シンクタンク/コンサルティングファームから食品メーカー、通信など、数多くの大手企業の組織開発やコンサルティング支援に取り組んできたNEWONE 代表取締役社長の上林周平は、経験を踏まえて、求心力となる「エンゲージメント」の重要性を強調する。
人的資本経営や人材流動化の時代にあってもなお、企業成長を加速し続ける同社の、「すべての人が活躍するための、エンゲージメント」について聞いた。
「エンゲージメントの構築・向上は、もはや人事施策のひとつではありません。企業の未来を左右する、重要な経営課題です」
そう指摘するのは、数多の大手企業のエンゲージメント向上支援を行ってきた人事・組織コンサルティング企業・NEWONE 代表取締役社長の上林周平(以下、上林)だ。彼は人的資本経営が注目を浴びている背景について、こう解説する。
「2023年から、大手上場企業約4,000社に対して、有価証券報告書での人的資本情報(人材育成方針、社内環境整備方針、女性管理職比率など全5項目)の記載が義務化されました。企業の人材へのコミット状態が、企業の成長力としてカウントされるようになったのです」
この動きは、コロナ禍でのリモートワークの普及もきっかけのひとつだと、上林は説明する。
「監視か、エンゲージメントか。当時、見えない場所で働くリモートワークの社員をどのように扱うかが、企業の命題となりました。しかし社員の動向を逐一監視することは、人材流動化の激しい時代にそぐわない。
そこで注目されたのが、人と企業の結びつき=エンゲージメントです。社員一人ひとりを信頼し、主体的に働く意識を育てていく必要性に、企業は気がついたのです」
社員と会社の関係性が変わってきた
もちろん、エンゲージメント重視の方向性は、上林だけが打ち出しているものではない。経済産業省による「人材版伊藤レポート2.0」(2022年5月/座長:一橋大学名誉教授 伊藤邦雄)でも、重要項目として言及されている。
では上林は、どのような経緯でエンゲージメントに着目するようになったのだろうか。
02年にシェイクにて企業研修事業を立ち上げ、代表取締役にまで上り詰めた上林は、従来の“会社に社員が従属する”関係性に限界を感じていたという。
「当時、幹部候補研修を手がけ、個別面接で将来について聞いていたのですが、『パン屋さんになりたい』と言われて、絶句したことを覚えています。つまり自分は、幹部候補になる人材が辞めて別の仕事をする可能性までは、想定していなかったのです」
前提条件が変わっている。上林はさらにZ世代中心の意識の変化も肌で感じたという。
その後、上林は働き方改革が政府の議論の俎上に載り始めた17年、ベストセラー「ライフシフト100年時代の人生戦略」(著・アンドリュー・スコット、リンダ・グラットン)を読んで衝撃を受け、企業と社員の関係性を刷新するための、「エンゲージメント」向上支援企業NEWONEを設立する。
「当初は研修を中心とした会社としてスタートしました。しかし長い歴史をもつロジカルシンキングやコミュニケーションなどの基本スキルを重視した研修のみでは、エンゲージメント向上に限界があります。なぜならそこには“会社と従属する社員”という前提があり、どのように会社に馴染めるかが主題となっていたからです」
エンゲージメントを高めるためには、管理職やメンバー各個人のマインドセットと関係性の改革が必要である。そう痛感した上林は、意識を変革する研修をはじめ、管理職を中心にエンゲージメントを高める職場づくりへの伴走支援、データを分析して制度や仕組みづくりを行うコンサルティングと、次々とサービスを展開していった。
「他人事ではなく、自分の意志で行うことで、変革すべき点の理解は深まるのです。
本当に人間が腹落ち(理解)すると、顔つきが変わります。その目の輝きを見て、自分が進めている方向性に間違いはないと確信しました」
上林の考えるエンゲージメントは、会社と社員の対等な関係性の実現だ。それは会社が一方的に社員に与えるだけの「従業員満足」ではなく、社員が会社に一方的に尽くす「ロイヤルティ」でもない。
「カギとなるのは、会社との対等な関係性から生まれる、自分の意志で前に進めている自己決定感です。その感覚が各人の意欲を高めることで、社員側からのベクトルが強化される。
彼らの胸の内にやる気があふれ出せば、当然、各個人の能力も最大化しやすくなり、手ごたえを感じることで、辞めていく可能性もまた、低くなるのです」
これは社員に対して、やさしく(ゆるく)接すれば良いわけではないと、上林は釘を刺す。
「近年、残業がなく職場環境が楽な会社でも、スキルアップが望めない場合は“ゆるブラック”と称されることがあります。つまり、仕事に力を注ぐことができ、貢献実感を得たり、スキルを身につけたりすることもできることが、社員のエンゲージメント向上には重要なのです」
