未来予測は、企業が市場の潜在的ニーズを把握し、業界で先んじて手を打つことを可能にする。そして事業の持続性や成長性を見極める材料にもなるだろう。
しかし今はVUCAの時代。めまぐるしく変化する社会のなかで、「未来を予測することなど不可能ではないか?」そう思う人がいてもおかしくはない。
ここに、未来予測の手腕を発揮し、大企業の新規事業創出で成果をあげている人物がいる。デザインコンサルティングファーム NEWh(ニュー)のサービスデザイナー、北村菜穂だ。
北村は美術工芸系の大学でプロダクトデザインを学び、卒業後は新卒で入社した社内報制作の会社で、紙媒体を主体にコンテンツの編集・制作業務に携わっていたという異色の経歴の持ち主だ。
北村がどうやって現在地にたどり着いたのか。そしてどのように未来予測を行ない、新規事業創出に生かしているのか。
未来へと思考を飛ばす北村の思いと、未来予測の手法について探ってみたい。
情報設計への関心を生かすため、冊子を編集制作する仕事を選んだ
まずは、北村の原点を振り返ってみたい。
北村は高校時代からプロダクトデザインに関心を持ち、大学では製品デザイン学科で学んでいる。しかし、彼女がプロダクトデザインに惹かれたのは、外見の美しさや機能性だけではなかったという。
「当時は有名なプロダクトデザイナーの方の作品や、当時隆盛だった多様な携帯電話のデザインなど、ものの変容で人の生活や行動が変わることを面白いと感じていました。
大学に入ってからも、プロダクトそのものというよりは、人とものの距離を縮めるためにはどういうことをしたらいいのか、ということが興味の中心にあり、そこから情報設計に関心を持ち始めました」
就職活動では、GUI(※)をつくる仕事を希望していたが縁に恵まれず、企業のインナーコミュニケーションを支援する会社に入社した。主に担当したのは、企業の社内報だ。
「それまでは意識したこともありませんでしたが、世の中には多くの企業があること、それぞれが様々な工夫をして企業活動を営んでいることを知りました。当時は知らないことばかりで辛かった反面、企業を知るということは面白いぞ、と思うきっかけになりました」
この経験が、後にNEWhでの大企業の新規事業創出支援につながっていくことになる。
※グラフィカルユーザインターフェースの略。マウスやタッチパネルなどを用いて、視覚的かつ直感的にコンピューターを操作できるユーザーインターフェースのこと
シナリオプランニングと出会い、サービスデザイナーへジョブチェンジ
社内報の仕事の中で、記事の内容や入り組んだ情報を分解してわかりやすく伝える情報設計に携わるのは、北村にとって面白味のある仕事だった。しかし、3年ほどで転職を考えるようになる。
「もともとデジタルの分野に興味が強かったこと、かつ世の中で最先端にいるためにはデジタルをやっていないのはありえない、という焦りを感じていたのがきっかけです。社内報などの制作業務で身に付けたプロジェクトの進行スキルを生かして、新しいことをしてみたいと思いました」
そんな北村が転職先に選んだのが、博報堂傘下のイノベーションデザインコンサルティングファーム、WHITEだ。WHITEは、自社事業としてVRゴーグルの開発やコンテンツの制作を展開していた。そこでデジタルマーケティングプロデューサーとして、デジタルコンテンツの制作やSNSの運用支援などの進行業務を担当する。
北村に転機が訪れたのは、WHITE入社から2年ほどが経過したときだ。当時のWHITEは、VRゴーグルの制作・販売のような自社事業も行ないつつ、企業の新規事業創出支援を事業の軸にしていた。
もともとデザインを学んでいた経験や興味から、デジタルマーケティングプロデューサーという配属ではあったものの、北村がプランナーやデザイナーと一緒に、ビジネスやサービスを考える機会もあったという。
そこで出会ったのが、「シナリオプランニング」という考え方だ。
シナリオプランニングとは、変化の著しい世の中で、不確実性の高い未来を予測していく手法だ。今現在の最新の技術革新、社会や政治、法令の変化、メガトレンドなどを「未来の変化の兆し」と考え、それらを組み合わせて複数の起こりうる未来を予測する。
「未来予測はあくまで予測なので、つねに不確実な状態でプロセスが進んでいきます。その中でなるべく確実性を高めるために、多くのリサーチを行ないますし、様々な未来の兆しを組み合わせてみて、可能性のあるアイデアを探して多くの時間と労力をかけます。
大変な作業ではあるのですが、想像もしていなかった未来を垣間見られることは、今まで経験したことがない面白さだと感じました」
