以下で、point 0 annual report 2022-2023から抜粋したSpecial Talkを紹介する。
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「働き方を再定義する」を掲げ、走り続けてきたpoint 0。 その間、コロナ禍という予期せぬパンデミックが世界中を覆い尽くしたが、 その間も協創/共創活動を休めることなく、新しいニーズを見いだし、 それらを事業化・サービス化し世に出す「出口」を創出してきた。 働き方が変わり、働く場を選ぶことが当たり前になり、組織と個の関係はどう変化したのか。 そして、これからのイノベーションを生み出すためには何が必要になるのか。 企業のイノベーション活動を支援する戦略デザインファームBIOTOPEの CEO佐宗邦威氏(以下、佐宗)をお招きして、point0の豊澄幸太郎氏(以下、豊澄)と 長谷川修氏(以下、長谷川)が鼎談を行った。
柔軟なアイデンティティをつくる
豊澄:まずは、コロナ禍をきっかけに私たちの働き方は大きく変化しましたが、それにより「組織と個人」の関係にどんな影響が出たと考えられていますか?佐宗:以前は、会社に所属する集団の一員として自分のアイデンティティを形成していくのが当たり前でした。それが、ひとつの集団だけに所属するという感じではなくなった。一個人として、自分のアイデンティティをバランスによって使い分けるというフレキシビリティをもつ人が増えたと感じています。
豊澄:私たちは「働き方を再定義する」を掲げ、point 0 marunouchiをオープンさせました。ここはオープンスペースが充実しているので、いろんな業種の人が自然とコミュニケーションを取れる場でしたが、コロナによっていったんは誰も来なくなった。ところが、しばらくすると、会社ではなくこちらを利用する人が増えました。WELL認証を取得しており、Well-beingに配慮した空間だったことも要因だと考えています。その後、ウェブ会議のニーズの増加に合わせて間仕切りをしたり、個室を増やしたりするなど、安心して働ける空間を創出しました。
長谷川:もうひとつ、ここにさまざまな企業の人たちが集まっていることも魅力だと感じています。私がpoint0の取締役に就任したのは、緊急事態宣言の真っただ中でした。そのなかで感じたのは、やらなければいけない課題に対して、目的意識とソリューションをもっている人が集まっていることの価値。「ちょっと相談したい」と言えば、短い時間で答えまで出してくれる。そのスピード感が圧倒的に速いので、自然と足が向いたんですね。
佐宗:イノベーションを起こすには「探索」と「深化」が必要です。「探索」という意味では、コロナが拡大している時期には人に会うことが難しい状況になり、セレンディピティが生まれにくい環境になりました。ただし、コワーキングスペースを利用することで、新しい人たちに出会えてセレンディピティが起こりやすくなる。特にpoint 0 marunouchiには、多様な人々が働いているので、その人たちとの交流を通して「深化」も可能になる。つまり、「探索」と「深化」が起こりやすい仕掛けがつくられているという気がします。
主語を「I」にする積極的な仕掛け
長谷川:point 0は19社のコミッティによって運営されています。多彩な業種のコミッティが「働くを再定義する」を共通のキーワードに、多くの実証実験や共創プロジェクトを行っています。そうした活動を通した交流が、佐宗さんがおっしゃる「探索」と「深化」を起こしやすくしているのでしょうね。特に「深化」の部分では、目的が明確で全員が同じ方向に向かえるので、意見交換をしながら深掘りできる環境があります。佐宗:新しいことを実際にやろうとしたときに、上に「やれ」と言われるからやるという人がいくら集まっても基本的には新しいものはできない。重要なのは主語が「I」であること。「私はこれをしたい」という会話で始まらないと難しいと思うんですよね。かといって、ひとりだけではできない。相互補完し合うというか、自分ができないことをできる仲間を見つけると前に進めやすくなる。おふたりの話をお聞きしていると、元々、意志がある人が集まり、「新しい働き方」という共通項をもち、コミュニケーションを取りやすく相談しやすいサードプレイスになっている。「意志」と「大義」があり、「コミュニケーション」を取りやすい環境が重なったことで、オープンイノベーションがしやすい場になっているのだと思います。一般的には「リビングラボ」と呼びますが、暮らしながらその場を変えていくということが機能しているのがpoint 0なんですね。
豊澄:「I」が重要だとご指摘いただいたように、私もイノベーションは企業ではなく「人」が起こすものだと考えています。ここでは一人ひとりが企業の看板を背負っているんですが、自分が企業を使ってどういうことをやりたいかということを明確に出せる人が集まっていて、そういう人たちが刺激し合っている。ただ、4年経過し、リビングラボとしての機能だけでは駄目だなということが出てきています。
佐宗:それはなぜですか?
