政治

2024.02.16 10:00

ウクライナ侵攻から2年。「現代版アンネの日記」 12歳が綴った戦争の日常と恐怖

『ある日、戦争がはじまった 12歳のウクライナ人少女イエバの日記』(イエバ・スカリエツカ著、神原里枝訳、2023年、小学館クリエイティブ刊)

『ある日、戦争がはじまった 12歳のウクライナ人少女イエバの日記』(イエバ・スカリエツカ著、神原里枝訳、2023年、小学館クリエイティブ刊)

ウクライナ侵攻、ロシアとの開戦から2年経つ今、即時停戦の必要性が説かれながらも、戦火はいまだ衰えない。

そんななか、朝日新聞で「現代版のアンネの日記」として取り上げられた話題の書がある。

2022年2月、12歳の誕生日を迎え、仲間や家族から祝福を受けて幸せを感じていた少女イエバの人生は、そのわずか10日後、ロシアによるウクライナ侵攻が始まったことで一変した。彼女が祖母イリナと共に暮らすウクライナ北東部の都市ハルキウは攻撃下に置かれ、地下へ避難したイエバは備忘録として日記を書き始めた──。

ある日、戦争がはじまった 12歳のウクライナ人少女イエバの日記』(イエバ・スカリエツカ著、神原里枝訳、2023年、小学館クリエイティブ刊)から以下、その一部を転載でご紹介する。


1日目


その日の明け方は、いつもと何も変わりはなかった。わたしはぐっすりねむっていたけれど、朝早くに、なぜだか急に目が覚めた。寝室を出て、リビングで寝ようと思った。ソファに横たわって目を閉じ、ねむりにつく。

午前5時10分:


突然、通りに激しくひびきわたる金属音で目が覚めた。最初は、車をくだいて鉄くずにしている音かと思った。でも、わたしの家の近くには、廃棄物処理場なんてないから、おかしい。

これ……、爆発音だ。

おばあちゃんは窓際に立っていた。ロシアとの国境のほうに目を向けている。大地の上空を飛ぶミサイルを見ていたのだ。いきなり巨大なロケット弾が飛んできて、ものすごい勢いで爆発した。心臓が、こおりついたような感じがした。

車の警報装置が鳴りひびく。おばあちゃんは、なんとか冷静でいようとしている。わたしのもとにやってきて、「プーチンって、本気でウクライナと戦争を始めようとしているんだろうか……?」と言った。

わたしは絶望した。言葉が見つからない。おばあちゃんがうそをついているわけじゃない。そうわかっていても、とても信じられなかった。これまでに戦争の話は聞いてきたけれど、体験したことは一度もない。こわかった。

考える時間もなかった。もし戦争が始まったら、どうすべきなのか、だれも教えてくれなかった。戦争に備えていた人なんてひとりもいない。わたしも、おばあちゃんも、近所の人たちも。ただ、このアパートを出て、地下室に行かなければならないことだけはわかっていた。

手はふるえ、歯はガチガチ鳴る。恐怖におしつぶされそうだ。わたしは、初めてパニック発作を起こしていることに気づいた。おばあちゃんは、わたしを落ち着かせようとして「やるべきことに集中しなさい」と言った。アパートを出る前に、おばあちゃんは、金の十字架のペンダントを首にかけてくれた。洗礼式のときにもらったもので、身につけるのは、今日が初めてだ。それから、おばあちゃんは、宝石箱を衣装部屋にかくした。

スマホを確認する。校内のチャットで、今、何が起きているのかについてのやりとりが始まっていた。

いったん準備ができたので、地下室へと向かった。そこで、またも恐怖におそわれた。

息ができなくなり、手が冷たくなって、汗ばむ。

戦争が、始まってしまったんだ。

Getty Images

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爆発音、騒音。わたしの心臓は、大きく脈をうっている。恐怖とうるささで、頭が回らない。涙があふれてきた―大好きな人のことも、そして自分自身のことも、心配になる。

避難した地下室は、防空壕として作られているわけではなかった。あちこちに温水と冷水のパイプが通っている。ほこりもいっぱい。天井もかなり低い。小さな窓からは、街並みが見わたせる。ただ、爆風にあおられてガラスの破片でケガをしないようにと、男の人たちが土のうを積み上げて窓をふさいだ。たくさんの人たちが、地下室に降りてきていた。

しばらくすると静かになったので、勇気を出して外に出た。スマホを取り出し、ニュースを開く。みんなが集まって、大声で話し、今、起きていることを理解しようとしていた。でも、その後……するどい音の砲撃が立て続けに起きた。防空壕がわりになっている地下室へ、急いでもどった。

それから、わたしは3度目のパニック発作におそわれ、涙が出てきた。数え切れないほど多くの爆発音がひびいている……。

午前11時30分:


