AIとIoTを駆使し、水槽の中に海洋環境を再現して本物のサンゴ礁をつくる。独自開発した「環境移送技術」を軸に、これまでにないビジネス展開を目指してさまざまな企業にアプローチしてきました。技術に自信はあるものの、なぜか期待する反応を得られないことがしばしば。どうすればサンゴや自社プロダクトの魅力がもっと伝わるのか、と高倉さんは悩んでいます。
お悩み「サンゴの魅力をもっと伝えるにはどうすればいい?」
2019年に創業した株式会社イノカは、IoT・AI技術を活用して生態系を陸上に再現する環境移送技術を開発、提供するベンチャーです。この技術を利用して、水槽の中にサンゴを中心とした海の生態系を再現してきました。
環境移送技術とは、海の環境を水温や波、光、水質、微生物など複数のパラメーターで抽出、分析し、自動制御で水槽の中に同じ状況をつくり出すというもの。例えばサンゴの生息する沖縄の海洋データを切り取れば、都会の一室にある水槽の中に沖縄の海を再現することができます。観賞用に本物の生きたサンゴを育てられたり、研究用に安定した環境で生態系を観察したりといったことができるようになるそうです。
生物多様性の根幹であるサンゴは、多くの人が知るところになった気候変動と同じく、今後20年で激減すると危惧されているグローバルな課題。環境移送技術が「海の医師」になれる技術と考え、これまで研究開発を続けてきました。
そんなイノカを率いる高倉葉太さんの頭を長らく悩ませてきているのが、「サンゴの魅力がうまく伝わらない」こと。さまざまな企業にアプローチする機会はあっても、「われわれのビジネスとは、あまり縁がなさそう」といった反応が少なくないそうです。
多くの企業にとって遠い存在と捉えられている中で、どうすればビジネスの可能性を感じてもらえるのか? 試行錯誤したものの明確な答えを見いだせず、高倉さんはお悩みピッチの門をたたきました。
お悩みを聞いたお助け隊からは、経営者としての経験やそれぞれの考えからさまざまなヒントが示されます。サンゴの魅力の伝え方が当初のお悩みでしたが、ピッチが進むにつれ、そこに至るためのアプローチにアドバイスが集中していきました。
何にワクワクして始めたの? 「WHY」を見つめ直すべき。
「知名度のないところからどうやって魅力を伝えるのか。微細藻類ユーグレナ(和名ミドリムシ)がほぼ知られていないところから事業をスタートされたユーグレナ社の永田さんに、まずはご意見を伺いたい」とファシリテーターを務める齋藤潤一さんが、株式会社ユーグレナ 取締役代表執行役員 CEO 永田暁彦さんに投げかけました。
「同じ水の中の生物を扱う会社として、とてもシンパシーを感じる」と笑顔を見せた永田さんは、まず目指すゴールについて問いました。
永田さん
「人々が何かを認知して、理解して、次に期待しているのは人の行動変容なんじゃないかなと思うんです。サンゴの魅力が伝わった後の、人々が行動変容する要素は何なのか? きっとその量が多い状態が、『魅力が伝わっている』状態と同義だと思うんですよね。まずはそれを教えていただけると話がすごく前に進むんじゃないかと思うんです。いかがでしょうか?」
もともと子どものころからアクアリウムが好きだった高倉さんですが、サンゴに惹かれた理由は、「生物としてのポテンシャル」でした。
サンゴは、動物なのに共生生物の褐虫藻をコントロールして光合成をし、生物なのに長い時間を積み重ねてサンゴ礁という地形にもなれる変わった生き物です。そこには海洋生物の25%が生息しており、サンゴから病気の治療薬が実用化されているなど、サンゴとその生態系を研究すれば、さまざまな技術に応用できる可能性があるそうです。
「サンゴのみならず、サンゴを思うことで、人は多くのことを学べるのではないかと考えています。そうした可能性を知ってもらい、サンゴを軸にイノベーションを生もうとする人が増えてほしい、さまざまなプレーヤーに参入してほしいんです。僕が一番望む行動変容は、そこです。そうなっていけば、本当の意味で企業投資の対象になり、自然とサンゴを守ることにもつながるはず」。これは、高倉さんが株式会社にこだわった理由でもあるといいます。
サンゴの可能性とその先のビジョンを聞いた永田さんは、あえて厳しいアドバイスを投げかけました。
永田さん
