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2021.07.14 16:00

東京の一軒家ラボから生まれる人工衛星制御装置━━ 「早く、安く、簡単な装置」が日本の宇宙産業を推進する

株式会社天の技 代表取締役 工藤 裕

東京都が都内のものづくりベンチャーを支援する取り組み、「東京都ものづくりベンチャー育成事業(Tokyo Startup BEAMプロジェクト)」。この取り組みに採択された企業の想いを聞き、未来に与えるインパクトを予見する連載「『ものづくりの街 TOKYO』始動」。

今回取材したのは、日本の「宇宙産業躍進」の一助となるプロダクトを生み出した、株式会社天の技の代表取締役・工藤裕。

「最高のスペックはいらない」「早く、安く、簡単な装置でいい」と語る真意とは? 



かつてはプロジェクト予算が数百億、重さが数トン級の人工衛星が主流だった。しかし、近年ではCubeSat(キューブサット)と呼ばれる重量5〜10キロの小型人工衛星を製造し、打ち上げることが可能となった。プロジェクト予算・期間を大幅にカットできるため、すでに海外では企業・組織・大学研究室などが参画して、年間100機レベルで打ち上げが計画・実施されている。ところが、日本で打ち上げられるCubeSatは、年間で数機に過ぎない。その最大の理由は、日本に人工衛星部品を供給できるベンダーが存在しないことにある。

しかし、いま、世界から遅れをとった日本の宇宙産業が変わりつつある。変革の旗手は、東京の下町で産声を上げた天の技という名前のスタートアップだ。同社は、CubeSatに必要不可欠な姿勢測定装置であるスタートラッカー(以下STT)の研究開発を行っている。代表取締役の工藤裕に、設立の経緯とSTTを国内開発する意味について聞いた。

プラネタリウムから宇宙へ


工藤は大学と大学院で電気電子工学を学ぶかたわら、天文研究サークルでプラネタリウムの製作に没頭した。通常、研究室に所属する年次になるとサークル活動に費やす時間は少なくなるが、工藤は大学院でもプラネタリウムの製作をひとりで続けた。アルバイトで稼いだお金を部品代に充てながら、家でフライス加工台を回していたという。最終的には、200万個の恒星を投影できるレンズ式のプラネタリウムを完成させて、その年の学園祭でグランプリを受賞した。

「プラネタリウムには電気も機械も光学もあり、構造的にも好きでした。学生時代は、ひとり親方として、予算の管理から製作まで自分で好き勝手にやれるのが面白かったのです」

東京の科学技術館で投影する機会を最後にしていったんプラネタリウムの製作に区切りをつけた工藤は、大学院修了後、大手通信会社に入社し、ロボットの遠隔制御などについて研究した。半導体製造会社に転職した後は、レーザーカッターの高速化デバイスを開発していた。

そんな工藤を宇宙に引き戻す転機が訪れる。

2016年、日本の宇宙ベンチャーにエンジニアとして採用された工藤は、カメラや電装開発、環境試験などを担当することになった。

「宇宙探査に関するプロジェクトに携われることをエキサイティングだと思わないエンジニアはいないと思います。実際、僕もそのひとりでしたが、会社が大きな投資を受けたころで、ステークホルダーが増え、開発のスピード感が鈍りました。それは仕方ないことですが、もっとクイックに動いてガンガンつくっていきたいという思いが強くなりました」

そんな折に工藤は、ある試作機械の製作を依頼された。会社は副業が可能だったこともあり、その依頼を受けることにした。工藤は、ひとりでプラネタリウムをつくるような感覚で、「天の技」(当時はStray Cats’ Lab)をスタートさせたのだ。

宇宙を見据える下町の一軒家


天の技のラボは、東京都大田区にある築40年の古ぼけた一軒家。まさかここで、これからの宇宙産業を変える可能性をもつ研究が日夜行われているとは、誰も気づかないだろう。

「ガラス張りのオフィスなど、キラキラしたものが好きじゃないんです。そこにお金をかけるくらいなら、装置やパーツにかけたい。安い家賃で広い作業スペースを確保することを最優先で選んだら、この一軒家になりました」

「過剰なものはいらない」という工藤の思いは同社のラボだけでなく、ものづくりにも表れている。創業当初から製作しているのは、無駄を削ぎ落とした必要最低限のスペックのみを有する教材機械である。

「例えば、1,000mに到達できる潜水艦をつくるなら、専門のエンジニアを揃えて、それ相応のスペックを組み込むことが求められます。しかし、潜水艦の仕組みを教えるような教材機械には、実際の艦と同等のスペックは必要ありません。学生は教材機械で学習して、次のステップに進むわけですが、工学の教育現場には最初のステップを支える教材機械が実はあまり多くありません。教育の現場で求められているのは早くて、安くて、簡単にコンセプトや構造が学べるものです」