うちの近所の人がATMで現金を引き出そうとしたんだけど、ツイてなかった。そこには、機関銃を持ったウクライナの兵士がいて、また爆発が起きた。だから、みんなあわてて家へ帰ったらしい。近所の人も、こわくなって走ってもどったって。うちのそばに並んでいる共同住宅にも、ウクライナの兵士がいるみたい。

それを聞いたわたしは、友達全員に電話して、みんなどうしているのか聞き出した。強烈な体験をした子もいた。学校の友達のマリナは、ひどい交通渋滞のせいで、防空壕まで行くのに何時間もかかったらしい。オリハはどこにも行くつもりはない、って言って、自宅にこもっている。

自宅がゆれている、って子がいた。それに、自宅から100メートルほどの場所で爆発が起きたって子も。窓がガタガタと鳴っていた、って子もいる。

ただ、これは地獄の始まりにすぎなかった。

午後0時30分:


おばあちゃんを説得して、ちょっとだけ家に帰った。体をさっと洗って、お昼を食べた。起こったことをそのまま書き留めたくて、日記帳も持って出た。ノートパソコン、絵をかくのに使う紙とえんぴつ、ちょっとした食料、まくらと毛布も何枚かひっつかんだ。それから、地下室へもどった。

午後3時20分:


今から30分後に、飛行機や軍隊が来て、爆弾が投下されるといううわさを聞いた。

午後4時:


まだ、何も起きていない。みんな、不安げに顔を見合わせている。

以前は、天気のいい日にハッとすることなんてなかった。おだやかな空は、ごくふつうに広がっていた。でも、今は全然ちがう。これまでに、戦闘に巻きこまれた子どもたちの話を聞いても、それがどれほどおそろしいものなのか、まったくわからなかった。でも、地下室に5時間もこもっている今なら、またちがった見方ができる。苦痛や恐怖を味わいながら、戦争のおそろしさがはっきりとわかる。わたしを取り巻く世界は、がらりと変わった。何もかもがちがう色に見える。青い空、明るい太陽、新鮮な空気、そのすべてが美しいと思う。今となっては、そのすべてが喜ぶべきものなんだとわかる。

1時間ごとに、ニュースで新しいうわさが流れていた。このときのわたしはそのうちのひとつを信じていて、この日記を書いたって時間のむだかもしれないとさえ思っていた。それは、ロシアがウクライナから軍を撤退させ、ハルキウは独立を守ったといううわさ。

でも、爆発音や砲撃音は鳴りやまないから、それは〝デマ〞だとすぐにわかった。

今、わからないことはひとつだけ。夜になったら、どうするの? ってことだ。戦時中は夜と朝が一番こわい、と聞いたことがある。何が起こるかわからないから。時がたつのを待って、様子を見るしかないのだろう。

午後4時55分:


戦いが起きている。機関銃の音? それともミサイルが発射されたの? わからない。

古びた箱の中から段ボールを何枚か見つけたので、さっき、ひっつかんだ数枚の毛布とまくらを置いてベッドみたいなものを作り、寝床にした。テーブルといすをいくつか、それに数種類のボードゲームを持ってきてくれた人もいた。わたしたち子どもが、今起こっていることから目をそらせるようにしてくれているのだ。

地下室には、出口が左右にあって、道路に出られるようになっているけれど、こわすぎて外に出られない。地下室は、アパートの端から端までの長さがあって、長いトンネルのように延びている。男の人たちがトイレの場所を教えてくれた。みんな、わかっていることだけど、しばらくはここにいるのだろう。

男の人たちが、ドアのひとつにカギをつけた。夜になったら、わたしたちがカギをかけられるようにしてくれたのだ。もう一方のドアにもカギがつけてあるかどうか確認したけれど、ない。すると突然、友達のナディアが部屋に飛びこんできた。大人たちがドアを閉めようとしているところだった。ナディアはわたしを思いきり抱きしめたので、わたしもギュッと抱きしめた。彼女を落ち着かせたかった。だって、ふるえているんだもん。通りにひびく爆発音を聞いたんだそうだ。


『ある日、戦争がはじまった 12歳のウクライナ人少女イエバの日記』(イエバ・スカリエツカ著、神原里枝訳、2023年、小学館クリエイティブ刊)

ある日、戦争がはじまった 12歳のウクライナ人少女イエバの日記』(イエバ・スカリエツカ著、神原里枝訳、2023年、小学館クリエイティブ刊)



イエバ・スカリエツカ◎
ウクライナ北東部ハルキウ出身。2022年2月、12歳の誕生日を迎えたわずか10日後に故郷がロシアの軍事侵攻に遭った。恐怖や混乱、さまざまな苦難を乗り越えて、ハンガリー経由でアイルランドへと避難し、ダブリンで暮らしている。

文=イエバ・スカリエツカ 訳=神原里枝

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