特別賞を受賞したのは、吹きガラスの技法で試行を続ける田中里姫(写真中央。以下、田中)、ガラスに蒔絵(まきえ)を描く藤田 和(同右。以下、藤田)、溶解させた金属を用いて作品を制作する外山和洋(同左。以下、外山)。いまの時代を生きる3人が考える伝統と革新とは。作品づくりに対する思いとともに紐解いていく。
工芸とは真摯に素材に向き合うこと
ガラス作家の田中は、言葉にできない感情や感覚をガラスの中にとどめようと実験を重ね、作品づくりに没頭している。漆作家の藤田は、同じくガラスを題材としながら漆を用いた装飾を施し、漆の表現を追求。ガラスという素材に対し田中とは異なるアプローチで作品を生み出し、それぞれが独自の世界を切り拓いている。一方、外山は、金属を溶かし、本来カタチのない地球上の元素や生命の美しさを作品に投影し、地球で行われている循環を表現する気鋭の作家だ。
──まずは、作品に用いられている素材に魅了された理由を伺えますでしょうか。
田中:ガラスに出会ったのは大学3年です。それまで木工や漆、染め、金工など一通りやってみたのですが、ガラス制作の際、先生が「作家になったらいいよ」といってくださった。自分でもガラスの制作においては自然と没頭でき、卒業制作をガラスで作ったことをきっかけに、この道に進みました。ガラスってとても不完全な素材なんですよね。液体になったり個体になったり、割れやすい脆さを持っていたり。そうした質感が自分の感覚に近いものだと感じていて、いまはそれを突き詰めているところです。
藤田:私も漆の勉強を始めたのは大学に入ってからです。当時は少しずつの作業を積み重ねて作品ができることに魅力を感じていました。いまはそれにプラスして、漆とガラスや金属、鮑の貝殻などと組み合わせることを課題として制作しています。ガラスや金属は単体で作品にもなりますが、漆を仲介として何ができるのかを追求できることが漆の魅力であり、特徴だと思っています。
外山:僕は工業高校のクラフト科で金属作品を作り始めました。金属は一般的に硬い、冷たいという印象があると思うのですが、柔らかさみたいなものを表現したくて、卒業制作では鉄板を叩いて服を作りました。大学に入ってからもさまざまな素材を体験しましたが、そのなかにも金属があり、もう少し深めていきたいと思ったのがきっかけです。
──「工芸」には定まった定義がなく、伝統工芸や芸術作品、手芸などを総称した意味合いで用いられることがあります。それぞれ「工芸」というものをどのように捉えていらっしゃいますか。
外山:工芸にしかできないことは何かを考えると、自分としては素材へのこだわりや執着、その素材で何ができるかということだと今は考えています。素材をどれだけ変容させられるか、どれだけおもしろく見せられるか。いままでにないような状態に金属を持っていきたい。
けれど、それだけでは作品というよりも素材実験の結果発表になってしまうので、実験で得られた新しい素材感に適した形の模索や技法の研鑽、自分が持っている感覚や他作家との比較などいろいろな要素を編集し、どの要素を突出させるかを考え、作品としてまとめています。
田中:すごく理解できます。素材で遊んでいるだけでは自己満足になってしまうけれど、それを作品にするためには、社会とのつながりや自分のコンセプトを持たないと作品にはならない。なにか形になったからには自分が思っていることがきっとあると信じているし、なければ作れていない。どちらかというと後付けかもしれないですが、いまは素材への追求とコンセプトがいいバランスになってきたと感じています。
藤田:私も漆とガラスでどのような現象が起きるのかということに結構フォーカスを当てていて、それをどのように見せると一番美しさが伝わるのかをテーマにしています。私が一番大切にしているのは漆の特性である茶色の透明色です。漆というと木工のイメージがありますが、お盆やお椀で用いられている塗りには溜塗(ためぬり)という技法が使われています。ですが、それでは漆の茶色を感じにくい。ガラスを使うとダイレクトに伝わるので、そこに魅力を感じています。
外山:工芸は「この素材でなにをつくるか」か「この技法でなにができるか」から入らざるを得ない世界だと思うので、作家性を構築していく上で「こういうことを表現したいからこの素材や技法を選んだ」といい切ることは結構難しい。僕はただ金属で作品を作るのが楽しくてやってきましたが、作家として活動しはじめると「自分はこういう作家である」というステートメントを書かないといけなくなるんですよね。
