創業者 畑野幸治からバトンを受けたのは、代表取締役 森山智樹(以下、森山)と渡邊和久(以下、渡邊)。アドバイザーとして経験を重ね、あらゆる業界の動向や経営者が抱える課題を熟知している彼らが心血を注いでいるのが、顧客満足度を高めるための組織改革とハイエンド人材の育成だ。彼らの取り組みがM&A仲介業界にどのようなインパクトをもたらすのか。森山と渡邊の話から探っていく。
スピード感と安全性の好バランスで事業を推進
fundbookの創業は2017年。起業家の畑野幸治が立ち上げ、設立3期目で売上高35.6億円、6期目の22年度に50億円を突破した。同社は従来のアドバイザー主体の仲介手法に、自社開発のM&Aプラットフォーム「fundbook cloud」を組み合わせ、マッチングの最大化を追求する「ハイブリッド型仲介モデル」を提供している。
森山と渡邊が代表取締役となり、二人代表制が始動したのは24年4月。企業としてさらに飛躍していくタイミングでの事業承継となった。
「畑野は『気軽にM&Aの相談ができて、安心してM&Aが選択できる新しい世界を創出する』というパーパスを掲げ、優秀な人材の獲得と育成環境の構築に取り組んできました。また、譲受企業自らオンライン上で候補先を探索できるM&Aプラットフォーム『fundbook cloud』を開発するなど、M&Aにおけるマッチングの可能性を最大限に追求する取り組みにより、業界の健全化に尽力してきました。
これからは畑野が構築した事業モデルをさらに成長させ、提供するサービスの質を高めていくことが我々に課された使命です。私と渡邊は現場アドバイザーからの叩き上げ。お客さまのニーズや現場の課題を肌で感じてきた経験を生かして、事業のさらなる成長を目指しています」(森山)
二人代表制の強みについて、渡邊は「互いの個性を生かした経営こそ盤石な組織がつくれる」と語る。
「森山は強いリーダーシップと求心力がある。合理的思考やアイディアで会社が向かうべき道を切り開いています。森山の意志を社員一人一人が理解し、一丸となって前進できるよう、私が調整役となり組織をまとめていきます」(渡邊)
「渡邊はアイディアを実現可能な形に落とし込み、向かうべき道を定める冷静さや堅実さを持っている。私がアクセルだとしたら、渡邊はハンドルとブレーキ。2人だからこそバランスの取れた経営のもと、事業を推進していくことができると考えています」(森山)
時流をとらえ、コンプライアンスを強化
後継者不足を背景とした市場ニーズの高まりにより、近年M&A業界では新規参入事業者が増加している。一方で、契約内容や手数料体系のわかりにくさ、担当者による支援の質のばらつきといった課題も見受けられるようになり、顧客側はプロセスや提供されるサービスが本当に適切なのかの判断が難しいという状況が生まれている。森山と渡邊は、代表就任直後にコンプライアンス部を設立。顧客と営業の間に立つ第三者的な部署として、顧客が満足できるサービス提供ができているかを調査・データ化し、営業活動に反映している。
「弊社に仲介をお任せいただいたお客さま1社1社にフォローコールを行い、お客さまの声を集めています。お客さまが契約書を正しく理解しているか、適切な内容説明がなされたか、担当アドバイザーの対応に不満はないかなどの事実確認に加え、当社を選定していただいた理由や総合的な満足度もヒアリングしています。また、お客さまへのファーストアプローチとして活用している電話、ダイレクトメールについてもアドバイザーの行動データを計測し、迷惑勧誘が行われないよう管理しています」(渡邊)
コンプライアンス部による調査・分析は、毎月行われる全社会議でフィードバック。このPDCAを回し続けた結果、顧客満足度評点は10点満点中9点以上が続き、既存顧客から案件を紹介されるケースも増加しているという。
「当社の選定理由を集計したところ、最も多い回答は『担当者が信頼できる』でした。M&Aは自社の譲渡という大きな経営判断ですから、お客さまと向き合う担当者がいかに信頼されるかが重要になるのは当然です。お客さまとの初回接点はダイレクトメールや電話が多いため、その内容や回数などを含めて最初の段階から丁寧な対応をしなければなりません。当社はお客さまの声を最大の資産ととらえ、メールや電話の対応で良かった点や悪かった点をヒアリングし、全社員に共有しています。
このサイクルによって、アドバイザーは闇雲にアプローチするだけではなく、質を重視したコミュニケーションを目指すようになり、お客さまの満足にも会社の成果にもつながっています」(森山)
経済産業省 中小企業庁財務課が、中小M&A市場における健全な環境整備と支援機関のサービス品質向上を図り「中小M&Aガイドライン」を改訂したのは24年8月。