豊澄:人事異動の問題です。参画しているのが大企業ばかりですから、異動で人が替わってしまう。2019年、各会社から参画していただいていたメンバーが約60名ほどいたのですが、いまも残っているのはわずか10名ほどです。人が替わると共創プロジェクトに対する熱量も変わり推進スピードも変わります。そこで、いま取り組んでいるのがコミュニティづくりです。
佐宗:僕も最近、興味をもっているテーマが「コミュニティをつくる仕掛け」をつくることなんです。別の言葉で言えば「会社のカルチャーづくり」になるんですが、「カルチャーは自然にできるからいいよね」ではなくて、「こういうカルチャーを積極的につくっていこう」という姿勢がすごく大事になっていると感じています。
長谷川:おっしゃる通りです。point 0でもいくつもの仕掛けをつくって、コミュニケーションの活性化を図っています。例えば、日常会話のなかで相手の企業名はつけずに名前のみで呼ぶというルール。「パナソニックの豊澄さん」ではなく「豊澄さん」と呼ぶわけです。些細なことですが、これも所属企業に関係なく肩書きのない「I」になれる仕掛けづくりです。
豊澄:そのほかにもコミッティの工場見学をするなど、相互理解を深めるためのコミュニケーションの場を設けています。
長谷川:そうしたいくつものコミュニケーションができる場を設けることで、異動で初めてpoint 0に来た人でも解け込めるというか、目的を共有できるようになるんです。ですから、かなりの速いスピードで、「I」がいつのまにか「We」という意識になっているんです。
「We」をつくるゼロイチの創出
佐宗:実は私も最近コワーキングスペースに興味をもって利用しているのですが、そこを利用する人たちとの「We感」はなかなか出てきません。その「We感」はどうして生まれてくるのでしょうか?長谷川:point 0側で、コミッティ企業各社の課題を管理しています。各社が課題を設定して、それに対して共創によってソリューションのあり方を探っている。そうした課題をpoint 0が管理して、期日を設けて進捗状況などを報告するというルールを設けています。言うならば緩い制約のある会社のようなコミュニティでもあるわけです。
佐宗:なるほど。「働き方を再定義する」というpoint 0内での共通のキーワードがあって、そこに各社が関連する課題を設けて共創するということですね。その場合、ここで働くメンバーの方々は2つの組織に所属するということになりますが、そのバランスはどのように取っているのでしょうか?
豊澄:各社の戦略が入りすぎるとオープンイノベーションにならなくなります。そこで、各社企業がもってきたものではなく、point 0で出口をつくることをゴールとして、みんなで考えるというカタチに変えました。これによって、point 0発の事業がいくつも生まれるようになった。つまり、point 0で起業した事業が新しい顧客を開拓し、そこにコミッティ各社が持つ製品やソリューションを提供するというカタチです。その代表的な事業が2024年1月にオープン予定の「terminal.0 HANEDA」です。
長谷川:ここと同じ空間構成と運営を行って、空港版のpoint 0をつくるんです。運営自体は日本空港ビルデングさんですが、空港が抱えている課題をコミッティで解決していく。我々もコンサルティングというかたちで関わることになりました。これも出口のひとつです。
佐宗:そうするとpoint 0がゼロイチ、もしくは1から10へと事業を育て、10以上の規模になればコミッティ各社が引き継ぐというようなイメージでしょうか?