「最初に伝えたいと思ったのは、『世の中はいいことにあふれている』ということです。例えば、海外の恵まれない子どもたちを救うとか、海のごみを減らす方法を考えるとか、社会にとっていいことになるアクションを具体的に起こしている人はたくさんいます。私たちの微細藻類ユーグレナ(和名ミドリムシ)も、石油の使用量を減らせる可能性もあるし、社会のために役立つもの。でも、誰もわかってくれなかった当初は、『どうして?』って思っていました。ただ、あるときに気づいたんです。世の中にはいいことがあふれていて、人々はそれを選択して生きていることを。それをまず、客観的に受け入れる必要があるんじゃないかと思うんですね」
永田さんは、厳しくも愛情をもってさらに踏み込みます。
永田さん
「そして、『何をもって選択をしているのか』を、自分で理解していかなければならないと思います。私は、『究極、人は自分の得のために動く』と考えています。社会にいいことも、結果的に自己承認や健康などの自分の得になるかもしれない。この『言語化』や『見える化』は、怠けてはいけないことだと考えています。株式会社として、自分たちの正義を押し付けるのではなく、相手の正義にどう変換できるかは重要だと思います。株式会社という資本主義の中で生きるという覚悟はありますか? という問いもあります。少なくとも今日、『真剣に話を聞きたい』とここにいる人たちを感動させることができないと、人々は動かせない。このN=1を徹底して向き合って価値をどうやって伝えるか、特に相手が行動変容をするのかというところに徹底すべきだと思います。まだ主語が自分になっているように受け取ったのですが、どうですか?」
ベンチャーキャピタルのシニフィアン株式会社 共同代表 朝倉祐介さんもアドバイスします。
朝倉さん
「お話を伺ってきて、僕がまだわかっていないのが『サンゴの魅力』です。いろいろなものに転用できるなど、サンゴは可能性を秘めたものなんだなとは感じましたが、実際に私は何をすればいいんだろうと思ってしまったんですよね。サンゴの魅力は何なのか。それを誰に届けたいのか。それによって何をしてほしいのか。ひょっとしたら、そこは深掘りの余地があるのかもしれません」
また、数多くのスタートアップ経営者を見てきた朝倉さんは、『取り組んでいる当人にとっての当たり前』に向き合う必要性を伝えました。
朝倉さん
「事業やプロダクトの魅力って、ずっと取り組んでいる人たちの中では当たり前すぎて、『魅力って自明でしょ。こんなにいいものなんだから、素晴らしいに決まってるじゃん』って、ご自身の中でふくらんでいるんだと思うんです。けれど、やはり初見の人たちには伝わらない。まずは丁寧に言葉にしてあげることが、コンテンツの部分で大事なのかなって思いました。スタートアップで大切なのは『旗を掲げる』ことだと思うんですね。ビジョンや野心を掲げ、仲間や資金を集めていく。そうしたプロセスで大事になるのが、『魅力を言語化する』ことだと思います」
ファシリテーターの齋藤さんが高倉さんに、「端的に言うなら、なぜ(WHY)サンゴの魅力を伝えたいんですか?」と聞きました。すると、その問いに高倉さんは、「あらためて聞かれると、すごい難しい質問ですね」と答えに詰まってしまいます。
すぐに助け舟が出されます。同じくスタートアップである、空きスペースを荷物の預かり所にした世界初のシェアリングサービスを展開し、誰も知らなかった新しいサービスの魅力を伝えてきたecbo株式会社 代表取締役社長の工藤慎一さんと、地球環境と子育て家庭の健康に配慮した新しいベビーフードブランドなどを手掛ける株式会社MiL 代表取締役CEOの杉岡侑也さんが、「なぜ?」の考え方をアドバイスしました。
工藤さん
「この質問、『なぜ?』って考えると結構ワナにはまるんですよね。完成するとこんなことになる! みたいにすると、話をしやすくなりますよ」
杉岡さん
「楽しいやつですね!」
工藤さん
「そう、楽しいやつです。『こうなったらいいな』っていうイメージ。事業が成長していくなかで伝えるべき魅力も変わってくると思うので、僕は『真に伝えることって何だろう?』と日々考えています。それに対して『自分がワクワクするのか』にも常に思いをめぐらせています。自分がワクワクしない魅力は感情のない言葉でしかないし、周りの人も感動しません。誰かに伝えるための努力もできなくなります。この魅力をなぜ伝えたいんだろう、何にワクワクしてるんだろう。会社組織なら、これを探し続けるのが代表の仕事かなって思っています」
伝えるとは? チームの中での自分の役割とは?