上林は、そうしたエンゲージメント重視により、2030年問題(厚生労働省による、労働力がおよそ644万人不足するという予測)に重要な一手を打つことができると考えている。
ミドルマネジメントが組織改革の鍵に
もちろんエンゲージメント向上の実現には困難もあると、上林は指摘する。
「事業推進力の強い企業の経営戦略は、変化への対応、競合優位性などを鑑みた管理・効率化の推進が基本にあることがほとんどです。一方エンゲージメントは、各社員の意志や意向を丁寧に把握し、チーム情報の共有や方針決定への参画などを行い、管理・効率面では真逆の方向性をもっている。そもそもが二律背反の状態なのです」
この大きな矛盾を、上林はどのように解決するというのだろうか。
「経営戦略にひもづくKPIの計画・改善を通じて成果を導く企業の視点と、1人ひとりが多様な存在で日々状態が変わる社員の視点をバランスする(取りもつ)ことができる、ミドルマネジメントを育てる必要があります」
NEWONEは会社の経営層に対しての意識改革から企業のカルチャー・組織改革支援を行う。同時に、社員に対しては主体的行動をとる方法やマインドセットの開発をサポートする。
そのうえで両者の結節点となるミドルマネジメントには、エンゲージメントサーベイの活用理解から、業績と自己決定を両立するマネジメント研修などを徹底して行い、会社の意志と各社員の要望をバランスする能力を身につけてもらうのだという。
「組織改革を前進させるには、ミドルマネジメントの能力をいかに高めるかがポイント。彼らはメンバーに対して距離を縮め、メンバーの本心を知るための対話を繰り返す必要があります」
もちろん対話が苦手という管理職も存在する。そうしたコミュニケーションを円滑にするツール「ココラボ(Cocolabo)」の提供ができるのも、NEWONEの強みである。
大手シンクタンクに「組織開発支援プログラム」を展開
そうしたNEWONEのミドルマネジメントに対するアプローチを含めた、具体的事例を紹介する。大手シンクタンクに対する研修とコンサルティングを組み合わせた「組織開発支援プログラム」(3時間×3開催×2コース)の提供だ。
「従業員満足度からエンゲージメント向上へ、指標を切り替えて全社的な改革を行いたいという要望でした。そのためのエンゲージメントサーベイ・プラットフォームを導入し、組織開発の基礎知識となる動画コンテンツを制作しました。
そのうえで、管理職・リーダー職が手挙げ式で参加する組織開発支援プログラムを実施しました」
動画コンテンツは全社的な組織開発の理解を大きく前に進め、自ら参加したいという管理職の応募も増加したという。
組織開発支援プログラムは、ミドルマネジメントを中心に、サーベイを活用したチームメンバーとの深い対話の実現に貢献したという。
「サーベイはダイエット時の体重計と同じで、活用して施策を展開しなければ、ただの数値です。その数字をもとに、チームメンバーといかに本音の対話をすることができるかが、組織改革のスピードを決めるのです。
ワークショップ後に、社内の管理職から、“自分たちでワークショップを開きたい”などの積極的な相談が増加したことで、企業に効果を感じていただくことができました」
そうして実現したエンゲージメントの成功事例は、随時ポータルサイトを通じて発表される。その循環により、エンゲージメントはいつの間にか、社内の共通言語になっていたという。
お金を払ってでも働きたくなる会社が理想
NEWONEは、将来の働く現場をどのように見据えているのだろうか。最後に、上林に将来展望を聞いた。「近い将来、労働力不足を背景に人材の取り合いが起こることは、容易に想像できます。そうした局面でも生き残るのは、あくまで例えですが“お金を払ってでも働きたくなる”やりがいに満ちた会社だと思います。
そうした理想の会社像のど真ん中に、エンゲージメントはあります。“推し”に没頭するように楽しみながら、仕事にのめり込む人々が集まった企業が、成長を実現し続けていく。誰もが仕事を楽しめるのならば、会社にとっても、社員それぞれにとっても、幸せなことではないでしょうか」
NEWONE
https://new-one.co.jp/
上林周平(かんばやし・しゅうへい)◎大阪大学人間科学部卒。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)に在籍後、2002年にシェイクにて、企業研修事業を立ち上げ、代表取締役に。17年、エンゲージメントを高める支援を行うNEWONEを設立。