「スタートアップのハブ」となった英国自社をスケールさせるために、どこの場所に拠点をおくか。
起業がそう珍しくない時代において、欠かせないテーマの一つとなる。多くの会社がそうであるように、「起業するなら日本」という経営者は多いだろう。そして、次に考えるのがシリコンバレー。ハイテクかつイノベーション、ソーシャルメディア企業の集積地だ。サンフランシスコに拠点を置くイノベーションアドバイザリーサービス会社「マインド・ザ・ギャップ」の調査によると、シリコンバレーにイノベーション拠点を置く日系企業の数がアメリカ、フランス、ドイツを抑えて首位となった。
一方で、テック系の人材がシリコンバレーに集まりにくくなっている現状もあるようだ。英国のコンサルタント企業「ブランズウィック・グループ」の調査によると、他の地域がイノベーション・ハブとして台頭し、シリコンバレーに人材が集まりにくくなっているという。18〜34歳のテック系従業員の41%が「ベイエリアを去る」ことを計画していると回答している。
「スタートアップ=シリコンバレー」の図式が崩れ、起業マインドあふれるスタートアップが、よりチャレンジングな場所を求める──そこでクローズアップされつつあるのが、英国だ。
英国は、今テックハブとして欧州最大であり、世界3位でもある。柔軟で開かれた市場は多くの経営者を迎え入れ、世界トップクラスの教育機関が新たな知見を与え、優秀な人材が刺激し合う。
輩出したユニコーンは総計72社に及び、米国、中国に次ぐ位置にある。欧州とイスラエルにある169のユニコーンテック企業の35%は、英国で設立されたものである。スタートアップエコシステム指標も、ロンドンがシリコンバレー・ニューヨークに次ぐ世界3位に入る。またロンドンでは、スタートアップの段階を超え「スケールアップ」したテック企業の成長率は56%増加した。この成長率は世界最大だ。
ロンドン以外にも、ケンブリッジやバーミンガム、ニューカッスル、カーディフ、エディンバラ、ベルファスト、オックスフォード、シェフィールド、ブリストルといった都市でテッククラスターが形成されている。投資分野もフィンテック、Eコマース、ゲーミング、SaaS、フードテック、クリーンテック、サイバーセキュリティ、AIと多岐にわたる。つまり、英国全体が企業と投資を引き付ける世界有数の一大拠点となっているのだ。
英国では2018年に13社のユニコーンが誕生した。テック企業へのベンチャーキャピタル(VC)投資額は2019年1月―7月の7カ月で67億ポンド(約8700億円)とすでに昨年の投資額を上回っており、欧州最大である。また、英国におけるスケールアップへの投資額は50億ポンド(約7000億円)で、米国、中国、インドに次いで4番目の規模となる。
このように、スタートアップが成長しやすい土壌が整っている英国から、あるチャンスが舞い込んできた。駐日英国大使館が日本の革新的なテック企業を英国視察へ招待し、欧州随一のテック・エコシステムでの成長をサポートするビジネスコンテスト「テック・ロケットシップ・アワード」を開催するというのだ。10月28日に開催されたローンチイベントには多くの参加者が訪れた。
「テック・ロケットシップ・アワード」ローンチイベント対象となるのは、「革新的かつテクノロジー主体のスケールアップ日本企業」「本社所在地が日本であり、英国未進出の会社」「将来的に英国でのビジネス展開にも関心を持つ企業」。
受賞企業が得られる機会は非常に多い。5日間の英国・ロンドンのテック視察旅行が提供される(2020年6月予定。カテゴリ「モビリティの未来」受賞者は2020年後半予定)。滞在中は、イギリス最大のテック関連イベントLondon Tech Weekを視察。100カ国近い国から約6万人が訪れるイベントで、2018年の同イベントでは300以上のセミナーやネットワーキングが実施されたという。300万を超えるソーシャルリーチがあり、最先端のテクノロジーを持つ企業VC、大学・研究機関が集う。
このLondon Tech Week視察以外にも、現地アクセレレーターとのミーティング、英国政府テック専門家によるメンタリング、業界専門企業による英国ビジネス・法規制などに関するレクチャー、インキュベーション施設見学などがある。また、先に述べたように、英国はロンドン以外にもセクター毎に様々なクラスターが点在しているが、この視察旅行では受賞企業のビジネスに最適な地方クラスターも訪れることができる。また、帰国後も英国事業進出サポート、各種メディアへ受賞ニュース掲載など、継続したサポートを政府から受けられるという。
これまでインド、オーストラリアなどで開催された同プログラム。今年は日本及び韓国で開催され反響を呼んでいる。多くのスタートアップが実際に英国へと訪れ、チャンスを掴もうとしている。
過去のテック・ロケットシップ・アワード受賞者が英国を訪問英国にある政府の投資スキーム「真のグローバル企業になることを考えたとき、市場規模を意識した方がいいでしょう。描くなら、大きな絵を」
こう語るのは、英国国際通商省クリエイティブスペシャリストのトニー・ヒューズだ。彼が支援した英国で活躍するある企業を教えてくれた。
韓国のSWIDCHはサイバーセキュリティの技術をもつ、ソウルで起業して2年ほどの会社だ。彼らが扱ったのは、クレジットカードの番号。通常のクレジットカードには決められた番号がふられているが、紛失すると悪用される可能性がある状態になっている。それを解決しようと開発したのが、使用時に都度違った番号を生成するワンタイムのもの。親指の指紋に反応する技術が搭載されスマホでも利用できる。
この画期的なサービスをもつ彼らは、どのようにマーケットを広げるかに悩んでいた。国内にペイメントカンパニーや銀行といったクライアントを見つけることができなかったからだ。
「彼らが新たなパートナーを見つけるのが、英国であると私は確信しました」(トニー)
