デジタル技術を基盤とした社会経済へと移り変わりつつあるビジネスシーンでは、こうしたマーケティング・ソリューションは、あらゆるビジネスパーソンに無縁ではない。では企業は、新たな時代に向けてどのようにデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進すべきなのか。その答えが、毎年恒例のデジタルエクスペリエンスカンファレンス「Adobe Summit」の基調講演とアドビ製品の最新技術や先進企業の成功事例を紹介するさまざまなセッションから浮かび上がってきた。
Web分析のAdobe Analytics、コンテンツ管理システム(CMS)のAdobe Experience Manager、マーケティングオートメーション(MA)のAdobe Marketo Engageなどは、マーケターであれば一度は耳にしたことがあるだろう。
それらを含むマーケティングテクノロジーをひとつにまとめた製品群・サービスが「Adobe Experience Cloud」である。その学びの場として、アドビがグローバルで開催する年次のデジタルエクスペリエンスカンファレンス「Adobe Summit」が、2022年3月16日-17日の2日間にわたりオンラインで行われた。
本カンファレンスから浮き彫りとなる重要なキーワードが「Personalization at Scale(大規模なパーソナライゼーション)」だ。オンラインとオフラインのあらゆるチャネルで、企業が顧客の好みやプライバシーを尊重したうえで、リアルタイムに適切な「体験」を提供できるかどうかが重要な鍵となることが示唆されている。今回はその初日の模様をレポートする。
パンデミック以降の顧客の変化に目を向ける
スピーカーの1人目は、アドビ会長、社長兼CEOのシャンタヌ・ナラヤンだ。
シャンタヌ・ナラヤン アドビ会長、社長兼CEO
「パンデミック以降の世界、人々の行動は大きく変わりました。デジタルコマース市場は急拡大し、昨年時点ではグローバル全体で10億ドル以上の売り上げを記録、今年に至っては米国だけでも同等の売り上げが見込まれています」
人々の消費行動は変化し、ビジネスはデジタル前提に変化した。シャンタヌは、普及したハイブリッドワークやリモートワーク、それに付随する社内外とのリアルタイムの共同作業などの働き方、医療現場でのリモート診療、学生の自宅学習などについて触れ、没入型ゲームやバーチャルコンサート体験とともに、すべてがデジタル基盤で行われつつあることを指摘する。
「物理的な世界でしかできないと思われていたことの多くが、デジタルでも可能になりました。人々の話題が集中しているメタバースも含め、物理世界と仮想世界の境界線が非常に曖昧になっています」
22年の「Adobe Summit」のメインテーマは、「Make the digital economy personal」だ。顧客体験を充実させるために、個人個人に合わせて体験をパーソナライズする必要があると、シャンタヌは言う。
「カスタマージャーニーを、あらゆる顧客接点でリアルタイムにデザインし、利用チャネルを問わず、より的確な顧客体験を創出するのです」
そのためにはリアルタイムで膨大なデータを処理し、適切なメッセージをタイミングよく顧客に届け、ビジネスに結びつける必要がある。果たしそんなことが可能なのだろうか。
それを実現できるのが、優れた「顧客体験」によりビジネスを成功に導く包括的なデジタル基盤「Adobe Experience Cloud」なのだ。
アドビには「世界を動かずデジタル体験を」というミッションがあるが、この「Adobe Experience Cloud」はビジネス面で顧客のデジタルエクスペリエンスを刷新し、ビジネスの世界を大きく進化させるという目的をもっているようだ。
※図1
顧客一人ひとりの状況に合わせて、価値ある体験をリアルタイムに提供
次に登場したのが、アドビ デジタルエクスペリエンス事業部門担当プレジデントのアニール・チャクラヴァーシーである。アニールはデジタル基盤としての「Adobe Experience Cloud」の構成について言及し、それぞれのアプリケーションが連携することで、顧客のパーソナライゼーションにいかに貢献するかを解説した。
アニール・チャクラヴァーシー アドビ デジタルエクスペリエンス事業部門担当プレジデント