ファシリテーターの齋藤さんが、「ホームページを見ると、杉岡さんは『伝わる』ことをすごく重視されていると感じました。記事の一つ一つからも、温かみや愛情がとても伝わってきます」と、先ほど工藤さんに共感した杉岡さんに、意識していることを聞きました。
杉岡さん
「私は映画や漫画、ドラマが好きなんですが、感動したら自然と伝えたくなって、人にしゃべっちゃっているなって思うんです。そういう作品の共通点は、おそらく作者が作品を通して最後に何を伝えたいのかがバチッと決まっている。そういう物語に感動しているんだと思います。会社も、いわば作品じゃないですか。起業して20年後にできる作品がどういうものなのか。それが今の時点である程度見えてないと、いい作品ってなかなか生まれません。永田さんがお話しされたとおり、世の中にはいいことがあふれていて、本当に目新しいことってなかなか難しいと思うんです。だから私たちは、何か新しいことを伝えようというよりも、すでにあるものをリプレイスしていこうと考えをシフトした瞬間がありました」
ヘルスケア×テクノロジー分野でチャレンジしている杉岡さんは、データが必須となるヘルスケア領域で唯一、そもそも記録する習慣が何十年もあった子育て領域に着目したといいます。すでにある習慣をよりやりやすくする方法を出したとき、人々に伝わって世の中が動くというところまでいけるのでは、と考えたそうです。
杉岡さん
「たどり着きたいゴールをイメージし、従来の行動や習慣にサンゴの特性を生かせる部分を置換していきながら探していくのも、魅力を伝えるためのアプローチの一つかもしれません」
ここまでの話を聞いてきた永田さんが、「あらためて思ったんですが……」と急に口を開きました。頭に浮かんでいたのは、ユーグレナ社の創業者であり微細藻類ユーグレナ(和名ミドリムシ)の研究者でもある戦友の出雲充社長。何やら重なる部分を感じたようで、これまでとはまったく違うアプローチを話し始めました。
永田さん
「もしかすると、今の状態にいろいろな要素を追加するより、本当の意味でのパートナーをつくることに命を懸けるのがすごく大切なんじゃないかなって思っています。というのも、僕たちの会社は出雲が社長、自分が代表執行役員CEOという不思議な体制なんですけど……まさに出雲が同じ感じなんですよね」
永田さん曰く、出雲社長は口を開けば「ミドリムシ、ミドリムシ、ミドリムシ」といい、「何の役に立つのか?」「なぜミドリムシなのか?」と聞いても、「そういうことじゃない、とにかくミドリムシなんだ」と答えるような傑物だそうです。
永田さん
「高倉さんも、『サンゴ、サンゴ、サンゴ』って言いそうじゃないですか(笑)。でも、それって実は稀有な存在なんですよね。そこがイノカの本当の価値なんだと思います。経営ってCEOや社長だけがやるものではなく、経営はチームがやるものだと思っています。その方が魅力や価値を抽出して変換して伝えられると思うので、どうやったらそうした一般化する能力をもった人たちをサンゴという分野に、イノカに飛び込んでくれるのかだけに集中して真剣に考えればいいんじゃないかなと思いましたね。だから、高倉さんはそのままでいい。そうじゃないと、逆に高倉さん自身のよさを消すアクションにつながりかねないなと思って。そういう自分をちょっとだけ意識してチームをつくれば、うまく回っていくのかもしれませんね」
チームの力で誰にでもわかる、伝わる言葉に。
ファシリテーターの齋藤さんが高倉さんに、「お助け隊の皆さんのお話を聞いて、どうでしょう?」と問いかけました。すると高倉さんは、「サンゴの魅力を伝える前に、その魅力の言語化とチームの重要性に気づかされた」と話します。
「自分のホームフィールドで戦うことが多かったからか、初めて会う方々にサンゴやプロダクトの魅力を全然伝えられていないんだなってことを痛感しました。それを解決するためのさまざまなヒントもいただけたので、まずはわかりやすく伝えていくためにどうするのか、それを徹底していきたいと思います」
さらに、これまで高倉さんの考えを、実際に形へと落とし込んできたのは他のチームメンバーだったことを思い返したといいます。
「それぞれが専門領域をもち、頑張りながらここまでやってきたチームです。あらためてすごい専門家に支えてもらっているんだなって感じました。チームとして強くやっていくことを肝に銘じたいと思います」と決意をにじませました。
高倉さんはピッチを終えて、「自分自身が大変で人に相談もできず、ビジネス視点の話を聞く機会もほとんどなかったので、皆さんの意見を伺えてよかったです。もともと尊敬する経営者だった永田さんとお話ができたのは、本当にうれしかった。自分たちの大きな目標として、背中を追っていきたいです」と、若手経営者にとって先輩や同年代の経営者に相談できるいい機会になったようです。
第7回セッションを受けて、お悩みピッチを主催するアメリカン・エキスプレス 須藤靖洋 法人事業部門副社長/ジェネラル・マネージャーは、「開催するたびに感じますが、企業規模もステージも問わず、お悩みをもっている方とアドバイスする方、両者それぞれに学びがあるのが魅力ですね」と、あらためてお悩みピッチの価値を言葉にしました。
Forbes JAPANの藤吉雅春編集長は、「一つのお悩みに対して、本当にたくさんのアドバイスが出てくるんだなと感じました。やはり皆さんが同じことで悩んでらっしゃった時期があって、そのプロセスが知恵になっているんですね」と、お助け隊の言葉の裏にある数々の経験を感じたようです。
プロダクトやサービスの魅力を突き詰めていくと、その先に会社の魅力や存在価値も見えてきます。未来をつくる経営者が迷ったとき、お悩みピッチがそのアプローチのヒントを見つけられる場となるべく、Forbes JAPANとアメリカン・エキスプレスは経営者同士の助け合いが広がっていくことを心から願い、これからもサポートしていきます。
▶︎実は……もっと濃い話があります! お悩みピッチ第4回 30UNDER30編は動画でもぜひご覧ください!
