今回の記事では、COTEN(コテン)の代表取締役CEOである深井龍之介と、COTENと資本業務提携を結ぶ丸井グループ共創投資部シニアマネジャーの桝井綾乃に話を聞いた。一般的なCVCとは異なって見えるパートナーとしてのビジョンと両者の関係性を明らかにしながら、インパクトスタートアップの未来を展望する。
人文知なくして、企業の存在価値は高められない
歴史を構造的に紐解きながら、社会構造の変遷に影響を与えた文化や環境、そしてその時代を形づくった人物の在り方を深く読み解くインターネットラジオ「COTEN RADIO」。その「COTEN RADIO」を配信するとともに、「人文知と社会の架け橋になること」を目指し、歴史から得られる多様な知見を元に、さまざまな活動に取り組んでいるのがCOTENだ。
しかし、最もよく知られている「COTEN RADIO」は、あくまでも歴史を学ぶことの意義を認知するための入り口的なコンテンツにすぎない。
「COTENでは、さまざまな企業の方と共に『人文知研究所』という専門機関を運営しています。事業にマーケティングが欠かせないのは当然ですが、ソーシャルインパクトが求められる今、それだけでは十分ではありません。企業価値を向上させるためには、過去の歴史を知った上で、昨今の社会状況をそこから紐解き、理解した上で、自分たちの事業領域を定めていくことが重要だと考えます。
そこで、いわゆる人文知を事業経営の意思決定に取り入れるサポートをする役割を果たすのが、『人文知研究所』です。そして、そのための世界史のデータベースをつくる事業こそが、COTENの主要な取り組みとなります」(深井)
例えば、組織のトップが代替わりをする。その際に、後継者の人柄や組織環境によって、どのような事象が起こったのか。過去、戦争が起こる直前には、政治状況、社会状況はどうなっていたのか。女性の社会進出に関して、文化や環境がどのような意識の違いをもたらしたのか。
そうしたことを世界史のデータベースで検索することができれば、組織あるいは個人が重要な判断を下すにあたって、いくつかの選択肢の中から適切な指針を見出せるという。
「人類の挙動に絶対的な法則はありませんが、再現性が高い傾向というものは明らかに存在します。これを知ることが、とりわけ現代を生きるビジネスパーソンにとっては、極めて重要といえるでしょう。
なぜなら、今や、マーケットに深く精通していれば企業価値は高められても、存在価値までは高められない時代が来ているからです。企業の存在価値は、深い社会理解と自己理解からしか得られません。
そこにアクセスできるツールをつくりながら、その前段として『人文知は重要である』という啓蒙のために『COTEN RADIO』を配信しています」(深井)
「投資」ではなく「共創」で、三方良しの世界観を目指す
こうしたCOTENの理念に賛同し、資本業務提携を締結したのが丸井グループだ。その狙いを、共創投資部の桝井はこう語る。
「丸井グループでは、2050年までに『社会課題解決と利益の二項対立を乗り越える』というビジョンを掲げています。それは、つまり、インパクト目標を達成することで、その結果として財務目標も達成するという新しい経営スタイルへの挑戦です。
しかしながら、小売りとフィンテックという2つの事業を主な柱に据える丸井グループが、自分たちの力だけでこのビジョンを実現するのは容易ではありません。
そこで、多様なインパクトスタートアップの皆さまと共創することで、お互いが思い描く共通の世界観を実現するために、その架け橋として共創投資部が機能しています」(桝井)
主目的は「ファイナンシャルリターン」ではなく「共創」、あるいは「資本業務提携」という形でインパクトスタートアップとつながる。
主目的はファイナンシャルリターンではなく、あくまでも共創活動を行うことにあるというスタンスのベースとなる思想は、「ステークホルダーとの共創」という考え方だ。そして、今、それは着実に実を結びつつある。
「例えば、私たちは、ヘラルボニーさんとも資本業務提携を結び、エポスカードにアートをデザインした『ヘラルボニーカード』を発行しています。カードのご利用金額に応じて還元されるポイントのうちの0.1%分が、ヘラルボニーを通して、作家の創作活動やその普及、また福祉団体へ還元されるカードです。
