KSACとは何か、何をしているのか
「KSAC(ケーサック)」とは、「京阪神スタートアップアカデミア・コアリション(KEIHANSHIN STARTUP ACADEMIA COALITION)」の略称である。京阪神エリアの大学・産業界・金融界・自治体など56機関(2022年10月時点)が地域や組織の垣根を越えて参画しており、目的は「グローバルに活躍する大学発スタートアップを継続的に創出し、世界に伍するスタートアップ・エコシステムを構築すること」にある。
大学において日々積み重ねられる研究成果や先端技術。それらを世の中に変革をもたらすスタートアップのシードとして見た際、発芽および成長の実現性はあるのか。学究的世界から跳躍してグローバルに社会実装されうるのか。そうした審査を行ったうえで「起業活動支援事業」としてGAPファンドを提供(研究成果と事業化との間のギャップを埋めるための実証実験、試作品制作、ビジネスモデル検証にかかる資金を援助)するなど、事業化に向けたあらゆる支援を展開している。
21年度に「起業活動支援事業」に採択され、GAPファンドが提供されたのは、ライフサイエンス、ヘルスケア、ものづくり、情報通信、アグリビジネスなど7分野の26プロジェクトだ。22年2月には、それぞれの研究者あるいは学生(大学院生)がスタートアップの事業化構想を発表する「Demo Day 2022」を開催している。
また、10月にはKSACとForbes JAPANの連携企画として、3人の研究者による研究内容と事業化構想のピッチプレゼンテーション、その3人を含む11人の研究者との個別マッチング会およびネットワーキングを行う「NEXT PIONEER 2022-挑戦する次代の研究者たち- KSAC MATCHING DAY Vol.01」を開催した。
なお、来年2月28日には、同イベントのVol.02として、新たに13名の研究者との個別マッチング会を京都において開催する。
京阪神の大学発シーズの事業化を推進するKSACの起業活動支援事業
京阪神圏に生まれたスタートアップ支援の潮流はいかに育まれているのか。大学の研究シーズを世に送り出す産官学連携の事業について話を聞いた。
KSACには京阪神エリアの国公私立23大学が参画している。そのなかで主幹機関となっているのが京都大学だ。今回は、KSACの起業活動支援プログラムについて語ってもらうべく3人のキーマンにお集まりいただいた。そのひとりである木村俊作は現在、京都大学の産官学連携本部副本部長、オープンイノベーション機構副機構長という肩書をもち、産学連携活動に従事している。自身が工学博士であり、19年まで京都大学大学院工学研究科材料化学専攻教授を務めて定年で退任している。すなわち、知識と経験の宝庫であり、KSACがサポートする研究者に対して親身になって寄り添える立場にある。
「まずは、KSACの意義についてお話します。17年に文部科学省が立ち上げた『官民イノベーションプログラム』を契機にして『京都大学イノベーションキャピタル』が生まれ、『基礎研究のみならず、大学がスタートアップを創出し、学内にあるVCが大きな額を投資する』というかつてない流れができました。大学が社会課題の解決にも貢献していくために産官学連携本部を立ち上げ、積極的に学外に出ていく流れも始まりました。次に生まれるべき流れは、学外に出ていく意志をもった者たちが集まり、知見を共有し、組織としてスケールすることで拠点化することです。産官学が連携して大学発のスタートアップ創出を支援しようという大きな組織が生まれたことには、大変な意義があります。京阪神において、ここまで多くの大学がスタートアップ創出を目的にして集まれたのは、KSACがはじめてのことです」
研究・技術シーズに資金と人材が伴走
木村は世界のなかでもスタートアップ・エコシステムが活発に動いている地域として、シリコンバレー、ニューヨーク、ボストン、ロンドン、北京、テルアビブの6つを挙げた。これらの地域には、人と資金が集まっているという。人と資金の相乗的パワーがさまざまなステークホルダーを誘引し、スタートアップが健やかに成長することにつながっているというのだ。
「こうした流れを京阪神でも生み出せるか。私は、できると信じています。資金については、KSACでは年度ごとに『起業活動支援事業』に採択された研究・技術シーズに対してGAPファンドを提供しています。2021年度の事例を見ても、『熱中症の早期検知デバイスには欠かせない無線回路の開発がGAPファンドを得たことで進展した』とご報告いただいた大阪公立大学の竹井邦晴教授など、26の全事例において研究の飛躍に貢献しています」