CASE7のお悩みピッチをビジュアル化すると……
▶︎「お悩みピッチ2021」特設サイト&これまでの「お悩みピッチ」はこちら
【お悩み人】
高倉 葉太 氏(株式会社イノカ 代表取締役CEO)
東京大学工学部卒業後、AIや機械学習の研究に携わる。ハードウェア開発企業の設立を経て、2019年にAIとIoTで生態系を再現するイノカを創業。独自の環境移送技術で、サンゴを中心とした海の生態系を水槽の中に再現し、海洋の生物多様性を守るための研究環境を整え、100年先も人と自然が共生できる社会をつくることを目的として活動している。Forbes JAPAN 30 UNDER 30 2021 「サイエンス&テクノロジー」部門選出。
▶イノカ
【お助け人】
永田 暁彦 氏(株式会社ユーグレナ 取締役代表執行役員CEO)
慶應義塾大学商学部を卒業後、独立系プライベート・エクイティファンドに入社し、プライベート・エクイティ部門とコンサルティング部門に所属。2008年にユーグレナの社外取締役に就任。ユーグレナの未上場期より事業戦略、M&A、資金調達、資本提携、広報・IR、管理部門を管轄。技術を支える戦略、ファイナンス分野に精通。現在は代表執行役員CEOとしてユーグレナの食品から燃料、研究開発などすべての事業執行を務めるとともに、日本最大級の技術系VC「リアルテックファンド」の代表を務める。
▶ユーグレナ
朝倉 祐介 氏(シニフィアン株式会社 共同代表)
競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィへの売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員などを経て、現職に至る。株式会社セプテーニ・ホールディングス社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。
▶シニフィアン
工藤 慎一 氏(ecbo株式会社 代表取締役社長)
Uber Japanの立ち上げを経て、2015年6月ecboを設立。2017年1月、店舗の空きスペースを、荷物の一時預かり所にする世界初のシェアリングサービス「ecbo cloak」の運営を開始。ベンチャー企業の登竜門「IVS Launch Pad 2017 Fall」で優勝。2019年9月に、Amazonと提携し、店舗の空きスペースで宅配物を受け取るサービス「ecbo pickup」の運営を開始。
▶ecbo
杉岡 侑也 氏(株式会社MiL 代表取締役CEO社長)
高校卒業後、大学受験に失敗したことで5年間のフリーター生活を送る。人生のどん底から、環境に恵まれ復活した経験を経て、“人の可能性は無限大”であることを証明するため起業。2016年には大学生のキャリア支援を行うBeyond Cafe、2018年には中小企業支援、非大卒者のキャリア支援を行うZERO TALENTを創業。同年に、フード×ヘルスケアスタートアップ・MiLを妻とシェフの3人で立ち上げる。
▶MiL
【2021年お悩みピッチファシリテーター】
齋藤 潤一 氏(一般財団法人こゆ地域づくり推進機構 代表理事/AGRIST株式会社 代表取締役 兼 最高経営責任者)
米国シリコンバレーの音楽配信会社でクリエイティブ・ディレクターを務めた後、帰国。 東日本大震災を機に「ビジネスで地域課題を解決する」を使命に地方の起業家育成を開始。 2017 年に宮崎県児湯(こゆ)郡新富町役場が旧観光協会を法人化し、一般財団法人こゆ地域 づくり推進機構を設立する。
▶一般財団法人こゆ地域づくり推進機構
▶︎AGRIST
「そう、ビジネスには、これがいる。
アメリカン・エキスプレス