した企業支援、産業支援に従事。 東北大学 特任教授、東京大学 協創プラットフォーム開発 顧問、日本ディープラーニング協会 顧問。著訳書に、『ウェブ大変化 パワーシフトの始まり』(近代セールス社)、『グローバルAI活用企業動向調査 第5版』(共訳、デロイト トーマツ社)、『信頼できるAIへのアプローチ』(監訳、共立出版)など多数。
奥野 和弘(おくの・かずひろ)
PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナー。大学院で宇宙物理学を学んだ後、約20年にわたって主にITベンダーのコンサルタントやセールスコンサルタントとしてクライアント支援に従事する。PwCコンサルティングでは、データとAIに関するコンサルティングを提供するAnalytics Insightsチームの責任者として、企業や自治体のデータを活用した課題解決や、新たなサービスのデザインに従事。
速水 桃子(はやみず・ももこ)
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター。SIer、インターネット企業、クリエイティブエージェンシー、外資系コンサルティングファームを経て現職。PwCコンサルティングでは、メディア、広告、インターネットプラットフォーム業界を中心に事業戦略、サービスデザイン、顧客体験設計、DX、マーケティングなど幅広いテーマにかかわる支援に従事。
Promoted by PwCコンサルティング合同会社text by Sei Igarashiphotographs by Shuji Gotoedited by Akio Takashiro
PwC コンサルティングはプロフェッショナルサービスファームとして、日本の未来を担いグローバルに活躍する企業と強固な信頼関係のもとで併走し、そのビジョンを共に描いている。本連載では、同社のプロフェッショナルが、未来創造に向けたイノベーションを進める企業のキーマンと対談し、それぞれの使命と存在意義について、そして望むべき未来とビジョンついて語り合う。