基調講演に登壇したボナックは、福岡県との共同事業プロジェクトによって新型コロナウイルスの治療薬の開発を目指す注目のバイオベンチャー。日経新聞のネクストユニコーン調査では200億円以上の価値を有すると評価されている。急ピッチで進む革新的な核酸医薬の開発ストーリーを、ボナック代表取締役の林宏剛に聞いた。
核酸治療薬のステージを上げたボナック核酸
次世代の医薬品として世界中で盛んに研究されている「核酸治療薬」。ボナックは独自の創薬技術を開発し、すでに特許も取得した。バイオテックの分野で先行する米国での臨床試験を開発パートナーと行い、この治療手法でプレゼンスを発揮している。
そのボナックはいま、新型コロナウイルスの治療薬の実用化に向け、順調にパイプラインを動かし始めている。今後、ますます日本国内での注目度も上がるだろう。しかし、ここまでの道程が順調だったわけではない。
実は、この抗ウイルス薬の開発に着手する意思を表明してからわずか数カ月後、新薬開発計画は頓挫する寸前まで追い込まれたと、同社代表の林宏剛が振り返る。
「それも当然だったと思います。3月あたりから多くの犠牲者が出るなかで、あらゆる研究機関は既存薬の有効性を確認することを最上位の目標としていました。そもそも日本では、バイオベンチャーが実験の場を確保するだけでも難しい。ウイルスの場合はなおさらで、バイオセーフティレベル(以下BSL)3の施設が必要です。つまり、二重扉などで完全に密閉された実験室を借りなければ実験ができません。本当に誕生するかどうかさえ保証もされない新薬の開発のためにベンチャーに実験室を割り当てる余裕など、どの研究所にもなかったのです。その現実を突き付けられたときには、さすがに心が折れそうになりました」
核酸合成機を操作するボナック社員
日本では聞きなれない核酸治療薬だが、バイオテックで日本よりも遥か先を行く欧米では、低分子薬や抗体薬では標的にできない分子にアプローチできる治療手法として、開発競争が激化している。これまで治療が不可能とされていた、がんや難病にも有効性をもたらすポテンシャルを秘めているといわれ、バイオベンチャーの聖地、ボストンでは新たな核酸治療薬の開発を目指す研究者がここ数年で一気に増加している。そんななかで、いま世界中の研究者たちから賞賛されているのが、ボナックの創薬技術なのである。そのメカニズムを知れば、新型コロナウイルスの治療薬とどこで、どう結びつくのかがわかるだろう。
「人間の身体が毎日、新しい細胞に生まれ変わることは、多くの人がご存じでしょう。その細胞の設計図をつくるのがDNA、そしてその設計図を読み取ったものがRNAです。ところが、不規則な生活を続けたり、必要以上に紫外線を浴びたりするなど細胞に負荷がかかると、DNAやRNAが損傷します。その結果、間違ったRNAの情報をもとにタンパク質がつくられます。本来、生まれてくるはずのない細胞が生体のなかにつくられることを意味し、この異物が病気を引き起こします。たいていの場合、身体の異物を取り除くために免疫が働くのですが、その免疫に狂いが生じると、異物である細胞が間違って増殖することがあります。その代表格ががんや難治性疾患を引き起こす毒性の強い細胞です。
強毒の細胞を駆逐するためには、その病気を引き起こす細胞のDNAを読み解いて薬をデザインする必要があります。ただ、遺伝情報そのものであるDNAに直接アプローチするのはリスクが大きい。そこで、タンパク質の情報のもとであるRNAにアプロ―チします。このRNAの設計図はDNAの情報から解析できます。この情報をもとに人工的に化学合成でつくったRNAで、間違った情報を伝えるRNAに干渉させることで病気を治癒するのが核酸治療薬です。化学合成の技術に先進バイオ技術を融合させた創薬手法と言えるでしょう。これまでの核酸治療薬のスペックを向上させたのが、ボナック核酸です」
林宏剛は「これまでの核酸治療薬のスペックを向上させたのがボナック核酸」と説明する
