日本のM&Aは時間もお金もかかりすぎる。立ち上がったのは自身もM&Aに苦しみ、眠れぬ日々を過ごした男。AIと完全成功報酬であらゆる障壁を取り除き、事業承継に悩む企業やスタートアップを救っていく。
ある医師は疲労困憊していた。1カ月前、病院を経営していた父が急死。相続の問題も片づかないうちに、都内の別の病院で勤務医として働いていた自分がひとまず病院の経営にあたることになった。
しかし、経営を始めて3日後には無理だと悟った。理事長の死を機に医師が一人退職して、薬剤師一人も退職が決まっていた。人の足りない現場で診察をしながら病院のマネジメントまでこなすのは、精神的にも体力的にも厳しかった。
閉院という選択肢はなかった。病院を閉じれば、患者は遠い他院に通わざるを得なくなる。自分の都合で患者に負担をかけることは、医師としての矜持が許さない。だとすると、残る選択肢は一つしかない。信頼できる医療法人への譲渡だ。それも一刻も早く。医師が仲介会社として選んだのは、M&A総合研究所だった。
同社の強みは、成約までのスピードにある。最初のヒアリングから成約まで、M&Aは長いプロセスを要する。期間はケースバイケースだが、成約まで10〜12カ月が平均的だ。一方、M&A総合研究所の標準は3~6カ月前後と、とにかく早い。
なぜ成約までの期間を短縮できるのか。代表取締役の佐上峻作は、理由の一つとして完全成功報酬型の料金体系を挙げる。大手仲介会社は、着手時に着手金、トップ面談や基本合意前に中間金というように、2〜3段階の料金体系を採用しているが、同社は完全成功報酬型で、成約するまで一切料金が発生しない。
もともとはM&Aのハードルを下げる目的で導入した料金体系だが、「着手金や中間金があると、そのたびに弁護士や税理士に相談・確認されるため、どうしても全体の流れが止まります。私たちは成約時の一点にお支払いをまとめることで、余計な待ち時間を一掃しています」と、結果的に時間短縮にも寄与している。
M&Aは早ければ早いほどいい 医師が譲渡を決断した病院は、着手から2カ月で買い手と基本合意にこぎつけた。医療法人の譲渡は法律上さまざまな手続きが必要なのだが、佐上は「それを含めても通常より早かった」と胸を張る。
M&A総合研究所は、なぜスピードにこだわるのか。実はそれには佐上自身の経歴が関係している。佐上は大手IT企業の子会社で広告配信システムのアルゴリズム開発に関わった後、24歳で独立。情報メディアとECサイトを立ち上げ、軌道に乗せた。
成長をさらに加速させるため、豊富なリソースを持つ大手への株式譲渡を決断し、二段階買取で時価総額12億5,000万円換算という創業約1年の若いベンチャーとしては大きなディールとなったが、佐上自身は気が気でなかったという。
「最新の試算表が出るのが遅れて、結果的に当初の予定より成約が1カ月ずれ込みました。わずか1カ月ですが、先行きが決まらないので設備投資などの経営上の決断もできず、ストレスが溜まりました。売り主からするとM&Aのスピードは早いほどいいと、身をもって体験したのです」
M&Aの長期化は、売り主の心理的な負担を増やすだけでなく、情報漏洩リスクにも繋がる。故に売り主にとって、M&Aは早ければ早いほどよい。佐上のこだわりは、多くの売り主から支持を得ている。
スピードの遅さに加えて、もう一つ気になる点もあった。仲介会社のコンサルティングが属人的で、人によって提案内容にばらつきがあったことだ。
これらの課題を解決できれば、事業承継に悩む経営者の心を軽くすることができるのでは。佐上が仲介会社を立ち上げたのは、ごく自然な流れだった。
「AIと経験のハイブリッド」で最適なマッチングを実現M&Aをスピード化した方法は先に説明したが、属人的なばらつきはどうやって解消したのか。目をつけたのはAIだ。同社は仲介業務の他、国内最大級のM&A情報サイトを運営。そこに登録された買い手候補をデータベース化。案件が発生すれば、自動で抽出してリストを作成する。
例えば、ある業界の会社が売り主になればその業界を中心としたリストになるが、興味深いのは、買い手候補に近い業界・規模感の企業までリストに加わる点だ。そのリストでいったん売り主に提案を行って、結果をフィードバック。それをさまざまな案件で繰り返すことで学習が行われて、いまではAIの提案精度が相当に高まった。また、AIの活用はリスト作成の時間短縮にも寄与しているという。
売り主にとっては、買収ニーズが自社に合致した買い手を紹介されるため、事業シナジーの強い相手に出会える。自ずと買い手の満足度も高くなるため、結果として譲渡価格等の諸条件も売り主にとって納得感のあるものにまとまることが多いのだ。
「先日はIT企業の譲渡案件に、不動産会社がリストアップされました。AIのリスト通りに当たったところ、本当に不動産会社が興味を示して成約に。これは人間では気づかなかった組み合わせ。コンサルタントのレベルによって起こり得る抜けや漏れは、AI活用で減らすことが可能です」
また、この技術は海外の案件にも対応可能であり、クロスボーダー(国境を越えて行う)M&Aにも活用している。
ただし、属人性を否定しているわけではない。あるスタートアップの案件では、着手から1週間後には買い手が見つかり、45日で成約まで至った。スタートアップは一般企業と比べてビジネスモデルや事業計画が固まっていないことが多く、事業を深く理解していないと、買い手に示す企業概要書が生煮えになりがちだ。
しかし、自ら起業経験のある佐上にとって、スタートアップの事業理解は難しいものではなく、スピーディーかつ適切な提案ができた。つまり、属人的な経験が生きたのだ。
経験によって培われるのは業界知識やノウハウだけではない。佐上が強調するのは気持ちの部分だ。
「弊社コンサルタントの中には、過去に起業して自社を売却したことがある経験者も多くいる。会社を手放すときの不安や辛さは、骨身に染みてわかっています。そもそもM&Aの世界は売り主と買い手に経験の差があることが多く、不利な立場にいる売り主は不安でいっぱいです。その気持ちに寄り添えることが私たちの強みだと考えています」
冒頭に紹介した病院の依頼者の医師は、自分の行く末が決まり、「ようやく生きた心地がした」と安堵の表情を見せた。経営者の高齢化が進む中で、いかにこうした笑顔を増やせるか。M&A総合研究所の果たすべき使命は大きい。
M&A総合研究所https://masouken.com/
佐上峻作◎M&A総合研究所代表取締役CEO。2015年創業のメディコマをわずか1年でベクトル(東証一部)に株式譲渡。その後、計10回以上の企業・事業買収を実施。自らのM&A経験を活かし、M&A総合研究所を創業。M&A Techで日本の課題である事業承継問題の解決を目指す。