「地域との共生」を掲げ自然豊かな信州の地で1942年に創業して以来、自然を敬う企業風土を育んできたエプソン。その環境への取り組みは創業当時より綿々と続けてきたもの。世界の先陣を切って1988年に「フロン全廃」を宣言し、1992年に日本国内、翌年1993年には全世界で洗浄用特定フロンの全廃を達成している。
同社の長い歴史を貫くのは、「省・小・精」(無駄を省き、小さく、精緻につくる)へのこだわりだ。2021年改定の「環境ビジョン2050」ではカーボンゼロを超える「カーボンマイナス」、「地下資源※消費ゼロ」を宣言し、22年9月に打ち立てたパーパスでは、「『省・小・精』から生み出す価値で、人と地球を豊かに彩る」と定め、環境課題へのアプローチが“ど真ん中”にあることを、広く社内外に示した。
*原油、金属などの枯渇性資源
では具体的に、エプソンはどのような環境負荷低減のためのソリューションを展開しているのか。セイコーエプソン 代表取締役社長/CEOの小川恭範に聞いた。
技術は心の豊かさを生み出すもの
「さまざまな社会課題が山積するなか、求められているのはモノ・経済よりも、精神的・文化的な側面も含めた心の豊かさなのだと思います。ビジネスプロジェクター開発者として始まった私自身のキャリアですが、入社当初は単純な利益追求として仕事に取り組んでいました。しかし仕事に邁進していくなかで、次第に社会貢献につながることこそが、仕事のモチベーションを高め、ワクワクする気持ちで挑めるのだと気がついたのです。
それは創業以来一貫して環境課題にアプローチしてきたエプソンのDNAが、私にもいつの間にか浸透していたのだと思います」
そのうえでエプソンの強みを生かし、どのような価値を社会(顧客、パートナー、従業員を含む)に提供できるかを、小川は全社を巻き込んで考え抜いたという。
その結果、21年3月には、2050年に「カーボンマイナス」および「地下資源 ※消費ゼロ」を目指す「環境ビジョン2050」と、環境・共創・DXを柱とする長期ビジョン「Epson 25 Renewed」が制定された。21年9月には、そうした方針を内外に明確に示すために、パーパス「『省・小・精』から生み出す価値で人と地球を豊かに彩る」も発表された。
まずは、そのうちの2つの項目から小川は語り始めた。
「『脱炭素』では、全世界のエプソングループで使用する電力を、100%再生可能エネルギーとする目標を掲げ、設備の省エネ、温室効果ガス除去、サプライヤーエンゲージメント、脱炭素ロジスティクスなども実施します。
『資源循環』では、商品の小型軽量化/再生材活用などによる資源の有効活用、リファービッシュ/リユースによる製品の長期使用などの施策を進めています」
オフィスが生む環境への負荷を技術で解決したい
「お客様のもとでの環境負荷低減」では、オフィスの風景の一部となっているレーザープリンターと、使用済みの用紙に目を向けていると小川は言う。「レーザープリンターは多くの電力と熱を必要とし、交換部品も多い。CO2排出の観点からも、環境に負担をかけています。その課題をお客様とともに解決できないかと考えています。
『WorkForce Enterpriseシリーズ』に代表されるエプソンのインクジェット複合機/プリンターは、インク吐出時に熱を使わない技術(Heat-Free Technology)を採用し、省エネを実現しています。またサービス面においては、機種を購入することなく月々定額で利用できる『スマートチャージ』プランをご用意し、レーザーからインクジェットへのリプレイスを容易とし、オフィスの中からCO2排出量を削減していくことを推進しています」
世界のインクジェット技術をリードするエプソン独自のプリントヘッドを搭載した、「省・小・精」の技術の結晶ともいえるインクジェットプリンターへの切り替えはさらに、消耗品・交換部品の削減というメリットも生み出すという。
