課題大国日本。いま、我が国ではさまざまな課題解決に向けて、産官学が一体となった数多くの事業が推し進められている。そのソリューションの多くは、「先端テクノロジーの社会実装」だ。
東京都でも、「自動運転」「ドローン」「ロボット」といった分野での先端技術を普及拡大するべく、さまざまな支援を行ってきた。こうした流れが加速するなかで、東京都が「今後も支援の取り組みを強化する」と公表し、大きな期待を寄せている分野がある。
「空の移動革命」だ。
「未来を拓くイノベーションTOKYOプロジェクト」は、都内のベンチャーや中小企業が取り組む革新的なサービス・製品などを対象に、その開発、改良、実証、販路開拓に要する経費の一部を東京都が補助する仕組みだ。単に資金を援助するのではなく、当該分野に知見がある大企業とのオープンイノベーションによって、社会にポジティブなインパクトをもたらそうとしているベンチャーや中小企業のプロジェクトを支援しているのが特徴と言えるだろう。
SkyDrive 代表取締役 CEO 福澤知浩
100年に1度のモビリティ革命に向けて
このプロジェクトの開始初年度となった2018年に採択された企業が、SkyDriveである。同社は電動垂直離着陸型航空機、すなわち「空飛ぶクルマ」の開発に取り組んでいる。
「私たちは、『100年に1度のモビリティ革命を牽引する』というミッションを掲げています。1908年にT型フォードが発売され、人々の乗り物が馬車から自動車へと移り変わりました。いま、自動車はEVや自動運転などの技術によって大きな変革期を迎えようとしていますが、私たちが目指しているのは、さらにその先の『空の移動革命』であり、そこでファーストペンギンとなることです」
そう語るのは、SkyDriveの代表取締役CEO・福澤知浩だ。「空飛ぶクルマ」にも電動化や自動運転の技術は用いられるが、社会に与えるインパクトは地上を走行する車とは異なるものになる。また、身近で手軽な乗り物となることで、ジャンボジェットなどの旅客機とも異なる利便性を創出できる。人と物の移動における顧客満足度は、時間と場所の制約をいかに乗り越え、かつてない自由と利便性を手に入れられるかで決まる。「空飛ぶクルマ」ほど、自由と利便性への期待値を高める移動手段はないだろう。
「空飛ぶクルマ」が変革をもたらすのは、交通・物流のみではない。救急・災害・観光・エンタテインメントの現場でも活躍することが容易に想像できる。
「空飛ぶクルマ」の公開有人飛行に成功
そしていま、未来は現実になろうとしている。
「20年8月、SkyDriveは公開有人飛行に成功しました。「空飛ぶクルマ」の開発には軽量化や航続距離延長など、クリアすべきポイントが数多くあります。そのなかで、もっともコアなポイントと言えるのは、有人飛行に耐えられる安全性の確保です。18年に『未来を拓くイノベーションTOKYOプロジェクト』に採択されて以来、得られた資金は安全性の確保に向けた技術開発や部品調達に投じてきました。その甲斐あって、有人飛行試験の成功というマイルストーンを通過することができたのです」
国内に拠点を置いて「空飛ぶクルマ」の開発を目指す事業者のなかで、公開有人飛行にまでこぎつけたのはSkyDriveが初となる。昨年夏の飛行試験には全国のメディアが集まり、多くのカメラが「SD-03」と呼ばれる機体の雄姿を捉えた。
しかし、人を乗せて飛び立つまでの道のりは、決して平坦なものではなかった。
「18年の段階では、重大事故を引き起こす可能性がある不具合の洗い出しからスタートしています。当初は失敗の連続でした。『飛行ユニットが設計時の出力を発揮できない』『機体の剛性不足に起因する飛行時の不安定事象が発生』といった課題に悩まされてきたました。私たちの事業は、誰かの成功事例を追いかけるようなものではありません。私たち自身が最初の成功者となるためには0を1へ、そして100へと着実に積み上げていく必要があります。私は自分たちの仕事をマラソンに例えて社員と話をすることがあります。ゴール地点が見えているなかで、課題をひとつひとつクリアし、マイルストーンを通過していく過程では、より効率的に、より早く走ることが求められます。そのためには資金はもとより、共創してくれるパートナーの存在が欠かせません。『未来を拓くイノベーションTOKYOプロジェクト』で共創していくメンバーに加わっていただいた日本電気様とは、現在もさまざまな面でご協力をいただいています。そうした共創の成果として、私たちは有人飛行成功のニュースを世界に発信することができたのです」