この取り組みは、ギャラリーで部屋に飾るアートを選ぶ感覚でカードを選んでいただくだけでなく、『自分のその選択が、社会を前進させる選択になっている。その行動が、福祉を支える力になっていく。今生まれつつある新たな価値基準が、これからの社会の大きなうねりになってほしい』というヘラルボニーの願い、また『カード事業を通じてお客さまとの共創を加速させたい』という私たちの目標を達成したのと同時に、『社会貢献をしたい』と望まれるお客さまが実は数多くいらっしゃることを実証してくれました。
インパクトスタートアップとの共創によって、お互いの求めるところを実現するのと同時に、お客さまのお望みを通じて社会貢献も果たせる、まさに“三方良し”の世界観が理想ですね」(桝井)
対等な立場で共創し、社会にポジティブなインパクトを
一方で、COTENが取り組む事業内容は、インパクトスタートアップの中でもほかに類を見ないものだ。「世界史のデータベースをつくる」ことが即時的にファイナンシャルリターンをもたらすとは想像しづらい。
ましてや、COTENを率いる深井は、「IPOを目指さない」と断言しているのだ。それでは、丸井グループは、なぜCOTENとの共創に踏み切ったのか。
「日々複雑化する今の社会でイノベーションを生み出すために、人文知を含むリベラルアーツが必要であるとの考えには、弊社CEOの青井も大いに共感するところです。
単純なファイナンシャルリターンを求めるよりも、共創することによって私たちが持っていないものを教えていただき、お互いのビジョンに資する新たな取り組みにつながれば、リターンとして十分な価値があるという建付けになっています。
利益を得たいがための投資ではなく、対等な立場で共創することによって、社会全体にポジティブなインパクトを与えることが一番の目的です」(桝井)
「人文知というスケーラビリティーが不明の事業に対して、賛同するだけでなく、アクションを起こして長い目で向き合ってくれていることに深く感謝しています。それは、例えるなら、可能性のるつぼであるような環境設定を認め、受け入れてくださっているのだと理解しています。
歴史上のトピックスを見ても、重要なのは、ある特定の偉人ではなく、彼らが頭角を現すことができる環境であったかどうかです。『偉人』を『スタートアップ』に置き換えても、同様のことがいえます。特定の企業をユニコーン企業にしようと努めるのではなく、優れた事業が生まれる環境そのものをつくりあげることが大切です。COTENに対する丸井グループさんの姿勢は、この環境を維持するためのエコシステムを意識されているように感じます」(深井)
「もっとも、実際に資本業務提携を結ぶまでには、かなりの時間をかけてお互いの方向性のすり合わせを行ないました。お互いのビジョンに少しでもずれが生じるようなら、資本業務提携を結ばない方がよいと考えたからです。あくまでも対等な関係性を維持した上で、同じゴールを目指して進んでいくためにも、何度も対話を重ねたことを覚えています」(桝井)
「丸井さんのように賛同してくださる企業があれば、もちろんうれしいし、感謝もしています。事業をブーストすることができるし、青井さん個人から示唆をいただくことも少なくありません。
ただ、丸井さんに限らず、協業先に過大な期待を抱くことは禁物です。これは、以前、私がスタートアップ業界に身を置いていたときに、失敗を重ねて学んだことでもあります。
スタートアップが大企業に声をかけていただいたら、いろいろと期待をし、いつの間にか依存してしまいがちです。しかし、投資を得られたから事業が成功するなどということは、間違っても起こりません。事業が成功するかどうかは、自分たちがやるかやらないか、その一点にかかっているのです」(深井)
社会課題解決につながる日本的な価値の創出方法とは
社会課題解決やインパクトスタートアップの今後について、どう考えているのか、2人に聞いた。「メタ認知」の重要性を説くCOTENのCEOらしく、深井は俯瞰した視点から語ってくれた。
「そもそも、『社会課題を解決する』というスタンスがかなり欧米的で、日本人であるわれわれはそこに固執しない方がよいのではないかと感じています。