だから僕はまず自分が作った作品を見て、これで何を伝えることができるだろうかと考え、作品が完成した後からテーマやステートメントを考案しました。すると次の作品からは自分が表現できること、表現したいことが分かってきて、制作にドライブがかかっていった。逆に、テーマを先に決め、それを表現するためだけに他の要素を削ぎ落としていくこともできた。
田中:そうなんですよね。作品を見てくださった方が感じてくださるのが理想的ですが、自分の作家性を説明するのは難しい。
外山:工芸とはなんだろうと考えると、それぞれの解釈がある。技法を極めようとする人もいれば、自分のように素材にこだわる人もいる。本当はそれをやりたいだけで、圧倒的にビジュアル先行なんですが、ステートメントを書くことで、作品自体のビジュアルもおもしろくなっているのかもしれないとも思います。
工芸における新しい価値への挑戦
──日本のものづくり文化において「伝統と革新」という言葉が使われますが、作品づくりの中で意識していることはありますか。外山:工芸における伝統とは、いわゆる伝統工芸を指すことが多いと思いますが、僕は伝統工芸の作家ではないし、伝統的な技法を用いているわけでもない。ただ、僕なりに考えてみて、いま自分がやっていることがおもしろがられているとすれば、それは工芸の文脈における定石があってこその新手であり、とても長い歴史の伝統工芸があるからこそ、いま僕がやっていることの意味や、現代の工芸をどう定義していくのかを自分なりに考えたい。それはものを作る文化の継承にも繋がっていくと思っています。
ただ、革新ということを考えると変化していかざるを得ないことで、時代の要請みたいなものもある。おそらく、伝統工芸とはガラパゴス的に日本で育ったものだと思うので、技術なんかは物凄い。世界から見れば良い意味で特殊なんだと思う。僕は最初からヨーロッパの、伝統的な素材を用いながら現代的な感性を反映したアートピースを作る“コンテンポラリークラフト”というマーケットを対象にしていたので、伝統工芸や生活工芸とでは違う発展の仕方があるのではないかと感じています。
藤田:コンテンポラリークラフトという分野があるのですね。それはすごくいいな。私が行きたい方向性はその分野に近いのかもしれません。素材を大事にしていろんなことにトライしていきたいと思っています。
──日本の工芸が世界で評価され、活躍の舞台をグローバル視点で捉える職人や作家が増えています。作家として目指している姿や、展望について教えてください。
田中:私の周りの作家のなかには「日本より海外で多く売る」という人がいます。ただ、展示会や作品づくりの場を海外に移してしまうと、日本で発展していく機会がなくなってしまう。とはいえ、日本は居住空間が狭く作品を飾る場所がないという話もあって。いろいろ模索しているところではありますが、海外での認知は考えていく必要があるなと思います。
藤田:海外で認知されることを考えると、拠点を海外に移すというのは一番早いですが、漆という素材の特性上、日本にいた方がやりやすい。でも日本と海外の二拠点で活動できたら理想ですね。いま金沢を拠点に活動していますが、陶芸作家の方々に金継ぎを教える教室を開催しています。今後は地域の方たちとのつながりも作っていければと思っています。
外山:僕はロンドンのギャラリーと接点を持っているので、イギリスやアメリカ、オランダのアートフェアに参加しています。大学時代の教授が海外で活躍している作家だったので、僕も最初から海外を意識していて、まずは売れることを考えていました。対価を得ることで、作家として成長するための車輪を大きくしていかないといけない。なので、自分の作品を評価してもらえるマーケットを見据えた活動をしていきたいと思っています。
──最後に、現在構想している企画や今後の活動について教えてください。
田中:今後は作品展がいくつかあるので、まずはそれに向けて制作をしていきます。また、知名度を上げるためにもギャラリーと接点を持てるように動いていければと。ただ、知名度を上げることに重点を置くのではなく、自分の作品がアートだろうが工芸だろうがいいものを作りたいと思っているので、制作活動を頑張っていきたいです。
藤田:いまはアートピースをつくるペースを上げようと努力しているところです。今後1年ほどは展示が続くので、みなさんに知っていただく機会になればいいなと思っています。海外にも挑戦したいと思っているので、滞在制作ができる工房も探したいですね。
外山:国内では今後は現代アーティストの方たちとのグループ展があり、そこに作品を出品します。工芸作家同士のグループ展では輪が広がりづらいことがあるので、現代アーティストと一緒に行うイベントはいい機会だと思っています。
