サステナビリティこそが明治安田の使命の原点
文明開化にわく明治の時代に、相互扶助の精神に基づいた強い使命感によって生まれた、日本でもっとも歴史と伝統のある生命保険会社である明治安田。最新の技術基盤を用いて、社会課題解決のためのオファリングやソリューションを提供する事業ブランド「Fujitsu Uvance(ユーバンス)」によって企業のサステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)を推進する富士通。日本の生命保険事業のパイオニアとして時代を切り拓いてきた生命保険会社と、デジタルテクノロジーをリードする最先端企業の代表2人が、重要文化財として歴史を今に伝える明治生命館にて、これからの時代に向けた重要アジェンダについて語り合った。テーマは、人々のウェルビーイングの実現に2社はどのように貢献できるのか、だ。時田隆仁(以下、時田):本日は永島社長にサステナビリティやウェルビーイングについてのお話をおうかがいできたらと考えています。
まず、サステナビリティについてお聞きします。環境問題や、社会的な格差が注目を集めるなか、サステナビリティに対しての関心は世界のビジネスリーダーの間でも高まっています。持続可能な社会の実現に向けての議論はさまざま展開されていますが、永島社長はどのようなお考えをおもちでしょうか。
永島英器(以下、永島):社会的な格差が拡大しているなか、サステナビリティへの注目度が高まっているというのは、おっしゃる通りだと思います。持続可能な社会の実現への重要な動きの一つに、株主至上主義で強欲とも言われるキャピタリズムの見直しがあります。
もともと株主至上主義と言われるアメリカにおいても、公益目的を定款に明記する「ベネフィットコーポレーション」が増えたり、パタゴニアが「ゴーイングパーパス(使命に向かって進んでいく)」を重視するとして、上場(ゴーイングパブリック)を選ばなかったという事例もあります。こうした動きは、今後も大きなうねりとなって進んでいくと考えています。
持続可能な社会へのニーズが高まる現代においては、企業にとっても「どうやってお金を儲けるのか」というHowよりも、「私たちは何者であるのか」というWho、すなわちパーパスが問われるようになっているのではないでしょうか。
生命保険事業に立ち返ると、その原点には、流れ去る儚くていとおしい人生のなかで、かけがえのない安心や幸せを持続可能なものにしようとする「人々の想い」があります。
明治安田では、託された一人ひとりの想いに応え、お客様が健康で安心して暮らせるよう生涯にわたって支え続けることが使命であると考えています。「確かな安心を、いつまでも」を経営理念に掲げ、その実現のために「お客さま」「地域社会」「未来世代」「働く仲間」との4つの絆を大切にし、深めていくためのさまざまな取り組みに挑戦しています。

「態度価値」から人の幸せを探る
時田:富士通でも2020年に「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくこと」をパーパスに定めました。当社にはグローバルに12万4,000人の従業員がおりますが、一人ひとりがもつ、富士通にて成し遂げたいパーパスを共有し、実現できるように最大限のサポートすることが、パーパスドリブン経営における私やエグゼクティブの役割だと考えております。永島:私も、明治安田のパーパスを自分ごと化するためには、まず一人ひとりが自身の「幸せ」は何なのかを考え、答えを出すことが大切だと思っています。
会社の価値観と自分の価値観を対話させることで化学反応が起こり、はじめて自分ごと化されるのではないのでしょうか。そうして当社のパーパスに共感してくれる従業員が、幸せになる会社であり続けるようにすることが、社長である私の務めだと考えています。
当社は目に見える商品や工場をもっておらず、人がすべての会社であり、「人的資本経営」の重要性もさらに高まっています。当社では「『ひと』中心経営」という言葉を使っていますが、一人ひとりの多様な価値観や環境を大事にした経営を心がけています。