「パーソナライゼーション自体は目新しいものではありません。しかし将来の成功を決定づけるために『Personalization at Scale(大規模なパーソナライゼーション)』として、この言葉を打ち出しました。つまり、オンラインとオフライン、PC、タブレット、スマートフォンなどのデバイスを含めたあらゆるチャネルで、企業が顧客の好みやプライバシーを尊重したうえで、リアルタイムにその人ならではの適切な「体験」を提供していくということです」
そのために「Adobe Experience Cloud」は、データインサイト&オーディエンス、コンテンツ&コマース、カスタマージャーニー、マーケティングワークフロー(※図1参照)などから、ビジネスのあらゆる部門をシームレスに連携統合できるようにしたとアニールは言う。
「顧客にとってパーソナライゼーションとは、どのように感じることなのでしょうか。目安となるのがfast(高速)、easy(容易)、safe(安全)、familiar(使いやすい)、entertaining(楽しい)、satisfying(満足)という一連の言葉です。
それらの要素を同時に味わうことができたとき、顧客は『まるで魔法のよう』と感じるのです」
また、アニールは今年の「Adobe Summit」で3つの柱を掲げた。
1. Real-time customer data(リアルタイム顧客データプラットフォーム)
21年12月時点で、アドビは1日あたり24兆を超えるオーディエンスセグメントを処理し、世界中のさまざまな業界の企業を支援している。
「必要なのは、リアルタイムで実用的なエクスペリエンスデータ。そのデータをもとにインサイトを収集、整理、管理、可視化し、精緻な意思決定につなげることです。そのためには企業全体でそれらを包括的に取り組み、顧客の期待にリアルタイムに応えることが重要です。これを実現できるのが、Adobe Real-Time CDPです」
今回、Adobe Real-Time CDPにかかわるいくつかの機能拡張が発表された。サイトやモバイルアプリなどの体験を仮説検証し、AIによるパーソナライズ化を得意とするAdobe Targetと、既知と匿名の顧客データをひとつに統合・活用する次世代の顧客データプラットフォームであるAdobe Real-Time CDPの統合もそのひとつだ。
2. Content velocity(コンテンツベロシティ)
「リアルタイムで実用的なエクスペリエンスデータをもとに、クオリティの高いコンテンツを作成することが最も重要です。そして優れたパーソナライズ・コンテンツを実現するには、ページビュー、訪問回数、バウンス率などの主要指標を、制作プロセスをまたいで、関係者すべてが利用できる環境が必須となります」
今回そうしたコンテンツベロシティの実現のために、Adobe WorkfrontとAdobe Creative Cloudエンタープライズ版、Adobe Experience Manager Assetsの統合が発表された。この製品統合により、Adobe PhotoshopやAdobe Illustratorなど「Adobe Creative Cloud」製品を活用しているクリエイティブ部門のアイデア創出やコンテンツ制作から、Adobe Experience Managerなど「Adobe Experience Cloud」製品を活用しているマーケティング部門によるコンテンツ配信までの一連のワークフローをエンドツーエンドで行えるようになったという。
アドビは、長年切望されていたユーザーの期待に応えたのだ。
3. Seamless customer journeys(カスタマージャーニー)
あらゆるデータがリアルタイムで流れるなか、大規模なパーソナライゼーションを実施するには、顧客にとってシームレスな体験を提供することが必要である。それぞれの「体験」は連携し、連続性と一貫性が維持され、購入に至るという流れだ。オムニチャネルでパーソナライズしたカスタマージャーニーを実現するアプリケーションAdobe Journey Optimizerは、広範で一般的なキャンペーンからリアルタイムのモバイル体験まで管理できるという。また、日本においてはB2B企業にとって馴染み深いAdobe Marketo Engageも、顧客をパーソナライスされた会話へと導くDynamic Chatでバイヤージャーニーを加速させることができる。
