同事業に2019年に採択されたナイルワークスは、完全自動飛行するドローンと先端技術を組み合わせて、農作物の未来予測を行う「生育調査システム」の開発を続けている。代表取締役社長・小嶋康弘にソリューション開発の進捗とともに話を聞いた。
「ボタンひとつ押すだけで、誰でもできる農業」を目指す
ナイルワークスは、農作物の収量・品質を安定化させることを目的に、ドローンを使った「生育調査システム」の開発に邁進している。開発中の生育調査システムには、「自動運転の生育調査ドローンの開発」、「広域での作業を自動化するため、軽トラックを母艦としたドローンの発着や充電を実現するための制御」、そして「生育調査から得られた情報をもとにした最適栽培支援技術」が含まれている。
具体的には農作物から約50㎝の距離まで近接してセンシングできる完全自動飛行ドローンとその自動運用のためのシステム構築、気象・土壌・水質・品種の変化による農作物の生育状態データ取得および診断システム、そして水稲・小麦・大豆など農作物の品質や収量を高度にシミュレーションするシステムを融合することが開発プロジェクトの目標だ。
「ボタンひとつ押すだけで、素人でもプロと同じように高度な農業が可能になる。それが、私たちの描く農業DXの未来です」
小嶋は開発中の生育調査システムの完成イメージについてそう簡潔に説明する。
農業用ドローン「Nile-T20」は約50㎝の距離まで作物に近接し、より正確な生育状態のデータを習得できる。
現在、ナイルワークスは自社で設計した「Nile-T20」など農業用ドローンの開発・販売、また農業データを集約・管理・共有するデータプラットフォーム「NileBank」をサービスとして提供している。
「もともと創業メンバーは、AIが専門分野であり、動画配信サイトのバックエンドシステム開発や、その膨大なデータを活用する業務に従事していました。食料危機などを含め、農業はますます重視されていますが、気候変動の影響をダイレクトに受ける分野です。自分たちの技術でより農業を科学的にできれば、社会に貢献できるという思いがあったのです」
ナイルワークスが農業DXの重要性に着眼する理由は、大きくふたつある。ひとつは、すでに日本の社会課題として広く知られている、少子高齢化による就農人口の減少だ。
農林水産省の資料「2020年農林業センサス」によれば、2010年に363万ヘクタールだった日本の経営耕地面積は2020年に323万ヘクタールまで約11%減少している。対して農業経営体の数は167万から107万まで約36%も減少。同時期には、就農人口も約260万人(2010年)から約168万人(2019年)まで大幅に減少している。
「現場で話を聞くと、若手と呼ばれる人の大半は60代。しかも、就農人口の平均年齢は毎年下がるのでなく、上がり続けています。農業DXを通じた自動化・省人化は、日本の食料安全保障のためにも急務です」
“フロンティア化”する日本の農業
小嶋はまた日本の農業が“フロンティア化”していることも、DXの必要性を強く喚起していると話す。就農人口が減少するなか、ひとつの経営体あたりの耕地面積は10年前より約36%も増大している。つまり、農業を継承する世代は、大規模化に備えて従来の方法を変えなければならない。しかも近年では天候不順も著しい。ナイルワークスが日常的に接する農家からは、「どう対応して良いか分からない」という悩みが増えているという。「農業は、1年かけてやっと1サイクル経験できるので、仮に60代後半の方でも50サイクルほどしか農業を経験していないことになります。これまでは口頭伝承で農法が伝わってきましたが、環境が著しく変化するなか、考え方・システム・経営マインドを一新しなければならない時代に突入しています」
農業の世界では事業承継が進んでいるが、「代替わりしたデジタルに慣れ親しんだ世代は、農業のフロンティア化に気づいている」(小嶋)。より合理的な農業を実現したいと考える経営マインドが強い農家も一部に増えている。
「農業はいわゆる勝ち組、負け組がはっきり分かれる産業。食料安全保障という観点からも重要なのは儲かるモデルを確立して、数字的に伸ばしていくこと。国内の農業総産出額が10兆円弱ぐらいですが、大型化した経営マインドを持つ農家がさらに伸びないと日本の農業は守れないでしょう」
