「最初は“うまくいかない”ことしかなかった。でも、そもそも“うまくいった”ことがなかったから、こんなものかなあと」「仕事もできない、責任も与えられない。20代って楽しくない」
大卒後に入社したアパレルメーカーを辞めて20代で書の道に入った書家・紫舟。作品や本人の姿をテレビや雑誌で見ることも増えた今、夢の実現に至るまでの経験をクールに振り返っての言葉は、現在のU30世代の耳と心に強く響く。
次代を担う若者にフォーカスする30 UNDER 30 JAPANが、未開拓の領域を切り開いて自ら指針となる者としてモンブランにより選定されたMark Makerから、UNDER 30世代に向けての“智恵の言葉”を引き出す「#MarkMaker」。1400年の歴史を持つ書の世界に単身切り込み独自の境地を開拓し続ける紫舟が、20代という時間や目標の実現について、意外かつリアルな実感を明かしながら語る。
「夢って、輝いていて、幸せで、美しいもののような気がしてしまう。けれど、夢を叶えてみてわかるのは、夢はそういうキラキラした姿では近づいてこないということ。困難という衣を着てやって来ます」
ルーブルで開かれるフランス国民美術協会サロン展へと毎年世界で1人だけ招かれる「主賓招待アーティスト」。2015年に日本人としては横山大観以来、その栄誉に浴したのが書家、紫舟だ。当人にとっても「夢がかなった」偉業だったが、成功についての見方・考え方はシビアなまでに現実的だ。
「ルーブルでの展示までの半年くらいは毎日がトラブル続きでした。それは夢が近づいてきている印だったと気づいたのは、すべてが終わった後になってから。夢は困難の衣を着て近づいてくる。しかし人にはそれが困難にしか見えないのです」
夢でさえ困難にしか感じられない日々書家としてのスタートも、順風満帆とは程遠いものだった。高校卒業までは習字に打ち込み段位終了にまで達していたが、大学に入ってから会社務めを辞めるまで長いブランクがあった。書を志した段階でも、身近に書道関係者がいたわけでもなく、書道団体に属したわけでもなかった。
「“うまくいかない”ことしかない」時代、周りには一緒に上を目指したイラストレーターやフォトグラファーたちがいた。だが、なんとか筆で立つことができるようになったころには、彼らはすでに他の道を選んでいた。夢が困難にしか感じられない日々から降りてしまったのだ。
そうした経験ゆえだろう、UNDER 30世代だったころの自分や仲間たちに送るかのような紫舟の言葉は、重い。しかし、今のU30世代にも受け入れられる普遍性を備えている。
「夢が一層近づいているときこそ困難や苦難の姿をしているので、日々、困難のオンパレードになる。もし夢がそういうものだと知っていれば、あきらめずに、逃げずに、たとえ困難を解決できないにしても、立ち向かうことはできるのではないか。今となっては、そう思います。
夢を叶えることは楽しいことだと、ついつい思ってしまいますが、全然そうではなかった。夢とは、ジャンプしても手が届かないくらいのもので、叶えるのに困難があって当然。私は、夢が叶ったときも自分ではわからなくて、後ですべての問題が綺麗に片付いたときに、『ああ、夢を叶えたのだな』『あれ、夢を叶えるってこういうことなのか」と、やっと気づいたくらいで」
理想と現実の自分の差を否応なく突きつけられた20代自らを振り返りつつ語る“20代論”もまた、考え込んだ末に膝を打たされるようなパワーが溢れている。
「20代は楽しいと世の中では思われていますが、不安定で未熟な精神(心)と無限に感じる圧倒的な体力とのバランスがとるのが難しい時期。体力があるから朝まで遊ぶようなこともできて、刹那的に楽しいということはあるでしょう。でも、毎日遊ぶことが、人生において本質的な喜びや楽しみを与えてくれるかというと、そうではない。仕事もできない、責任も与えてもらえないから、認められない。20代は楽しくない」
「夢は困難の姿で近づいてくる。さあ、逃げるか、諦めるか、立ち向かうか。」|自身が苦悩や困難を乗り越えて夢を実現した紫舟のメッセージは、重く、リアルだ。だからこそ、これから困難に立ち向かうU30を支え、背中を押してくれる。「私の20代も……苦しんでいましたね。暗い思春期が明けた後、『あんなふうになりたいな』と思っていた姿と実際の自分の力の差という現実を否応なく突きつけられて。こんなはずじゃなかったと。多くの今の20代も一緒だと思います。自分には何もできない、なりたいものになれそうもないという絶望感とか苦しみとか」
今のU30世代について尋ねてみると、「落ち着いている感じがしますね。感情の起伏もなくて、穏やかだなと。みんな賢いのか、おとなしいのか。やっぱり楽しめていないんでしょうかね」
「でも20代から先、どこに向かっていきていくのか、それはできるだけ早い時期に決めておけば、生きやすくなります。私は、『会社勤めを辞めて、書道家を目指す』と腹をくくりました」
紫舟は今回、モンブランの新作「ヘリテイジ ルージュ&ノワール サーペントマーブル」を使って、U30世代へのメッセージを書いてくれた。「できない」という感覚がすごく大事紫舟が初期の頃から、最もよく使う筆は「長々峰」と呼ばれるタイプ。穂が最も長く、筆さばきによっては折れたり捻れたりしやすいため、「コントロールしづらくて、非常に難しい」筆だ。それをわざわざ手に取り続けるのは、ひとつには「使えるようになれば、普通の筆より多様な線を生むことができ、1本の筆でさまざまな表現ができる」ためだが、理由はもうひとつある。
「この筆は、数日使っていないと、手と筆が一体にならず使えなくなります。ひとつの道をたどり大人になると、できることは増えてきます。逆に『できない』という感覚がとても重要になってきます。それを実感させてくれるのが長々峰の筆。『また練習しなくては』と思わせてくれる。子供のころは『いい道具』というのはうまく書ける道具だったのですが、今は自分に鍛練を課してくれる道具が『いい道具』なんだと思います」
アパレルメーカーで働いていたときは広告やプロモーションを担当。当時の知識や体験は、書家となった後も役立ったという。その言葉からも、紫舟が決して合理性を否定する人ではないことがわかる。むしろ、論理的な思考をするタイプでさえある。
わざわざ難しい筆を選ぶ。20代は楽しくない。夢は困難の衣を着て近づいてくる。
初めて聞くと逆説にも聞こえる彼女の言葉は、新しい世界を創り出そうとしているU30世代にこそ、しっかりと受け止めてほしい真理に満ちている。
【Mark Makers】「Mark Maker」とは、高い感度とオープンなマインドセットを持って、自らの道を切り拓き、揺るぎない足跡を刻んだ人、または刻もうとしている人。30UNDER30 JAPAN2019公式スポンサーとして迎えたモンブランとForbes JAPANが選ぶ6人からの言葉。
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