その最たる例が、CoBe-Techとして法人化を成し遂げ、KSACを卒業していった大阪大学人間科学研究科 准教授の平井啓だろう。「臨床認知行動科学と行動経済学のエビデンスで人や組織の課題を科学的に解決する」という同社は22年5月の設立以来、すでに大手商社、コンサルティング会社、非営利組織、大手シンクタンク、大手メーカーとの契約締結を発表している。
「人については、KSAC内の起業活動支援評価委員会が選任した『専任支援人材』の存在が挙げられます。彼らが起業に向けてのサポートを行っています。必要に応じてアントレプレナーシップを注入するのはもちろん、『この新しい研究・技術シーズには、どのような市場および顧客が考えられるだろうか』といった起業に向けての最重要事項の一つひとつを二人三脚で考えていきます」
CXO候補人材のマッチングを推進
「事業化に向けての課題のひとつとしては、CXO人材の不在も挙げられます。『自分はCTO(Chief Technical Officer=最高技術責任者)として活躍したい。CEO(最高経営責任者)やCFO(最高財務責任者)として共に歩んでくれる仲間がほしい』という声が、大学の研究者からよく聞こえてきます。そうした思いに応えるべく、KSACでは研究者とCXO候補人材のマッチングするプラットフォームとして『ECPKANSAI』を立ち上げています」
そう話すのは、京都大学イノベーションキャピタルの投資第一部長であり京都大学産官学連携本部戦略統括部のメンバーでもある八木信宏だ。自身も薬学の博士号を有している。
「『ECP-KANSAI』では、ディープテックで起業を目指すCXO候補人材を全国各地から募集しています。そして、技術と事業の両方を理解する担当者が一人ひとりに寄り添ってオーダーメイドのマッチングサービスを行っていきます。現在は500人規模ですが、研究者からのあらゆるニーズに応えられるように今後もさらなる会員登録の拡大を目指しているところです。スーパーニッチ×スーパーニッチというかけ算ですが、そうして生まれる希少性こそが強みとなり、産業界に揺さぶりをかけ、次代を創造していけると信じています。新しくて夢があって輝いているものに対し、面白がってリスクテイクする。京阪神にはもともとそういう文化があると思います。それがスタートアップ・エコシステムの連環においても根づくことを願っています」
事務局が地域に横串を通して環境整備
KSACの事務局は、公益財団法人大阪産業局に置かれている。事務局を補佐するのが、京都におけるスタートアップ・エコシステムの推進を手がけている一般社団法人京都知恵産業創造の森だ。スタートアップ推進部長の湯川卓宏がKSACによる「起業環境整備」について教えてくれた。
「大阪産業局と京都知恵産業創造の森では、研究者からの起業に向けた相談に対応する窓口を設置していて、相談内容などの情報交換も各大学と行っています。相談内容はさまざまなので、VCやメンターとの壁打ち、弁護士や公認会計士といった専門家との相談などもセッティングするなど、臨機応変に活動しています。VCからの資金確保や事業会社との協業につながる『Demo Day』などのマッチングイベントも開催します。専任支援人材とも協力しながら、KSACに参画している経済団体、金融機関とも随時連携し、起業をサポートしています」
事業化を目指す研究一覧
すでに起業している大阪大学人間科学研究科 准教授の平井啓を除いた25人。これらの研究・技術シーズが2021年度の「起業活動支援事業」に採択され、事業化に向けて活動中。
木村俊作(きむら・しゅんさく)◎京都大学大学院工学研究科高分子化学専攻博士後期課程を修了し、同科材料化学専攻教授を2019年に定年退職。現在、産官学連携本部副本部長、オープンイノベーション機構副機構長に従事。
八木信宏(やぎ・のぶひろ)◎京都大学イノベーションキャピタル投資第一部部長。前職の大手製薬会社では学際融合による新事業領域の立ち上げを主導。基礎研究の成果から会社を生み出す創業案件を得意とする。博士(薬学)。
湯川卓宏(ゆかわ・たかひろ)◎1990年に京都府に入庁。2019年に京都知恵産業創造の森に出向。スタートアップ推進部長として主に京阪神圏のスタートアップ・エコシステムの形成などを担当。
京阪神スタートアップアカデミア・コアリション
https://ksac.site
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