エンジニアが追い求めがちなハイスペックではなく、実際に使う現場で望まれているスペックでものをつくる。「現実的な落としどころ、あるいは質の高い妥協解。そこにこそ、最新の知見や技術が詰め込まれる必要がある」

工藤のこうしたものづくりの発想が、日本の宇宙産業の成長を後押しする製品を生み出すことになる。それが、今回のTokyo Startup BEAMの採択プロジェクトとして開発を進めているSTTである。

STTを国内生産する意味


「ひどく大雑把にいえば、人工衛星は宇宙空間にある遠隔操作の観測装置なので、どの方向を向いているかが非常に重要になります。人工衛星に搭載するSTTは、宇宙空間で方向を識別する基準となる恒星を撮影し、向きを補正するための機械です。例えば、STTでオリオン座を撮影しその方向を認識できれば、その方向を基準に人工衛星の向きを測定・補正することができるのです」

工藤がSTTの国内生産に取り組み始めたきっかけは、母校の東京工業大学にあった。同校の河合誠之教授・谷津陽一准教授(当時助教)との出会いだ。当時、河合研究室ではCubeSatでの使用を想定したSTTのプロトタイプを完成させていたが、事業化のフェーズで止まっていたのだ。

「河合研究室が完成させたSTTは、まだまだサイズも消費電力も大きいものでした。これを実際にCubeSatに使用できるものへと改良する。それが天の技による宇宙事業の最初のミッションとなりました」

この年、工藤は会社を退社し、「ひとりで宇宙事業をやってみる」ことにした。宇宙ベンダー・天の技が本格的にスタートしたのだ。

そもそもSTTのアイデア自体は、新しいものではない。実際に日本でもSTTを製作している企業自体は存在する。

「日本でもCubeSatへの使用を想定したSTTの製作は、やろうと思えば技術的にできないことはありません。しかし、量産となると話は別です。これまでに日本で製作されたSTTは、大型衛星を前提とした一点物。コスト的には、1機で数千万~1億円といった世界です。国の威信をかけた100億円のプロジェクトの1%(1億)なら、そこまでシビアではなかったのかもしれません。しかし、時代は変わりました。『STTを量産して宇宙ベンチャーに売っていく』というのが最近のトレンドです」

アメリカやヨーロッパでは、各国の宇宙ベンチャーが数々のCubeSatを打ち上げるという現在の流れを見越して、2010年頃にはすでに人工衛星パーツのサプライチェーンをつくり出そうという動きがあった。現在ではそれも完成の域にあり、日本の宇宙ベンチャーはそこからSTTを買っているのが実情である。

「驚くかもしれませんが、海外では人工衛星パーツのネットショップもあるのです。大学の研究室でも人工衛星を打ち上げたいと思えば、ネットショップでパーツを買って、数百万のコストで打ち上げることも可能です」

CubeSatに搭載できるSTTも、いまは海外から購入するしかない。しかし、どれもが関税までかかって高額で、必要以上にハイスペックなのである。

「エンジニアは、とにかくすごいものをつくりたがります。海外のサプライチェーンが提供しているSTTも、その例にもれません。しかし、宇宙ベンチャーが打ち上げる産業用のCubeSatには、おしなべてオーバースペックです。国家的プロジェクトならまだしも、『漠大なコストで過剰なものをつくったとしても、性能がよければいいのだ』という考え方は正解ではありません。いまのCubeSat市場のニーズは、最高のスペックはいらない、必要最低限のスペックでいいから『早く』『安く』『簡単に』というものです」

あえて戦略的に、そこそこのものをつくるという英断。しかしながら、現実的な落としどころを考えて質にこだわり抜いた解にこそ、最新の知見や技術が詰め込まれる必要がある。そうでなければ、最適解になり得ない。工藤のものづくりに対する決心と行動は、現代の宇宙事業において要求されているものと完全に噛み合っていたのだ。


クリーンルームでSTTに触れる工藤

人工衛星パーツのサプライチェーンへ


天の技では、今回のTokyo Startup BEAMへの採択を受けてSTTの小型化、簡素化、軽量化を図り、衛星搭載機器としての価値を大幅に向上させたSTTの量産を進めている。

