アメリカン・エキスプレス(以下、Amex)はそんなスモールビジネスオーナーたちを、ビジネス・カードを通じてバッキングし続けてきた。
本連載では彼らの夢中にスポットを当て、どんな思いで、どのような壁を乗り越えながらビジネスを進めてきたのか、話を聞いていく。
安全で持続可能なエネルギー資源がこれからの宇宙開発を支えていく
Pale Blueは「水」を推進剤として用いた小型衛星用エンジン技術を提供する、東京大学発のスタートアップ企業だ。創業者でCEOの浅川純は、同大学院で航空宇宙工学を専攻し、数々の小型衛星・探査機プロジェクトに参画してきた。小型衛星の打ち上げは2010年以降急激に増加し盛り上がりを見せる一方で、搭載できる推進機の開発は追いついていない。
「現在、大型衛星の推進機で使われているのは希少性の高い高圧ガスや毒性の強いガスで、それを燃料にしながら小型化を進めるのは技術的に難しい。だからこそ、安全かつ安価で、持続可能性の高い水は、これからの宇宙開発を支えるカギになると考えています。」
Pale Blueが開発した世界初の水蒸気式や水プラズマ式の推進機は、重量2キロ弱、200mlほどの水を燃料に、約3年も宇宙での活動を続けることができるという。
「推進機の搭載により小型衛星の活動範囲が広がれば、農業や金融、通信などさまざまな領域での発展につながります。例えば、土壌の表面画像データを収集・分析することで、作物の育成に役立つ情報が得られたり、地盤災害のリスクの高い場所がわかったりする。
インターネットの基地局を宇宙にも設けることもできます。いずれは人類の補給拠点として月の重要性は高まり、動く手段としての水エンジンも必要不可欠になるでしょう。小型衛星の利用を広げ、研究・産業・市場それぞれのポテンシャルを開放したいと考えています」
研究を突き詰めたからこそ見えた社会実装への道筋
水エンジンの必要性をつぶさに語る浅川だが、宇宙に関心を持ったのは高校生になってから。小さい頃から憧れていたわけでもなく、「『航空宇宙工学って面白そう』くらいの軽い気持ちだった」と笑う。「研究室で人工衛星本体について学ぼうと思っていましたが、人気が高いコースだったので僕の成績では行けなかったんです。それをきっかけに、人工衛星に搭載する推進エンジンについて研究を始めたら、知的好奇心を刺激され沼にハマってしまいました(笑)」
研究室では、基礎研究のみならず、実際の小型人工衛星に搭載するエンジンをつくり、宇宙に打ち上げるという、実利用のプロジェクトに携わる機会に恵まれた。自分たちで設計して組み立てたものが宇宙に飛んで行き、人工衛星を動かしていく。その経験は、基礎研究と社会実装のつながりを実感できるものだった。
さらには研究者時代に初めて参加した、小型衛星に関する世界最大級の海外カンファレンスで、民間企業が多く参加している様子に衝撃を受けたという。
「研究発表のお堅い場だと思って行ったら、アカデミックサイドとビジネスサイドの関係者が会場のいたるところで商談を繰り広げていたんです。小型衛星利用が実社会でも盛り上がっている。そこでエンジンは間違いなく必要になると確信しました」
基礎研究と実利用のプロジェクトを両方経験していたからこそ、両者の間のギャップも痛感していたという浅川。基礎研究では、エンジン内の一部分で起こる事象をひたすら調べ課題に向き合うが、実利用では、内部で何が起こっていようが、極論、推進機全体で見た時にエンジン性能が機能していることが重要視される。研究だけを深めても、実装できる推進機の開発スピードは上がらないと感じたからこそ、「せっかく研究してきた技術を実利用に結び付けたい」と事業化に関心を深めていったという。
東京大学には、大学発スタートアップをサポートする観点から、起業について学ぶ実践的な講義がある。浅川はそこで、のちにPale Blueの共同創業者となる研究室の同期メンバーと事業計画を立案。数々のビジネスコンテストに出場しアイデアを発信していったことが、起業への道につながっていった。
「ビジネスコンテストでのピッチを見てくれていた投資家が、『研究シーズを事業化する国のプログラムに一緒に応募しよう』と声をかけてくれたんです。それを機に研究室の小泉宏之教授を巻き込み、水エンジンの研究実績を積んでいた後輩も誘って、4人での起業が決まりました」