ロンドンに拠点を移して約1年、NatWestアクセラレーターやサイバーセキュリティのアクセラレータのLORCA(The London Office for Rapid Cybersecurity Advancement)とも手を組み、大規模な投資会社との話が進行中だ。タッチアンドペイを英国で実施するには、いくつかの規制をクリアする必要があるが、英国金融行為監督機構そのものが新しい企業を支援するという姿勢をもっているので協力的だ。
また、英国金融行為監督機構は世界の金融規制とも連携しており、新しいサービスが他国の規制にひっかからないようにしている。企業が成功する中でこういった部分は非常に重要であり、投資側としても安心だ。
「英国にはEnterprise Investment Scheme(EIS)という、政府の施策でスケールアップ企業を支援する投資のスキームが1990年代に確立しました。EISが誕生したのは、テックシティ (ロンドン東部のショーディッチ地区を中心とするデジタル・テック企業の一大クラスター)の起業家たちが首相に創業当初の資金調達が重要であることを直々に訴えたことがきっかけでした。
Seed Enterprise Investment Scheme(SEIS)という税制優遇措置もあります。これは創業したばかりの企業にVCやエンジェル投資家をつなげるスキームです。例えば、VCやエンジェル投資家がスタートアップ企業に10万ポンド(約1400万円)投資すると、年末の確定申告の際に投資額の50%が所得税額控除の対象となり、5万ポンド(約700万円)還付されます。また、投資した企業が失敗するリスクが高いので、優遇措置がより大きいことも大きな特徴です。逆に、投資した企業が成功した時のキャピタルゲインは非課税となります。
スケールアップ企業への投資については、前述のEISによって、投資額の30%が所得税額控除として還付されます。EISはどんな企業でも申し込みができますが、製造業などの労働集約型産業は1000万ポンド(約14億円)、ソフトウェアや知的財産を扱う、いわゆる知識集約型産業は2000万ポンド(約28億円)が上限となります」(トニー)
4つのテーマでビジネスアイデアを募集英国大使館 国際通商部 ICT&クリエイティブ 対英投資上席担当官の町井直美も、トニーに続いてこう語る。
「これまでビジネスをするならイギリスだと、大企業が数多く進出してきました。ソニー、富士通、トヨタ自動車、日産自動車、三菱UFJ銀行、日立製作所、エーザイと、約1000社がイギリスに進出しており、約15万人の雇用があります。先進的な取り組みをしている企業も多く、例えば、トヨタ自動車のコネクティッド分野の戦略事業体であるトヨタコネクティッドは欧州市場でのモビリティサービスニーズの高まりを受け、ITの人材が豊富なロンドンに「TOYOTA Connected Europe, Limited」を設立しています。
R&D(研究開発)も充実しており、オックスフォード大学やケンブリッジ大学、インペリアル・カレッジ・ロンドンなど、世界大学ランキングのトップ10に3校、欧州大学のトップ10には7校もの大学が入っていることも影響しているのかもしれませんね。
大企業に加え、ここ数年は革新的なテクノロジーを持つ多くのスタートアップが海外展開に意欲的であり、英国のスタートアップエコシステムに興味を持っています。これまでにもFinatext, ドレミング、ウフルといった日本のスタートアップがロンドンに進出し同地のエコシステムを十分に活用され活躍されています。私たちはそういった企業を応援していきたいと考えています」
他にも、英国のスタートアップ・エコシステムを活用している例として、EQUITY X
(R)が挙げられる。同社は、英国・ロンドンにおいて、欧州最大のFinTechアクセラレータースペースLevel39を拠点として、主にIFRS 9(国際会計基準第9号)、IRS 409A(米国歳入法第 409A条)の要求に基づき、未上場会社の財務諸表を株式時価評価レポートに自動変換するソフトウェアを開発するFinTech・RegTechスタートアップである。2016年10月、駐日英国大使館・英国国際通商省より支援を受け、ロンドンに英国法人EQUITY X LTD.を設立。その後、Startup Grind欧州大会にて最優秀賞を受賞。また英国財務省主催のInternational FinTech Conference 2018にて”UK’s most exciting FinTechs”のうちの1社に選択されるなど発展を遂げ、2019年12月、日本・英国にて、最新ソフトウェアをソフト・ローンチする予定だという。同社は、英国法人の設立から約3年間で、英国・ロンドンを中心として、必要なスキルセットと確かな実績を有するチーム・メンバー、及び世界的に著名なデータ・パートナーに恵まれ、米国やオーストリアなど、北米・欧州地域への展開、スケールさせるための多様な機会を得ている。
企業を成長させるには多様性は不可欠。新たな視点でマーケットやクライアントやパートナーを見ることも大切だ。将来的に海外展開を考える日本のスタートアップにとって「テック・ロケットシップ・アワード」が開催されることで、英国という選択を得ることができるのだ。
今回は、4つのテーマに沿ったビジネスアイデアを募集。環境・再生可能エネルギー関連のサービス、システムやテクノロジー分野で活躍する企業が対象となる『Clean Growth - 脱炭素化へのアプローチ』をはじめ、健康寿命に関連する製品・技術の研究開発に携わる企業が対象となる『Healthy Ageing - 高齢化社会のための医療関連テクノロジー』、モビリティの未来を促進する技術を持った企業が対象となる『Future Mobility - モビリティの未来』、AIやデータ関連の企業とクリエイティブな技術を持った企業が対象となる『Creativity and Technology - 創造力とテクノロジー』。
受付終了は2020年1月31日(金)、2月中旬には結果が発表される。