プロデューサーとして、プロジェクトを推し進める役割を担うよりも、特定の領域について深く突き詰めて考えるほうが自分には向いていると気づいた北村。それからWHITE内でも所属部署をサービスデザインチームへと変え、シナリオプランニングをはじめ、様々な手法を使いながら新規事業創出支援で力を発揮していく。
未来予測と定性インタビューを強みに、顧客に寄り添う
2年後、WHITEは自社事業を畳み解散。メンバーの多くは、WHITEの代表だった神谷憲司が立ち上げたデザインコンサルティングスタジオ、NEWhに結集する。北村もその一人だ。
WHITEで一緒に仕事をしていた時から、神谷は「新しいことを始める人の孤独を無くしたい」と自分の意思を度々口にしていた。
「今からまさに神谷さんは新しいことをするんだと思って。そんな時に、自分でも力になれることがある、一緒に孤独じゃない環境で新しいことができたらきっと楽しいし、面白いと思いました」
北村はNEWhで担当する案件でも、シナリオプランニングを活用することが多いという。その手法はどのようなものなのか。
「具体的には、まず一番はじめにこれから未来がどう変化していくのか?という予想を行なうために、世界の最新情報をたくさん集めます。それらを一つずつ組み合わせて、『これが起こった時にこれも起こると、もしかしたらこれも起こるかもしれない……』などと数珠繋ぎのように情報を掛け合わせて、小さな変化をたくさん予測していきます。
これらの小さな変化をまとめて大きな流れとして捉えます。そこからより詳細にどんなステップでその未来へたどり着くのかを、技術や社会などいくつかの評価軸を持った予測年表として年単位でつくっています。
例えば法令や道路の整備、大きな建築、イベントなど、10年程度であれば社会変化ですでに決まっているものを軸にしながら、『じゃあ、ここまでに技術はこんなふうに進むだろう』『人の気持ちはこんなふうに変わっていくだろう』と、リサーチをベースにしながら順番に考えていきます。
もちろんこうして未来を予測しても、何らかの変化が起きてその通りにならないこと、想像もしていなかった未来が訪れることなどは前提として考えなければなりません。作った未来を定期的に見直して、軌道修正をかけていくことが必要です」
シナリオプランニングの他にも、北村が企業の新規サービス創出支援をする中で重きを置いているのが、顧客視点で物事を捉えることだ。その中でも手法として、ユーザーへの定性インタビューとそれをもとにした分析を得意としているという。
「サービスを作っていく上で、自分たちが作りたいものを作ることはとても大切ですが、もう一つ大切なこととして、本当に世の中にはそれを求めている人がいるのかを捉えることです。実際に想定していた人は顧客になるのか、本当に求めているものは何なのかを見極める上で、インタビューはとても有効な手法だと考えています」
多様性が変化を生み、変化がイノベーションを生む
そんな北村が印象に残っているという事例を紹介しよう。あるメーカーが、それまでには全くなかった新しい技術を開発。その技術を活かした新サービスの開発を、NEWhが支援するというものだ。
その新サービスは技術ベースで考えられたものであったため、ユーザーのどんな悩みを解決するものなのかが不明確だった。
そんな中、北村はユーザーがどういうモチベーションで製品を使うのかなど、改めてプロジェクトメンバーに問いかけながら、作った仮説をもとに定性インタビューを通してコアターゲットの潜在的な価値観を掘り起こせるようにプロセスを整えた。
また、シナリオプランニングの手法を使い、将来的な社会状況や顧客ニーズについての予測を踏まえて、新サービスの最終的なコンセプトづくりにいたるまで、プロジェクトをリードした。
北村はこの他にも、PoC段階で止まってしまった事業を先に進める案件や、コンバージョン率が低いウェブサイトに対し、ユーザーリサーチをもとにリニューアルを支援する案件を担当している。いずれのケースでも、ベースになっているのはシナリオプランニングや顧客視点でのユーザー調査だ。
サービスデザイナーとして未来予測を武器として考える北村自身が、どんな未来を見たいと思っているのか、聞いてみた。
「大きい話になってしまいますが、誰もが多様性を否定しない社会がいいですね。いろんな価値観や考え方があっていいし、お互いに認め合えるほうが絶対に楽しい。多様性があればどんどん変化も起きます。
実はNEWhも新しい人が増えてきているのですが、それでどんどんNEWhが変わっていっている実感があります。変わっていくこと自体を私は楽しんでいて、これからどんな変化が生まれるのか、見たことのないものが見られるのかを楽しみにしています」
まだ見ぬもの・新しいもの、そして人への関心の強さは、いわばイノベーターの重要な資質だ。そう考えれば、多様性を否定したくないという北村が未来予測に長けているのは、ごく自然な帰結とも言えそうだ。