「自分自身の成長を求めて社長になりました」と杉浦は言う。動画コンテンツが主流になると予想される未来に向け、新しい習慣としてのビデオリリースを提案するNewsTVのビジネスモデルには海外の投資家も注目。そんなNewsTVの原動力として杉浦が掲げるキーワードはシンプルだった。
経営者は早起きだといわれるが、杉浦健太の朝はとりわけ早い。毎日3:30に起床し、4:30には出社する。日中はミーティングや会食で人と会うことの多い杉浦にとって、社員が出社する9:00までが貴重な1人の時間となる。
「その日に必要な作業はこの時間にすべてやってしまいます。あとは、考え事をする時間ですね」。短い髪にハキハキとした声。インタビュー中にも何度となく冗談を飛ばしては豪快に笑う、現在40歳の杉浦は言う。
この朝の時間に杉浦が考えるのは、来るべき動画ビジネスの未来である。彼が率いるベクトルグループの動画ベンチャー・NewsTVが開拓しようとしているのは、プレスリリースのビデオ版「ビデオリリース」と呼ばれる領域だ。
ある製品やサービスに関する記者発表会の様子を撮影し、1分程度にまとめた映像をSNSなどに配信することで直接消費者に届ける。従来のプレスリリースのようにメディアに取り上げてもらう必要がないため、より速く、かつアドテクノロジーを使ってターゲットにより正確に届けることが可能だ。
2015年6月に創業されたNewsTV。究極の目標はビデオリリースという新しいカルチャーをつくることにある。
アドテクノロジー、動画制作へのAI活用など、先進技術を積極的に取り入れながら、Webコミュニケーションの主役となる動画領域の先駆者を目指す。「20年に5Gの時代が来て、通信費が限りなく無料に近づいていく。また24年には、動画広告市場の規模は5000億円になるといわれています。この規模はアイスクリーム市場と同じですが、そうなったとき、新商品が出たときに動画をつくるかどうかはもはや議論しなくなる時代が来ると考えています。いま、新しい製品やサービスを出すときに必ずウェブサイトをつくるように、今後はビデオリリースもつくるのが当たり前になっていく。こうした『新しい商習慣』をつくるのが、われわれのゴールなのです」
経営者はご機嫌であれ大学卒業後、テレビ番組の制作会社を経て第二新卒でベクトルに入社した杉浦には、その後のキャリアを変える2つの出会いがあった。ひとつは自分の考えたアイデアで世の中のトレンドを生み出せるPRという仕事に出会い、その楽しさを知ったこと。そしてもうひとつが、ベクトルの社長・西江肇司と副社長・長谷川創との出会いだった。
頭のなかに思い描いた未来を、自らの意思をもって実現していく2人の姿を間近で見ながら「経営者ってかっこいいなと思うようになりました」と杉浦は振り返る。ゆくゆくは自ら起業することを決めた彼は、事業の立ち上げを経験するためにベクトルを離れてサイバーエージェントの子会社に転職。30歳で独立し、「PR×インターネット」を軸に自身の会社を立ち上げることになった。
しかし、独立から3年が経ったころ、杉浦をある悩みが襲うことになる。「仕事は順調に入ってきていても、ただ自分の能力を切り売りしているだけなのではないかと考えるようになりました」と彼は言う。「組織にいたときは自分の知らない知識をもつ仲間がいて、彼らから常に刺激を受けることができました。でも1人で仕事を始めてみると、自分が成長している感覚をもてなかったのです」。
そんなときに杉浦の“ベクトル”を変えたのは、長谷川だった。長谷川はベクトルである新規事業を立ち上げるにあたって杉浦を誘い、彼は古巣に戻る。やがて西江の一声で、杉浦は経営企画会議にも参加するようになった。尊敬する2人の経営者に再び惹きつけられ、彼らとアイデアを交換するなかで生まれたのが、NewsTVだった。
愛読書はナポレオン・ヒルの『思考は現実化する』。NewsTVはサービス開始から3年で累計1500本以上のビデオリリースを配信し、今後は年間3000本を目指す。5G展開の広がりによりスマートフォンで動画を閲覧する人間はさらに増えると杉浦は予測する。 杉浦の経営哲学も、西江と長谷川の2人に大きな影響を受けている。たとえば、「リーダーの仕事はケツをもつこと」。失敗を許容し、部下がミスをしてもそれを大きく受け止める姿勢をもっているのは、かつて杉浦自身が大きなミスをしたときに西江に鼓舞された経験があるからだ。
そして「クライアントの成功がPR会社の成功であること」。短期的な利益を追うのではなく、長期的な関係性を築きながら仕事をつくっていかねばならないという考えも、2人に学んだものだという。
なかでも杉浦が大事にする経営者としての姿勢は「ご機嫌であること」だ。上司がいつもご機嫌であれば、社員たちは「社内の正解」を気にすることなく、成果を出すことに集中できると彼は考える。そしてまた、ご機嫌な上司の存在は社内のコミュニケーションも活性化する。実際、社長室を持たない杉浦の席には、常に誰かが相談のために訪れているという。
その日も終始ご機嫌な様子で取材に応じた杉浦が語る「ご機嫌に働くこと」の重要性は、経営者に限らず、きっとどんな仕事をしている人にも当てはまるのだろう。「ご機嫌に仕事しているやつと嫌々仕事しているやつ。どっちが成果を出すかといったら、ご機嫌に仕事をしているほうじゃないですか」。
すぎうら・けんた◎1978年生まれ。NewsTV代表取締役。早稲田大学法学部卒業後、映像制作会社を経てベクトルに入社。サイバーエージェント子会社の立ち上げを経て独立。2014年にベクトルとマイクロアドの合弁会社ニューステクノロジーの立ち上げに伴い再度ベクトルにジョイン。15年より現職。