対策1:署名の認証情報を握る人が標的、研修で接近の手口を見抜く
北朝鮮はしばしば、巧妙なソーシャルエンジニアリングを使って、署名システムの認証情報を握る人を狙う。バイナンスの事件を含めると、北朝鮮が盗んだ額の88%は、署名システムをはじめとする基盤に侵入して奪ったものだ。
AIは、こうしたソーシャルエンジニアリングの攻撃を一気に強力にしている。でっち上げた身元や、ディープフェイク(AIで作った偽の映像や音声)を使った面接、自動化された下調べを、攻撃者がより安く用意できるようになったからだ。バイナンスの報告書によると、6月の侵入の入り口はAIコーディングツールで、10月20日(UTC)に被害が広がった際には、社内のAIツールが使われた。
研修を積めば、エンジニアも採用担当者も管理職も一人ひとりが、こうした接近の手口を見抜けるようになる。手口が求人の形で来ても、コーディングテストや開発ツールの形で来ても同じだ。実際、バイナンスのセキュリティチームは6月のダウンロードを見つけている。人とツールが目を光らせていれば、検知は機能するということだ。
守る側もAIで脆弱性を先に探し、委任を取り消す手順は予行演習を
AIで勢いを増す攻撃に対して、守る側も同じ速さで応じることができる。自社のシステム全体でAIを動かし、攻撃者より先に脆弱性を見つければよい。コードや設定、端末、署名の手順を絶えず点検し、異常な動きが起きたその場で知らせるのである。バイナンスは攻撃の後、AIによって振る舞いの異常を検知する仕組みを拡充した。
企業が打てる手は、他にも4つある。1つ目は署名の基盤をブロックチェーンごとに分けること、2つ目は予期しないEIP-7702の委任(ウォレットの操作をスマートコントラクトに任せる設定)がないかを見張ることだ。3つ目はウォレットの基盤に触れる人の端末の使い方を厳しく制限すること、4つ目は事件が起きる前に、委任を取り消す手順を予行演習しておくことである。
バイナンスは攻撃の最中に取り消しの手順を作り、10月30日0時10分(UTC)に悪意のある委任を解除した。
対策2:連携が検知を回収に結びつける、テザーは37分後に凍結
検知を資金の回収に結びつけるのは、ステーブルコインの発行会社や取引所、調査会社、法執行機関の連携だ。ステーブルコインの発行会社は、1時間以内に資金を凍結した。
USDTを発行するテザーは、主な持ち出しから37分後の21時1分(UTC)に、9億7110万USDTを凍結した。その3分後には、同じくドル連動のステーブルコインであるUSDCを発行するサークルが、法執行機関と連携して8億2300万USDCを凍結している。
TRMのBeacon Network(ビーコン・ネットワーク)は、暗号資産の分野で不正な資金の流れを食い止め、資産を取り戻すためのネットワークとしては最大のものだ。今回の攻撃の後も、法執行機関や暗号資産サービスが情報をリアルタイムで共有し、取引を遮断し、資金を凍結できるよう動いてきた。
攻撃から数時間のうちに、30億ドル(約4740億円)近くが凍結された。
値引き売却と担保での借り入れ、発行会社の手が届かない資産へ
攻撃者は時間との競争に出た。約3億2500万USDTを、10%を超える値引きでマーケットメーカー(自ら売買の相手になって取引を成り立たせる業者)に売り払った。さらに、暗号資産の貸し借りの仕組みであるAave(アーベ)で、盗んだ資産を担保に借り入れをした。どちらも、発行会社の手が届かない資産を手に入れるためだ。
ブロックチェーンの追跡では、資金洗浄の3つの手口が見つかっている。トロン(TRON)のブロックチェーン上で自ら発行したトークン、貸し出した暗号資産の預かり証にあたるトークン、そして異なるブロックチェーンの間で資産を換える取引を何段も連ねる手法である。
凍結できるかどうかは、発行会社や取引所が、あるアドレスが盗まれた資金に関わっていると、どれだけ早く知るかにかかっている。だからこそ、取引所や発行会社、調査会社、法執行機関は、どのアドレスが攻撃者のものかという同じ情報を、リアルタイムのネットワークを通じて、同じ瞬間に受け取る必要がある。
ETHとBTCで残る約3792億円、次の手段は政府による押収
残る24億ドル(約3792億円)は、現在ETHとBTC(ビットコイン)の形で保有されている。どちらもブロックチェーンそのものの暗号資産で、発行会社が存在しないため、発行会社による凍結はできない。そのため、次の手段は政府による押収になる。
米司法省は、自らが押収できる規模の大きさをすでに示している。詐欺拠点を運営していたとして、カンボジアの複合企業プリンス・グループの会長と結びつきがあるとされる口座から、150億ドル(約2兆3700億円)相当のビットコインを押収したのだ。