同社はこれより先に、顧客の不安を取り除く組織体制を構築した。こうした動きは、アドバイザーとして活躍してきた森山と渡邊の時流を読むチカラが発揮された結果といえるだろう。
優秀なアドバイザーを生み出す独自の育成環境
コンプライアンス部によって営業活動の健全性を維持し成果につなげる同社は、業界未経験で入社する人材の育成にも力を入れている。fundbookでは、アドバイザーとしての基礎を固める「トレーニングキャンプ」と「分業体制」によって、業界未経験者が早期に成果を上げられる体制を整えている。「トレーニングキャンプ」は入社後2ヶ月間実施され、顧客アプローチから商談獲得までのプロセスにKPIを設定し、OJT、座学、ロープレなどを通して達成をサポートする。「分業体制」は、アドバイザーがM&Aのプロセスごとに社内の専門部署と連携することで、あらゆる業界の経営者層やステークホルダーと高いレベルで渡り合える仕組みだ。
「当社には財務分析、IM(企業概要書)作成、税務、法務、マッチングなど各プロセスで専門部署が設置されており、それぞれに高いレベルでノウハウが溜まっています。アドバイザーがお客さまの要望を正しくヒアリングし、フロントとして専門部署のメンバーをディレクションすれば、最適な形でディールを進められるのが分業体制の特徴です。
トレーニングキャンプと分業体制によって、当社のアドバイザーは1年目から5~10件の案件を担当できるようになります。同じレベルの提案を1人でやろうとするとおそらく4件が限界。アドバイザーの生産性が高まれば市場の需要にも応えられ、経験値の蓄積も早くなり自身の飛躍的なスキルアップにつながります」(森山)
経済産業省によると、25年までに70歳を超える中小企業の経営者は約245万人。その約半数が後継者未定とされ、このままでは約650万人の雇用と約22兆円のGDPが失われる可能性がある。
一方で、M&Aを通じた事業承継がもたらす効果にも注目が集まっており、M&Aの実施によって企業の生産性や売上が向上する事例も数多く報告されている※。
※「国内中小企業M&Aポテンシャル市場規模」(矢野経済研究所24年1月)
中小企業M&Aの潜在市場規模は約13兆5000億円に上り、35年まで件数が増加し続けるとの見通しもある。こうした状況下で、顧客が抱える課題を理解し、譲渡企業・譲受企業双方に適切なマッチングを提供できるM&A仲介会社は欠かすことのできない存在といえる。
同社はM&A業界で働く魅力を発信するキャリアアップセミナーや、多忙な転職希望者のために即日で内定を獲得できる1Day選考会などを開催し、人材獲得に努めている。M&A業界で活躍できる人材について、渡邊は次のように分析する。
「具体的には、金融、商社、メーカーなどで高度なビジネススキルを磨き、営業成績が上位10%以内など高い成果を収めてきた人は、未経験でもM&Aアドバイザーとして結果を出す可能性が高い。多様な業界のお客さまに対応するためには、法制度や業界知識を学び、アップデートできる力が必要です。自己研鑽が習慣化されていることは、成功するアドバイザーの特徴です」(渡邊)
最後に、今後の展望を聞いた。
「今後10年、20年先のアドバイザーのキャリアを考え、営業チャネルの拡大とアライアンス先を増やしていきたいと考えています。メンバーが着実にスキルアップしていることを活かし、お客さま向けに情報提供セミナーを実施したり、アライアンス先で勉強会を開催することで紹介案件を増やしていきたい。
アライアンスはすでに300近くの会計事務所様と提携をしていますが、この数を1000まで伸ばしたい。他業種との連携も増やしており、お客さまやアドバイザーのメリットになる新たな仕組みを構築中です」(森山)
未経験者が早期に活躍できる教育体制、顧客の声を重視したコンプライアンス体制が業界のスタンダードとなれば、M&A業界の課題解決につながるだろう。同社の迅速で実効性のある挑戦が、大廃業時代の生命線となることに期待したい。
もりやま・ともき◎医療機関の専門商社へ新卒入社後、病院移転・新築時におけるコンサルティング、医療機器等販売業務に従事。14年に日本M&Aセンターに参画後、21年にfundbookへ入社。ヘルスケア領域のM&A支援に特化したヘルスケアビジネス戦略部の立ち上げに携わり、23年10月、執行役員M&Aコンサルティング本部長に就任。24年4月より現職。
わたなべ・かずひさ◎10年に山形銀行へ入行、中堅中小企業の法人営業に従事。営業支援部にて中小企業を対象とした事業承継・M&A業務を担当する。18年にfundbookへ入社。ガス・エネルギー専門チームを立ち上げ、同業界の企業を中心に数多くのM&Aを支援。23年10月、執行役員M&A推進本部長に就任。24年4月より現職。