「STTは、稼働を保証できるレベルまで性能を高めることに多くの労力を要します。電源や振動、機械、ソフトウエアなどさまざまな観点で、こうしたら動く、こうしたら動かないというパターンを積み上げていく地道な作業を繰り返します。稼働を保証できるロジックを積み上げるのです。そのためには、通常、年単位の開発プロジェクトになります。これに対して今回の採択期間中に行いたいのは、そのロジックの積み上げに必須となる設計、組み立て、検証の工程を自動化・ノウハウ化し、すぐにSTTを組み上げられるジグを用意すること。納期は最短で3カ月程度、コストは半分に削減することを目指しています」

なぜ、工藤がSTTの量産化に取り組むのか。工藤がその先に見据えているのは、人工衛星パーツの国内サプライチェーン・ネットワークの構築である。

「簡単に安くつくれるはずのCubeSatですが、現在の日本はその恩恵を十分に受けることができない、非常に残念な状態だといえるでしょう。日本でも簡単に宇宙産業にチャレンジできる環境を整えるには、国内のサプライチェーンが不可欠です。日本の宇宙ベンチャーが用意できるものを集めて積み上げていけば、より安価にスピーディーに人工衛星ができる。そんな環境を用意したいと考えています」

今年はさらに天の技に追い風が吹いた。同社のSTTが、JAXAの革新的衛星技術実証プログラムの小型実証衛星2号機(開発した機器や部品をJAXAの人工衛星に搭載して打ち上げ、約1年間宇宙で実証実験する)に搭載されることが決定したのだ。実証に成功すれば、宇宙空間における稼働実績という何よりも強いアピールポイントを得ることになる。

工藤が打ち立てたスケジュールによると、宇宙での動作実証が確認できたときには、すでに天の技においてSTTの量産化体制が構築されている。価格も納期も半分以下、しかも宇宙空間で稼働実証済みのSTTが量産化され、市場に投入されることになれば、日本のみならず世界の宇宙産業に与えるインパクトは絶大だ。すでに国内外からの問い合わせもきているという。天の技がSTT を量産すれば、CubeSatで後塵を拝してきた日本が、世界に追いつき、追い越すことも可能かもしれない。

最後に、宇宙を目指したそもそもの理由を工藤に聞いてみた。すると、「たまたま」という意外な答えが返ってきた。

「学生時代、サークル部屋でくだらないおしゃべりをして、ああだこうだ言いながらプラネタリウムをつくっているのが楽しかったんです。会社をつくった一番の理由は、そんなものづくりの場所が欲しかったからで、プラネタリウムも空を見上げるのが好きだったから。どちらの先にも宇宙があっただけなんです。私は、新宇宙とかにすごく興味があるわけではありません。『「まだ知らない宇宙」を探しに行こう』という弊社のキャッチフレーズについても、まだ知らない宇宙の使い方を探そう、もっと地球を知るために宇宙に行こうといった意味なんです。主語は、地球に立っている普通の人間です。

宇宙からわかるものには実はいろいろとあって、弊社でも海洋プラスティックゴミの分布を衛星写真で把握する事業も行っています。私はサービス側の人間ではないので、そんなにアイデアはありませんが、誰かが人工衛星を使ったサービスを思いついたら、いまよりも簡単に打ち上げて実証実験ができる。その結果がよければ、大きなビジネスに展開させていく。そういったことが普通になれば、もっと地球ってよくなっていくと思うんです」

宇宙工学の世界的権威が最新鋭の研究棟で開発した、最高スペックの装置ではない。ただ、「空を見上げること」と「ものづくり」が好きな男が東京の古ぼけた一軒家ラボでつくる、早く、安く、簡単な装置だ。それが、世界の宇宙産業の勢力図を大胆に塗り替えていく。さらには、いまよりも住みやすい場所に地球を変えていく。夢のある未来が、すぐそこまで訪れているのだ。



工藤 裕(くどう ゆう)
1984年、山形県生まれ。2009年、東京工業大学大学院電気電子工学科修了。通信会社系研究所や半導体製造会社を経て、2016年、宇宙ベンチャーに入社し、カメラや電装開発、環境試験などを担当。2018年、株式会社天の技を設立し、代表取締役に就任。

── Tokyo Startup BEAMプロジェクト ──
「BEAM」は、Build up、Ecosystem、Accelerator、Monozukuriの頭文字。
BEAMは、都内製造業事業者やベンチャーキャピタル、公的支援機関などが連携し、ものづくりベンチャーの成長を、技術・資金・経営の面で強力にサポートする。東京は、世界で最もハードウェア開発とその事業化に適した都市だ。この好条件を生かし、東京から世界的なものづくりベンチャーを育て、ものづくりの好循環を生み出すこと(エコシステムの構築)が、本事業の目的である。
本記事は、東京都の特設サイトからの転載である。

本事業に関する詳細は特設サイトから

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「ものづくりの街 TOKYO」始動