物流ドローン「SkyLift」
「物流ドローン」は、すでに実用化が完了
20年8月のニュースに続き、SkyDriveは21年9月に新たなニュースを届けてくれた。「空飛ぶクルマ」と共に開発を進めていた「物流ドローン」のデリバリーを開始したのだ。
「その名のとおり、『物流ドローン』は荷物を運ぶためのドローンです。有人飛行を実現している「空飛ぶクルマ」の技術があってこそのハイパワーモデルで、道路や線路のインフラがない山間部にまで、物流の網目を張り巡らすことが可能になります。すでに数機が納入済みで、まずは土木や電気会社の現場で使われることが決まっています。今後は災害の現場にいち早く救援物資を届けるなど、エアモビリティならではの活用方法で社会課題の解決に貢献していきたいと考えています」
SkyDriveが考える「空の移動革命」は「物流ドローン」によって、すでに実装段階を迎えているのだ。「空飛ぶクルマ」については、ふたり乗りの機体での実用化を目指している。ひとり乗りの「SD-03」が有人飛行を成し遂げたいま、マラソンで例えるなら35km地点が過ぎて、いよいよ勝負の局面が訪れたところだろうか。
「確かに、ここからがレースの勝負どころです。ふたり乗りの『空飛ぶクルマ』は、25年頃のローンチを目指しています。『未来を拓くイノベーションTOKYOプロジェクト』の実施期間は22年3月までなので、いまはまさにラストスパートの段階ですね。希望あふれる報告ができるように奮闘する所存です」
SkyDriveは、今後も東京都と協業し、湾岸エリアでの実証実験など「空の移動革命」に向けて取り組んでいきたい考えだ。
25年の東京に描かれるのは、ものづくりのユートピアか
SkyDriveは、エンジニアたちを中心とした有志のボランティア団体を起源としている。幾多の経験と頭脳を備えた集団が100個以上のアイデアから「空飛ぶクルマ」の開発を事業の中核に据えたのは、「それがいちばんおもしろい」という単純明快な理由からだった。これまでに失敗があっても乗り越えてこられたのも、「ものづくりは楽しい」という純粋な想いがあるからだ。福澤は、そう語ってくれた。前代未聞の事業を成し遂げようとする福澤の自信に満ちた表情は、そうした単純明快な理由と純粋な想いの現れだった。
「私たちのようなハードウエアのスタートアップが成功事例を積み重ねていけば、『ものづくりは楽しい』という想いが広がり、それによって新しい会社や事業が増えていくことにもつながると信じています。そうした会社や事業にとって、『未来を拓くイノベーションTOKYOプロジェクト』に採択されたという事実はポジティブな名刺代わりになり、新たな資金調達やオープンイノベーションにもつながっていきます。実際に、私たちがそうでした」
かつて、「空飛ぶクルマ」がある未来はSF映画で描かれるフィクションでしかなかった。1982年公開の映画『ブレードランナー』で「空飛ぶクルマ」が滑空していたのは、2019年11月のロサンゼルスだ。SkyDriveが「空飛ぶクルマ」のローンチを目指す25年の東京には、どのような光景が広がっているのだろうか。日本のものづくり復興のユートピアとなっていることを願いたい。
未来を拓くイノベーションTOKYOプロジェクト
都内のベンチャー・中小企業等が、事業会社等とのオープンイノベーションにより事業化する革新的なプロジェクトを対象に、その経費の一部を補助することにより、大きな波及効果を持つ新たなビジネスの創出と産業の活性化を図る事業。
株式会社SkyDrive
平成30年7月設立。空飛ぶクルマ(電動垂直離着陸型航空機)と物流ドローンの研究・開発・設計・製造及び販売を手がける。
福澤知浩◎SkyDrive代表取締役CEO。2010年、東京大学工学部を卒業。トヨタ自動車で自動車部品のグローバル調達に従事する。17年にトヨタ自動車を退社して、製造業の経営コンサルティング会社を設立。18年、SkyDriveを創業して代表に就任。