あとは、海外ですでに周知されているコンテンポラリークラフトというマーケットを日本でどう広めていくか。それを考えるともう少し作品を見せる場があればいいのかなと。ただその場が設けられたとしても、作品をどうおもしろく見せるのか。プレイヤーとして考えていく必要がありますが、一緒になって考えてくれる方と出会えたらいいですね。
田中 里姫(たなか・さき)◎1995年生まれ。青森県出身。2017年、秋田公立美術大学ものづくりデザイン専攻(ガラスコース)を卒業。同年4月から、秋田市新屋ガラス工房に勤務。21年、金沢市卯辰山工芸工房に入所。22年、金沢・国際ガラス展2022で大賞など。ガラスを繊細な存在感と柔らかな表現が可能な素材と捉え、目に映る物事に心が奪われる言葉に表せない感覚の表現を追求する。
藤田 和(ふじた・なごみ)◎1994年生まれ。大阪府出身。2018年、京都市立芸術大学美術学部工芸科漆工専攻卒業。19年、京都市産業技術研究所伝統産業技術後継者育成研修漆工応用コースを修了。22年、金沢卯辰山工芸工房漆芸工房修了。透明なガラスに重なる漆の表現に発見と驚きを覚えながら、その組み合わせによる表現の深化を図っている。
外山 和洋(とやま・かずひろ)◎1994年生まれ。東京都出身。2017年、武蔵野美術大学造形学部工芸工業デザイン学科クラフトコース金工専攻卒業。18年、武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科助手。20〜22年、武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科助教。無機物であり冷たく固い金属を、一度完全に溶かして暖かく有機的な形に再構築する過程を、地球上のエネルギー循環や命の循環に重ねて制作を行う。
「伝統と革新」をコンセプトとしたMUFG工芸プロジェクト
三菱UFJ フィナンシャル・グループは、2023年8月より、日本の工芸分野を支援していく活動をスタート。未来の世代や社会・地球のために、社会課題の解決につながるエコシステムやプラットフォームを創りたいという思いがある。本プロジェクトを束ねる、経営企画部ブランド戦略グループ部長 チーフ・コーポレートブランディング・オフィサーの飾森亜樹子(以下、飾森)に、プロジェクト立ち上げの経緯や意義、活動内容について話を聞いた。──MUFG工芸プロジェクトを立ち上げるに至った経緯についてお聞かせください。
飾森:私どもの社会貢献活動にはいくつかの大きな柱があるのですが、「日本が大切に育んできた文化の保全と伝承をサポートしてグローバルに発信したい」と考えました。その過程で工芸が危機に瀕しているということに着目し、これに本当に役に立つことは何かという問いから構想を始めました。工芸には素材から完成品に至るまでの素晴らしい技術があり、日本のものづくりのルーツです。技術に加え、大切にものを使い続ける、天然素材やその土地の風土を大切にしていくという工芸的な思考にも惹かれました。さらに伝統的な工芸は文化を守るだけでなく、その時代にあった革新を遂げながら続いていること。これは企業変革の努力と同じものであり、学ぶところも多いと思っています。ビジネスモデルやデジタルなど大きな時代の流れのなかで企業が存続し成長し続けていくには、革新し続けなければならない。そこが企業としての立ち位置にもすごくマッチしました。
──具体的な取り組みの内容を教えていただけますでしょうか。
飾森:エコシステム全体を意識しています。作家の方々はもちろんですが、作品に用いる素材を作っている方たちもいます。こうした、つくり手の方々を取り囲むシステム全体を支援していきたいと思っています。
もう一つは、作家とその作品に触れる側の人々をつなげる活動にもチャレンジしていきたいと考えています。そのために、今回のアワードのように、さまざまな見える化・称える機会を作っていきたいですし、私たち社員一人ひとりが日本の工芸を支えていくアンバサダーのような存在になれたらと考えています。つくり手の方々がどのような努力をして、伝統と革新に挑んでいるのかを我々も学ぶ、それは私たち自身の変革にもつながる活動になるのではないかと期待しています。
23年度は東京・名古屋・大阪での作品展を予定していますが、グローバルな発信もしていきたい。工芸は、芸術や地場産業というだけでなく、日本人の優れた特質を表すDNAのようなものではないでしょうか。工芸を応援することで、地域と日本自身を応援することになるとても大きな話で、私たちだけではなく、一緒に支えていく仲間を増やしていきたいと思います。なにを成すべきか、工芸家のみなさんはじめ、現場の声を聞きながら、支援の輪を広げていきたいと思います。