時田:まさに今おっしゃった人的資本経営についても、重要性をしっかり理解して経営していこうと、富士通でもかじを切り始めています。当社では経営の重要課題のひとつとして「People 人々のウェルビーイングの向上」を掲げています。そこで浮かんでくる問いが「ウェルビーイングとは、どのようなものだろうか」ということです。私は従業員の想いを聞くタウンホールミーティング(対話集会)に参加するなかで、「100人いれば、100通りのウェルビーイングがある」と感じているところです。身体的な健康もあれば、精神的な話もあり、財産に話を向ける人もいて、多様性に満ちたテーマだという実感があります。
そこでお聞きしたいのですが、永島社長にとってウェルビーイングのために大切なことは何になるとお考えでしょうか。
永島:私が現場の営業職員に対してよく話しているのが、『夜と霧』の著者として知られるヴィクトール・E・フランクル(ホロコースト生還者であるオーストリアの精神科医、心理学者)が述べる、人間がもつ三つの価値です。
一つ目は【創造価値】でモノや芸術など新しいものを創り出す価値、二つ目は【体験価値】で心が震えるような出会いや体験を通じて得られる価値。三つ目は【態度価値】で、直面した運命や出来事を「どう受け止め、どう解釈し、どういう態度を示すか」という局面に表れる価値です。フランクルは【態度価値】にこそ、人間としての究極の価値があると述べています。
人生はすべてがアルゴリズムのように効率的に進むわけではなく、偶発性や不条理、悲しみも人生の一部ですよね。100人いれば100通りの価値観があることはその通りだと思いますが、不条理や悲しみに直面したときに、どういった態度価値を示すことができるかということは人の幸せにおいて大切だと思います。
明治安田の営業職員の定年は75歳ですが、50年近く当社で働いているような、人生の先輩である営業職員とお会いする機会があります。その際に、握手をするだけで涙があふれてくることがあるんですよ。それがどうしてなのかを考えたのですが、「悲しみも含めたすべての経験を笑顔と感謝に変えるような、美しい態度価値」に涙があふれてくるということなのだと、私は解釈しています。
時田:明治安田は、お客様一人ひとりの人生と向き合う事業を行っていますね。そうしたなかで、美しい態度価値をもつことを心がけることで、御社の職員はお客様に感動をもたらすような振る舞いを行っているのだとよく理解できました。
「人間の幸せ」に、テクノロジーはどう寄与できるのか
時田:昨今、私たちのようなテクノロジーカンパニーではAIが大きなトピックスとなっています。そのAIが人間に感動を生むような振る舞いができているのだろうか――。まだまだ人間の域には、とても達していないと感じています。永島:AIに代表されるようなデジタルテクノロジーはとても重要ですし、たくさん勉強させていただきながら、活用しているところです。同時にそういう時代になればなるほど、「人間にしかできないこと」が問われるのではないでしょうか。
AIやロボットは死なないわけですから、死という概念に不安や恐怖を感じることがないでしょう。人の不安に寄り添い、ソリューションを提供することは人間にしかできません。人間だけが真の意味での「絆」や「共感」を紡ぐことができると思いますし、当社の営業職員においても、AIやデジタルテクノロジーを最大限活用しながらも、対面の力、人間力でお客様に選ばれ続けていく存在となることを目指しています。
時田:テクノロジーを駆使しても、分断は進みます。ある意味人と人のつながりというものが、満たされていないのかもしれません。永島社長は、デジタル社会が発展していくなかでどのようなことが大切になるとお考えでしょうか。
永島:人工知能などのテクノロジーの発展に伴って、これからはあらゆる業種・職種の方がその存在意義を問われるようになります。経営者についても例外ではなく、社長の経営判断が人工知能よりも優れていると言えるのか、ということも起こり得るだろうとも思います。
そういったなかで大事になってくるのは、これから進むべき大きな道筋を示すための、パーパスや倫理、哲学だと考えています。ひとつの例として経営者を挙げましたが、あらゆる業種・職種において、物事の本質に向き合い、意味を考え、答えを出すという「倫理や哲学」の重要性が高まるのではないでしょうか。