「就職経験」のない研究者たちの起業
盤石な研究基盤と、事業化に向けた体系的な学びを兼ね備えた起業。それでも、組織づくりには数々の壁があったと、浅川は振り返る。「4人とも研究一筋で民間企業への就職経験はありません。会社づくりは何から始めればいいのか、採用のやり方も経理の流れもすべて手探りでした」
当初は、バックオフィス業務や営業活動など、研究開発以外の実務はすべて浅川がひとりで担当していた。研究に時間を割けなくなることに「少しの寂しさ」を感じつつも、事業立ち上げの原点に立ち戻れば、やるべきことは明確だったという。
「Pale Blueをつくったのは、水エンジン技術を社会に実装し、人類の可能性を拡げていくためです。その実現に向けて、僕以外のメンバーが研究に集中できるような環境を整えることが合理的なやり方だった。目指すゴールを見据えれば、葛藤はなくなりました」
開発力が事業成長に直結しているPale Blueにとって、開発部品をはじめとした備品のスピーディな仕入れや調達は死活問題だ。創業後、浅川が最初につくった法人カードがAmexのビジネス・カードだった。
「利用限度額が利用実績に応じて柔軟に相談できるところが最大の魅力でした。スタートアップは創業直後の実績がないので、どうしても限度額は低く設定されがちです。でもそれでは開発に必要なものを揃えられず、事業が成り立ちません。そんななか、Amexのビジネス・カードは限度額に一律の上限がなく、創業してすぐにビジネス上での決済シーンで活用できた*1。まさに、事業成長を支えてもらったと思っています」
*1: ご利用限度額は、カード利用実績、支払実績によって決まります。
仕入れ担当の社員たちにも追加カードを発行し、決済スピードを上げられるようにしただけでなく、浅川自身がいつでも経費をまとめてデジタル上で確認できることも日々の経営で役立つと話す。そうして経費の支払いをビジネス・カードにまとめたことで貯まったポイントの一部を利用して、創業2年目には周年記念Tシャツを作成。メンバーの一体感も高まった。
創業から3年で従業員50人を超えたいま、直近の最大の目標は「世界を代表する推進機メーカーになること」だ。
「僕たちがつくる水エンジンが、宇宙に打ち上げられた人工衛星に当たり前のように搭載されている。そんな未来を実現していきたいと思っています。世界中の需要に応えられるように製品開発の技術を高め、新たな市場を創っていくことが僕らのチャレンジです」
研究の世界から事業化へと飛び出したからこそ、「技術開発及びその社会実装は間違いなく速く進められている」と話す。
「本質的な課題を見つけ、解決するためにアクションを起こす意味で、研究と経営には共通点がたくさんあります。人類が発見していない課題に取り組んでいるのが研究であり、社会実装にチャレンジできる可能性は必ずある。僕らのように、研究実績を生かした事業化をひとつの選択肢として捉え、視野を広げる人が増えていけばいいなと思っています」
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浅川 純(あさかわ・じゅん)◎ Pale Blue共同創業者 兼 代表取締役。2014年東京大学工学部卒業。2016年同大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻修士課程修了。2019年同博士課程修了。博士(工学)。東京大学大学院 新領域創成科学研究科 特任助教として従事した後、2020年4月にPale Blueを創業し代表取締役に就任。宇宙推進工学を専門とし、世界初の小型深宇宙探査機PROCYONや、水推進機実証衛星AQT-D、超小型深宇宙探査機EQUULEUS等、数々の小型衛星・探査機プロジェクトに従事。東京大学総長賞や日本航空宇宙学会 優秀発表賞、MIT テクノロジーレビュー「Innovators Under 35 Japan 2020」、国際電気推進学会最優秀論文賞等を受賞。Forbes JAPAN Rising Star 2021ファイナリスト。水を推進剤として用いた小型衛星用推進機を社会実装することで、宇宙産業のコアとなるモビリティの創成を目指す。