Forbes JAPAN Web編集長の谷本有香がモデレーターを務め、ウェルビーイングと食とのかかわりについて語り合った。
“つながり”が新たな価値を創造する
谷本有香(以下、谷本):近年、ウェルビーイングやウェルネスの基礎である食の領域でイノベーションが加速しています。皆様の食とのかかわりを教えてください。
大橋直誉(以下、大橋):私は飲食店の経営や開業コンサルタントなどをしています。もともとは料理人でしたが、料理が下手で接客のほうに移りました。ソムリエとしてフランスに行き、ワインの生産者や農家 との出会いもありました。そうした出会いに支えられ、自分でレストランを始めるまでに至りました。レストランは料理人だけでなく、サービスする人、農家さん、漁師さんなどたくさんの人が関与していますが、“コネクタ”になるような存在があまりない。私はフードキュレーターという肩書でその役割を担い、いいものをつくっている人たちに光が当たるよう働きかけています。
横田真人(以下、横田):私は、陸上競技の800mの選手でした。引退のときにたまたまお話をいただき、ゼロから自分でチームを立ち上げ、コーチをすることになりました。選手には当然、オリンピックでメダルを取ったり日本記録を出したりすることを求めています。しかしそれだけでなく、自分たちの価値をきちんと言語化し、競技を社会で広く知ってもらわないと、自分たちのマーケットは広がっていきません。ですので、一般の方が競技を楽しめる機会をつくることもやっています。陸上競技は審判とアスリートしかかかわれないと思われていますが、そうではなく、ボランティアの方も参加できる世界をつくり出してきました。スポーツやウェルビーイングはつながりが大事です。垣根を取り払い、場を設けることを事業として行っています。
食に関していうと、キッチンカーによるフード事業を最近立ち上げました。食べることはアスリートにとって重要な要素ですが、摂取するという観点だけでなく、人とのつながりやその場から得られるエネルギーなど、食とスポーツはすごく相性がいいのです。最初はイベントで食を提供することを考えていますが、最終的には人が集まる場の中心にスポーツと食があるという空間をつくることを目指しています。
下川亮(以下、下川):私は、何げない日常のなかでも心が豊かになる瞬間や、明日に立ち向かう活力を吹き込みたいと思い、どういった領域だったらそれができるかを考えてきました。いろいろな選択肢がありましたが、たどり着いたのが、人間にとって欠かせない食でした。
おふくろの味がいいという人もいれば、学校の給食がおいしかったという人もいるように、絶対的な尺度がないのが食の面白いところです。特に最近では、社会性や地域社会とのつながりがいろいろな側面で注目されています。国内外のシェフや生産者の方々、新しい素材をつくられている方たちとのつながりから新たな価値を共創し、分かち合うことを大事にしていくようなビジネスを展開していきたいと考えています。
ウェルビーイングは個々人のつながりから生まれるもの
谷本:皆様にとってウェルビーイングとは何なのでしょうか。
横田:スポーツの領域は、やはりまだまだ閉ざされた世界です。スポーツや競技にかかわるアスリートもそうですが、それ以外の人たちの思いを酌み取れる土壌がなければ、新しい価値は生まれません。まずはそういう価値観が入ってこられるような世界をつくっていきたい。それがウェルビーイングにつながると思っています。
大橋:私がウェルビーイングに対してできることは、みんなをまとめていくことだと思っています。コロナ禍でいい意味でも悪い意味でも、孤独でご飯を食べる環境が整いましたが、やはり食は、人と人とがつながる瞬間だと思
っています。ですので、生産者の情報や本当にいいもの、いろいろな人たちが正しいかたちでつながることを目指しています。
下川:ウェルビーイングは、価値を測る尺度が多様化しているなかで、いろいろなかたちで表現されています。個々人がそれぞれ感じるものではありますが、そのなかでも私は、人との結びつきやつながりを生みだすことが、大事だと思います。いかにして価値の物差しをもち、つながりを感じるきっかけをもてるかが、ウェルビーイングのひとつの要素だと思います。私は事業を通じて、それに気づくきっかけをたくさんつくっていきたいのです。
思いをもった人と人とをつなぎ、共創を演出するatirom
「日本には素晴らしい技術や思いをもった人がたくさんいますが、それらは広く知られずに埋もれてしまう可能性があリます。しかし、情報発信の仕方や伝え方を工夫すれば、それらはちゃんと伝わるはずです。その体験の場をつくることで、価値が認められる瞬間を演出したいという思いがありました」
2019年に立ち上げたコラボレーティブ・レストラン「atirom Tokyo」の狙いを下川はそう説明する。atirom Tokyoは、ジャンルを問わず日本中の料理人や生産者が一期一会のコラボレーションを行い、その作品を一般の個人に提供する住所非公開のレストランだ。
そのコラボレーションからすでにさまざまな商品が誕生している。特に話題になっているのが「富士山カヌレ」だ。
「このカヌレは、大橋さんとの出会いのキッカケにもなったプロジェクトです。大橋さんの経営しているフレンチレストランでお茶菓子として提供していた知る人ぞ知る逸品でしたが、店舗が香港に移転することになり日本から消えようとしていました。私はこういうポテンシャルのあるメニューを復活させ、たくさんの人に食べていただきたいのです」
いまブームとなっているカヌレだが、富士山カヌレはそれらとは一線を画する。普通は香り付けに洋酒が用いられるが、酒かすを使用し、地酒を原酒とすることで地産地消を実現。本場フランス人からも評価されているという。
ほかにも話題の商品として、バジルティー「atirom in the bottle」がある。店で提供されるものと同じ味が楽しめるようにと、容器に決められた分量が注げるボトルをデザインした。正しいかたちで提供しなければ、商品の本当のよさは伝わらないからだ。しかも繰り返し利用可能な瓶を採用し、環境にも配慮している。
atiromはコラボレーションレストランを全国で展開し、地方と地方をつなぐことを計画している。さらに下川が目指しているのは、時代と時代をつなぐ試みだ。
「私は、昨今目覚ましい進化を遂げている冷凍技術に注目しています。冷凍のいいところは、最高の体験をその場に閉じ込められることです。飲食店には、代替わりなどでノウハウが継承されないという課題がありますが、冷凍技術を使えば、優れたノウハウを未来に残すことが可能です。こうしたいろいろな技術や場を活用することで、食のさまざまな可能性を知るきっかけをお客様に提供する。結果として、人々の心が豊かになる瞬間をつくっていきたいのです」
「富士山カヌレ」(上)と「atirom in the bottle」(下)。
atirom
https://atirom.in
下川 亮(しもかわりょう)◎atirom代表。1988年生まれ。京都大学卒業。大手消費財メーカーの営業部門・人事部門・経営企画部門を経て、atiromを設立。現在に至る。