「オフィスに限定したモデルではありませんが、消耗品廃棄量を削減できる代表的な製品として、インクをボトルから補充できる大容量インクタンク(エコタンク)を搭載したラインアップがあります。わずらわしいインクカートリッジ交換が不要で低ランニングコストを実現しています。10年ほど前にインドネシアで発売を開始して以来、現在では世界中の多くのお客さまにご利用いただいています。」
「さらにオフィスにはもう一つ、紙の環境負荷の課題があります。エプソン独自の『ドライファイバーテクノロジー』を使用した乾式オフィス製紙機『PaperLab』を用いてオフィス内の紙資源を再利用すれば、紙の原料の運搬や製紙の流通で排出されるCO2を削減できます。紙の地消地産です。また、使用済みの紙の処分・輸送においては機密情報を読みとられる心配がありますが、『PaperLab』を使えば、使用済みの紙を繊維レベルまで解繊できるためセキュリティの不安も消し去ることができるのです」
また、エプソンは、インクジェット技術による環境負荷低減の取り組みを、オフィス領域のみならず、テキスタイルやサイネージ、ラベルなど、商業・産業領域のデジタル印刷にも広げている。短納期の小ロット生産に対応することができ、需要変動に柔軟に応え、売れ残り、廃棄ロスの削減が可能だ。
「環境技術開発」企業としてのエプソン
最後の「環境技術開発」は、独自の最先端テクノロジーで、持続可能で豊かな社会を実現するアクションだ。「『PaperLab』が搭載しているドライファイバーテクノロジーは、水を使わずに繊維化でき、用途に合わせた結合、成形を行う技術ですが、これはさまざまな素材に応用可能な技術です」
紙のアップサイクルだけでなく、すでにコットン衣類の縫製過程で発生する端材からのアップサイクルも成功している。
他にも金属粉末製造技術による金属資源の循環利用も、グループ企業のエプソンアトミックスにて行われていると小川は言う。
「いま始まっているのが、半導体の製造工程で使用するシリコンウエハーのリサイクルです。この技術により、限られた地下資源を再資源化できるようになります」
環境負荷の低減と経済性を両立
これらの変革の取り組みを、社内はどのように受け止めたのだろうか。施策を強引に進めれば、サステナビリティ・トランスフォーメーションはときに利益低下を招き、社内の不協和音さえ生んでしまいかねないからだ。「サステナビリティを実現する取り組みを実行していくうちに、若い世代の人から“自分がやりたい”と、続々と手が挙がるようになりました。私同様、環境課題解決、社会貢献が仕事の喜びにつながっていることを、彼ら彼女らは知っているのです」
もともと現場の自主性が尊重され、それを上司がサポートしていくのがエプソンの社風で、小川もボトムアップを強く支援している。そこに施策がピタリとはまった。
「社会貢献と、社員の生き生きと働く幸せが一致するからこそ、私も改革を強力に推し進めることができるのです」
最後に小川に、将来展望を聞いた。
「『省・小・精』の技術は、これまでさまざまな便利さを生み出してきました。しかし、どんなに機能的で便利でも地球に負担を強いてはなりません。『省・小・精』の技術は環境課題をも解決するものでなければならないのです。その思いは、創業以来ずっと、エプソンのDNAとして刻まれている思いです。
もちろん、環境課題の解決と経済性を両立するのは簡単ではありません。環境技術開発も非常に難しいものになります。
しかし長期的な視野に立てば、正しいことをしていると、私たちは知っています。だからこの先も、環境負荷の低減に向けて、循環型経済をけん引し産業構造の革新を推進していくことをビジネスの核として、変革を進めていくつもりです」
セイコーエプソン
https://corporate.epson
小川恭範(おがわ・やすのり)◎セイコーエプソン 代表取締役社長/CEO。東北大学大学院工学研究科卒業後、セイコーエプソンに入社。技術者として同社初のビジネスプロジェクターを手がける。2020年にセイコーエプソン 代表取締役社長/CEOに就任。