長谷川:そうですね。基本的にpoint 0のターゲットはニッチ市場です。事業が大きくなれば、体力も資本力もあるコミッティ各社にバトンを渡すことになると思います。
課題は当事者を巻き込んで解決する
佐宗:私もソニー在籍時に新規事業創出の立ち上げを担当した際、オープンイノベーションの取り組みも行いました。企業間連携をする場合、課題になったのが知財や法務との調整でした。つまり、所有権をどうするかという問題です。point 0ではどのようにしているのでしょうか?豊澄:おっしゃる通り、最初に整理しなければいけなかったのは法務・知財でした。ここで実験した内容の著作権、所有権ってどこに帰属するのかという議論があって、コミッティの中の規約と実証実験をする際に必ず契約書を交えているのですが、その中で見解を統一させています。例えば、データを例にとると、実証実験で出てきたデータは原則、point 0と関連各社に共有する。つまり、使用権を与えたいということですね。ただし、出せないデータもあるのでそれについては個別契約で明記して各社の知財を守りながら、できるだけ共有するというカタチにしています。また、知財もさることながら、各社の法務チェックが一番大変でした。それで「法務知財研究会」というのをつくったんですよ。各社の担当者に集まってもらって、そこに案件を投げてその場で決めてくださいとお願いする。
佐宗:それは賢いやり方ですね。知財や法務などの管理部門はどちらかというと組織を守る役割を担います。そのため時間がかかり、オープンイノベーションが進みづらくなるわけです。そういう意味では当事者同士で話し合って決めてもらうのはいい方法です。管理部門に白線を引かせるのではなく、踏ませる仕組みづくりをしているのは面白いですね。
豊澄:はい。ですから知財や法務に話しをする際は、明確なこちらサイドの意思を伝えなければいけません。「通す、通さないの判断ではなく、通すことを前提で検討してくれ」と依頼する。すると彼らはプロですから、アイデアを出したり工夫をしたりして、通してくれるわけです。
佐宗:知財や法務などの部門に白線を踏ませる方向に行かせるための仕組みづくりをしている点が興味深いですね。しかもpoint 0の場合は、1社ではなく複数の企業を巻き込みながら、その仕組みづくりを実践しているところがすごい。
イノベーションを活性化させる第3の選択肢として
佐宗:今日はおもしろい話を色々聞くことができました。日本の大企業は個人の力が活かされないという話をよく聞きます。実際、そうした側面はあるんですが、組織の端にいけば個人の力が強くなる。あまりに個の力が強くなると組織を出てしまうというジレンマになるケースが多いのですが、「中と外」という二元論的な対比ではなく、大企業に所属しながらpoint 0の事業を推し進めている。いわばバイリンガルがふたつの言語を自由に使いこなすように、大企業のリソースを当たり前のように使いながら、「個」が「個」としてイキイキとして働いている。そうした場を創出してきたことに驚きをもったとともに、「大企業出身の集団でもスタートアップのような集団がつくれる」ことに大きな可能性を感じました。これまでのような大企業では難しいからスタートアップでという二者択一ではなく、第3の選択肢があることをもっと広く発信してほしいですね。そうすることで日本のオープンイノベーションがさらに活性化することにつながるはず。
豊澄:佐宗さんからご指摘いただき、自分たちの共創のあり方はオープンイノベーションの第3の選択肢になり得るという思いを強くしました。いままでpoint 0が実践してきたことを世の中に発信することで、日本のオープンイノベーションを活性化させるのも大切な役割かもしれませんね。また、point 0で働いているメンバーは各企業から来ているので、自社に収益をもたらすこともしないといけない。それを叶えるような出口や仕組み、コミッティのつくり方など、いろんな面で進化していかないといけないということを再認識しました。
長谷川:もうひとつ、我々の共通のキーワードである「働き方を再定義する」を、常に進化させることも忘れないようにしたいですね。以前、シンガポールでやるはずだったダボス会議のテーマが「グレートリセット」だった。ダボス会議に代表されるように、これから先、大きなリセットが求められるようになってきていると感じます。だから、「働くを再定義する」もいろんな意味でリセットしてビジネスに昇華させていく。その活動を通して多くのイノベーションを生んでいくことが、point 0の存在意義にもつながりますね。
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さそう・くにたけ◎BIOTOPE CEO、Chief Strategic Designer。P&Gにてヒット商品のマーケティングやブランドマネージャーを務め、ヒューマンバリューを経て、ソニークリエイティブセンター全社の新規事業創出プログラムの立ち上げなどに携わり、その後、独立し、BIOTOPEを創業。
とよずみ・こうたろう◎point0 取締役副社長。ビルシステムソリューション、大規模再開発プロジェクトやオリンピックプロジェクトの技術営業を担当。現在は非住宅分野における「アップデート事業」を社内外共創で実現することにも従事。2019年7月より現職に就任。
はせがわ・おさむ◎point0 取締役。オカムラで最先端のオフィスづくりに携わり、シンガポール駐在も経験。新しい働き方を実践するオフィスづくりに数多く取り組み、現在はマーケティング部門の所長としてプロダクトとサービスの融合を推進。2022年6月より現職に就任。