ボナックが開発した核酸治療薬は一本鎖の長鎖RNAという特徴をもち、従来の二本鎖の短鎖で結合された化合物よりも安定性が圧倒的に高いことが証明されている。世界から賞賛されているのは、この技術である。
肺の難病「特発性肺線維症」の進行をとめるために、ボナックが生み出したパイプラインはいまアメリカで臨床試験のフェーズ1を終えようとしているが、この薬が誕生すれば、一気に世界のメガベンチャーの仲間入りを果たすだろう。この「特発性肺線維症」の研究成果がコロナウイルスに対する抗ウイルス薬開発のきっかけになった。
コロナウイルスにも遺伝子設計図があり、感染すると肺のなかでRNAウイルスが大量に生産される。この大量のRNAウイルスに干渉するRNA(ボナック核酸)をつくることができれば、ウイルスを撃退することも可能だ。
コロナウイルスは7種類に分別される。そのうち治療薬もワクチンもない毒性の強い3種が21世紀にはいってから流行しているのだ。いわゆる、SARS、MERS、そして新型コロナウイルスである。ポストコロナ時代においても、毒性の強い8種類目のコロナウイルスが生まれ、再び世界にパンデミックを起こしても少しも不思議ではないのだ。
だからこそ、核酸で抗ウイルス薬をつくる大きな意義がある。新型コロナウイルスに有効な核酸治療薬ができると、治療薬の核酸配列を変えるだけですべてのコロナウイルスに応用が可能となる。今後、人類がコロナウイルスに生命を脅かされることはなくなるだろう。
それゆえに、その絶好の機会を失いかけた林は落胆したのだ。そこに手を差し伸べたのが、福岡県知事の小川洋である。
福岡県のイニシアチブが世界の人々を救う
「万策尽きたことを福岡県の職員に話したところ、そのわずか数日後に小川知事から直接連絡をいただきました。『世界の人々を救う可能性のあるプロジェクトを簡単に諦めてはいけない。必要な施設は福岡県で用意するから、もう一度奮起し、一緒に頑張ろうじゃないか』と激励されたのです。本当に感動しました。
福岡県のサポートによって、この創薬プロジェクトは一気に前進します。5月には福岡県との共同開発の調印式を行い、6月から実験が開始できるようになりました。わずかな期間に有効な化学合成物質をつくりだす環境が完璧に整ったのです。
8連ピペット写真ーー核酸医薬品の開発に取り組むボナック
福岡県のサポートは多岐にわたり、有能な研究者もご紹介いただきました。そのお蔭で8月上旬にはウイルスを確実に死滅させる化合物を13種類合成、8月中旬にはその中から薬効の高い候補物質を3つに絞り込むことに成功しました。現在絞り込まれた候補物質をフランスに運び、薬効を確認する試験を実施しています。来年の早々には安全性を確認する非臨床試験を行い、その年のなるべく早い段階で臨床試験にもち込みたいと思っています」
林は、福岡県の取り組みを次のように評価する。
「福岡県は、何年も前から久留米地域を拠点とした、久留米リサーチ・パークが運営するバイオバレープロジェクトを推進しています。久留米地域からバイオテックのイノベーションを起こそうとしているのです。ボナックは2010年に創業しましたが、福岡県の支援によって成長することができました。久留米地域では、いまあらゆる医療領域でイノベーションを起こせるバイオベンチャーが育っています。弊社もバイオバレープロジェクトの支援施設である「福岡バイオファクトリー」に研究開発拠点を置いて研究・開発を進めているのです」
人類とコロナウイルスの戦い。そこに終止符を打つのは、福岡県とボナックである、そんな期待を抱かずにはいられない。
福岡ベンチャーマーケット(FVM)
https://www.fvm-support.com/
林 宏剛(はやし・ひろたけ)◎1974年生まれ、大阪府出身。2010年に福岡県久留米市でボナック設立、代表取締役社長に就任。核酸医薬開発・支援事業、核酸原薬製造販売事業を行っている。核酸干渉を応用した新規プラットフォームを開発し、核酸医薬品の開発を推進。