もっとスマートに、もっとサイエンティフィックに農業をしたいビジネスマインドに貪欲な農家のニーズが高まりつつあり、小嶋は「ナイルワークスはドローンや生育調査システムを掛け合わせることでそこに応えていきたい」と考えている。
「開発が進めば、農家は省力化や精度の高い品質・収量予測を実現できます。一方、食品会社や外食産業など作物アウトプット系のプレーヤーも、契約栽培を最適化させて仕入れ全体を適切にコントロールできるようになるでしょう」
「持続可能で儲かる農家」、その実現可能性を証明したい
ナイルワークス代表取締役社長 小嶋康弘
ナイルワークスの「生育調査システム」は、自動飛行ドローンによる高精度なセンシング、AI解析技術、また作物の生育シミュレーターや微気象シミュレーターを活用したソリューションとなっている。東京都のプロジェクトに採択された最も大きな理由はその精度だ。
「これまでセンシング、解析、シミュレーションをそれぞれ研究した事例はあります。しかし3つの技術を融合させた事例は私の知る限り世界でもありません」
ナイルワークスは稲作農家を悩ませる「いもち病」をドローンで早期発見するソリューションも開発中である。いもち病は水滴によって発芽する菌で、発見が遅れると葉や穂を枯らしてしまい、最悪の場合、稲が枯死してしまう。従来は人の目で黒い斑点を早期発見することが最良の対策だとされてきたが、ナイルワークスはその作業を人の目より高度な精度で発見することに成功している。
「いもち病の病斑は5ミリ程度で発見しないと手遅れになります。カメラの性能と解析の精度、また作物に近接しながらドローンを自動飛行させる制御を組み合わせることで、発見作業の自動化を実現していきます」
エンジニアたちは東京のオフィスにいるばかりではない。実際に田畑に立ち、農家の生の声を聞いて、技術開発にフィードバックしている。
いもち病に関する研究開発事例からも分かるように、ナイルワークスの大きな強みは農業の知見および農家との距離だ。所属するエンジニアたちは農家に足繫く通い、製品・サービス運用をフォローしながら、意見をソリューション改善に活かしているという。
「中途半端な知識では現場で一蹴されてしまい、農家の方々に相手にされません。農業を深く理解しようと現場を駆け回るエンジニアたちの存在、そしてサービスに対する忌憚のない意見をくれる農家の皆様との距離は当社が誇るケイパビリティです」
東京都のプロジェクトに採択されたナイルワークスの元には、以前にも増して専門家や農家から協業や意見交換を希望する声が届いているという。小嶋は「資金を提供いただくことで安定した経営状態で基礎研究を行うことができ、技術革新を通じた社会貢献というベンチャーの夢を追うことができる。また多くの人との出会いのきっかけになった」とプロジェクトの意義を語る一方、今後は「新たな目標に向かって邁進したい」と語る。
「引き続き農家の皆様にソリューションを提供しつつ、流通、小売り、消費などあらゆるシーンで作物の需給を最適化できる仕組みをつくりあげていきたい。課題が多い日本においても、持続可能で儲かる農業は実現できる。それを証明していきたいです」
農業を守るだけでなくビジネスとして成長させる――。誰もなしえなかった農業DXに挑戦するナイルワークスの研究開発に期待したい。
未来を拓くイノベーションTOKYOプロジェクト
都内のベンチャー・中小企業等が、事業会社等とのオープンイノベーションにより事業化する革新的なプロジェクトを対象に、その経費の一部を補助することにより、大きな波及効果を持つ新たなビジネスの創出と産業の活性化を図ることを目的とする事業。
株式会社ナイルワークス
平成27年1月設立。完全自動飛行ドローンと各種システムの開発及び販売を手がける。
小嶋 康弘(こじま・やすひろ)◎株式会社ナイルワークス 代表取締役社長。住友商事株式会社で、30年にわたり、国内外の農業資材事業に従事する。2022年8月、ナイルワークスの代表に就任。ナイルワークスが培ってきた「農業用ドローン」の知見や「作物解析技術」を応用し、さらなるソリューションの拡大を目指す。