時田:おっしゃるとおりだと思います。富士通では、「ヒューマンセントリック(人間中心)な技術」というものを大切にしています。AIの研究を進めると同時に、「AIがもつべき倫理」についても研究を重ね、さまざまなプラットフォームに倫理観を埋め込んでいくチャレンジを続けています。デジタルテクノロジーを使うのは人間であって、人間のためにあるということを忘れてはいけないと思います。
永島:人間中心社会ということですよね。人類はとても効率的だけど非人間的な社会にいくのか、多少非効率的な部分もあるけれども、人間的な生を全うできる社会を残すのかという分岐点に立っているのではないかと思っています。当社は、もちろんデジタルは活用しますが、人間らしい生を全うできる社会、そして人間らしい営業職員がお客様と対面で絆を紡ぐことを大切にしています。

デジタルテクノロジー×ヒューマンリソースで社会課題の解決へ
時田:富士通は、経営の重要課題として「地球環境問題の解決」「デジタル社会の発展」「人々のウェルビーイング」の3つを掲げています。そして、デジタルサービスによって2030年にネットポジティブな世界が訪れること(良い影響が悪い影響を大きく上回り、世界がより良くなること)を目指しています。「デジタル社会の発展」が「環境」や「人々のウェルビーイング」に対し、どのような影響を与え得るのか。この問いの答えを探していくことは、私たちにとって、とてもチャレンジングであると考えています。
永島:明治安田では、2030年に向けて「MY Mutual Way 2030」という10年計画が進行中であり、2030年にめざす姿を「『ひとに健康を、まちに元気を。』最も身近なリーディング生保へ」と打ち出しています。
これは生命保険会社の新しい視点からの取り組みとして、人々の健康を促進する活動をするとともに、地域社会の活性化につながる活動を展開していくことで、「お客さま」「地域社会」「未来世代」「働く仲間」というステークホルダーに寄り添う生命保険会社になることを意味しています。
その実現に向けて、保険金の支払いといった貨幣に換算できる「経済的価値」だけでなく、「ひと」や「まち」との絆を紡ぎ、社会課題を解決していくような「社会的価値」の双方を向上させていく好循環を作り上げ、持続可能な社会づくりに貢献していきたいと考えています。
時田:これから先の富士通がデジタルテクノロジーカンパニーとして多様なアイデアでイノベーションを起こしていくためには、人間としっかり向き合っていかなければなりません。人間を疎かにしてはならない。そう決意しているなか、明治安田と共に持続可能な社会づくりに貢献していければと考えております。
永島:私はよく従業員に「成果や功績を書き連ねた『履歴書』だけを追求するのではなく、お客さま、地域社会、未来世代、働く仲間からどのように記憶され評価されるかという『追悼文』の価値こそ大切にしよう」と呼びかけています。
社会的価値向上に真正面から取り組み、志を同じくする企業や団体のみなさまと共に創りあげる価値は、経済的価値と同様に大切なことだと考えています。
時田:社会課題のほとんどは、一社だけで解決に至れるようなものではなく、互いの力を合わせて大きな問題に取り組む必要があると思っています。人間と人間が胸襟を開き、共感を得るメッセージを発信し、しっかりとつながることが、テクノロジーでつながること以上に大事だと思いますね。
永島:私も心からそう思います。デジタルでできること、人が補完できること、トータルで社会課題を解決していくことができるのではないでしょうか。
人々のウェルビーイングの向上:People - Fujitsu Uvance
お客様のビジネスの成長とともに、誰もが自分らしく暮らせる社会を実現
ながしま・ひでき◎明治安田生命保険相互会社 取締役 代表執行役社長。1963年、東京生まれ。86年に東京大学法学部を卒業し、明治生命(現:明治安田)に入社。静岡支社長、企画部長を経て、2015年に執行役企画部長、16年に執行役員人事部長、17年に常務執行役に就任。21年7月から現職。
ときた・たかひと◎富士通 代表取締役社長。1962年、東京生まれ。88年に東京工業大学工学部を卒業し、富士通に入社。2014年に金融システム事業本部長、15年に執行役員に就任。その後、執行役員常務兼グローバルデリバリーグループ長として、システムの保守・運用に関わる世界8つの拠点を統括し、19年6月から現職。