「最終的にはデジタル取引が成立して、はじめてジャーニーは成功したと言えます。そのためのデータテクノロジーを駆使したサポートを、アドビは今後も進めていくつもりです」
他にも、「Adobe Experience Cloud」の製品群における新機能の紹介が次々と行われていった。
それらすべてが、パーソナライゼーションの精度を高める方向へと企業を加速させるのだ。
「攻め」から「消費者への直接的な働きかけ」へ転換したナイキの戦略
その後もドラッグストアの運営を中心に健康サービス事業を展開するWalgreens Boots AllianceのCEO、ロザリンド・ブリューワーや、著名な俳優でありながらマーケティング企業を経営するライアン・レイノルズ、初のNFT化チケットを発行したReal MadridのChief Transformation Officerであるマイケル・サザランドらが登場し、事例を語っていく。
ロザリンド・ブリューワー Walgreens Boots Alliance CEO
ライアン・レイノルズ
マイケル・サザランド Real Madrid Chief Transformation Officer
なかでも印象的だったのが、NIKE Inc. CEOのジョン・ドナヒューによる、パンデミック下のスポーツ愛好顧客に向けた施策における「Adobe Experience Cloud」の活用だ。
「誰も予想しなかったことですが、パンデミックをきっかけにスポーツは姿を消しました。
いまでもスポーツは、人と人を結びつける貴重なものだと考えます。相手を憎んだとしても試合が終わったら握手をする、それこそがスポーツ。いまほどスポーツが必要とされている時代はないと思います」
ジョン・ドナヒュー NIKE Inc. CEO
休業状態となったスポーツ。しかし人々は、寝室やリビングルーム、キッチンで体を鍛え始めているという。さらにこの2-3年は、さまざまな意味でコミュニティにとってのスポーツの大切さが注目されてきた。ナイキはスポーツが内包するコミュニティのため、ひいては希望、感動、健康のために何をすべきかを考え始めたという。
「まずNike Train ClubとNike Run Clubのモバイルアプリを無料で提供し、自宅の居間でもトレーニングできる環境をサポートしました。また、スポーツだけでなく小売店も閉鎖されたことで、顧客はモバイルアプリやデジタルコマースで購入するようになりました。私たちが見ているのは消費者であり、彼らが望んでいるのは「シームレスで特別にパーソナライズされた体験」です。それらに対応するためにバリューチェーンとして導入したのが、デジタルだったのです。このように、(ナイキの)デジタル変革の原動力となったのは、消費者からのインサイトでした」
5年かかると思っていた消費者行動の変化が2年で起こったことで、ナイキはそれまでの消費者に直接「攻める」という戦略から、デジタルで「消費者への直接的な働きかけを加速する」戦略へと転換した。さらにドナヒューは、スニーカーコミュニティでの価格高騰に終止符を打つ施策についても考えているという。
「高い金額を出せない本来のスニーカー収集家が楽しめるように、ナイキ、ジョーダン、コンバースなどの人気スニーカーをNFT化したいのです」
「Adobe Experience Cloud」を導入したことで、ナイキはマーケティング部門やデータ部門、商品デザイナーや商品クリエイターなど、部門をまたいだ業務効率化や自動化が実現し、ナイキの強みと誇れる素晴らしいプロダクトデザインが次々と生まれ出したという。
魔法のような「顧客体験」を通じて、デジタルエコノミーを加速させる「Adobe Experience Cloud」。膨大なデータをもとに瞬時に構築されるパーソナライゼーションは、ビジネスの未来を大きく変えるゲームチェンジャーとなるはずだ。
>>「Adobe Summit」レポート後半はこちら
「Adobe Summit」米国本社よりオンデマンド配信中 ※一部、日本語字幕あり
「INSIGHTS from Adobe Summit」アドビ社員による解説ウェビナー ※オンデマンド配信