ヘラルボニーが好例で、彼らは、お兄さんが幸せに生きられる世界の構築を目指して、起業しました。身近な人の幸せを追求することが、結果的に社会課題解決につながる。それは、極めて日本的な価値の創出方法です。COTENもまた、社会課題解決ありきのソーシャルベンチャーだとは考えていません。
ただ、マーケット全体を見渡せば、これ以上の成長は望めない。さらに、国際紛争や環境問題など、世界は多くのさまざまな課題を抱えている。それ以前に、世界を構成している個人がなかなか幸せを感じられないという現実がある。そうした世界、現実に対して、今、自分ができることをやろうとしている、それがCOTENだと。世界史のデータベース作成や人文知研究所の運営というのは、かなり特殊な領域だとは思いますが(笑)」(深井)
「COTENさんの事業は確かに特殊かもしれませんが、深井さんのお話を聞いて、いつもワクワクさせられています。人文知の新たな試みにご一緒させていただけるのはとてもうれしく、今後の展開も非常に楽しみです。
丸井グループは、企業ミッションとして、『すべての人が「しあわせ」を感じられるインクルーシブな社会を共に創る』ことを目指しています。
人々の幸せを考えて事業に取り組むことで、結果的に社会課題解決につながったと評価していただけることが多いので、今の深井さんのお話にはとても共感しました」(桝井)
「今、世界的にインパクトスタートアップが注目されている理由の1つは、ビジネスパーソンが台頭しているからだと考えています。
かつては国が管理・掌握していた教育、軍事、福祉、土木・交通の4つの分野のかなりの部分を、現在では民間企業が担っているのです。別の言い方をすれば、政治家よりも、ビジネスパーソンの方がより大きな権力、影響力を持っているといえるでしょう。
だからこそ、それほどの力を手にしている彼らには、世界を良くするためのモラルや公共性が求められます。
その点、日本人は、一般的にいって、モラルの基準が高いといえます。たとえ、リーダーが不在でも、個々人が高いモラルの基準に則って、行動できるのです。こうした日本人の特徴はまさにソーシャルベンチャー向きで、インパクトスタートアップには大きな可能性が秘められています。
もっとも、インパクトスタートアップという言葉には少々散漫なイメージがあるので、『社会起業家』という言葉がもっと広まるといいですね。いずれにしても、日本的な価値の生み出し方が、今後の大きな飛躍のカギになるのではないでしょうか」(深井)
TOKYO Co-cial IMPACT
https://tokyo-co-cial-impact.metro.tokyo.lg.jp
東京都が主催する、インパクトスタートアップの創出と成長を支援する事業。「持続可能性(社会的インパクト)」と「成長(経済的リターン)」の両立を目指すスタートアップなどの企業と自治体・大企業との共創を促進し、社会課題解決を図るプロジェクト。
2024年12月6日(金)に、社会課題解決をテーマとしたCVCによるリバースピッチイベントを開催します!
詳細は以下のURLからご確認ください。
https://www.nexstokyo.metro.tokyo.lg.jp/event/detail/206
深井 龍之介(ふかい・りゅうのすけ)◎COTEN(コテン)代表取締役CEO。九州大学文学部卒。大学卒業後、大手メーカーに入社し、経営企画室に配属。退社後の2014年から、複数のベンチャー企業で取締役や社外取締役として経営に携わりながら、2016年にCOTENを設立。ミッションに「メタ認知のきっかけを提供する」を掲げる。3,500年分の世界史情報を体系的に整理し、数百冊の本を読んで初めてわかるような社会や人間の傾向・パターンを、誰もが抽出可能にする世界史データベースを開発中。
桝井 綾乃(ますい・あやの)◎丸井グループ共創投資部シニアマネジャー。米シカゴ生まれ大阪育ち、関西大学卒。2012年入社後、店舗勤務を経て、店舗事業本部でアップルストア出店などを担当。2019年より共創投資部でスタートアップ投資や共創活動を行う。興味領域はサステナビリティやソーシャルインパクトで、経済合理性との両立を目指す。主な出資先に、五常・アンド・カンパニー、リージョナルフィッシュ、COTENなど。2020年より1年半休職し、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の国際局職員として従事。