2026年のカルチャープレナーアワードの表彰式が開かれたのは、京都の古刹だった。金戒光明寺、通称「くろ谷さん」。ビジネスから最も遠そうなこの場所に、人と組織が続くための教えがあった。850年以上続く寺を支える二人の言葉から、ビジネスパーソンへの示唆を探る。
今からおよそ850年前、一人の僧侶が「既存の組織」から飛び出した。信者はゼロ。連れていた弟子は一人。それでも、自分が正しいと信じた教えを世に広めていった。
その拠点となったのが、京都市左京区黒谷町に建つ浄土宗の大本山・金戒光明寺。「比叡山」を降り、浄土宗を開いた法然上人が最初に庵を結んだのがこの地であり、地域からは「くろ谷さん」の通称で親しまれている。
2026年にForbes JAPANが主催する「カルチャープレナー」の表彰式会場となった同寺。ビジネスの現場とは縁遠く見える古刹だが、850年以上の伝統を守りながら時代に合わせた新しい寺の在り方を模索し続ける姿勢は、カルチャープレナーの生き方に通じる。
くろ谷の歴史に詳しい執事長の橋本周現(写真左)と、事務方を統括する伊藤英亮(写真右)の話から、ビジネスパーソンへの示唆となる「教え」をひも解いていこう。
信者ゼロで、天台宗からスピンアウト
承安5年(1175年)の春。比叡山西塔の黒谷で修行していた法然上人は、「南無阿弥陀仏と念仏を唱えることで誰もが救われる」という新たな教えを広めようとしていた。
「仏教徒にとって修行して悟りに達することが最大の目標です。法然上人は比叡山で一生懸命修行をされましたが、やればやるほどに悟りの境地に達することはできないという自覚を持つようになりました。それでも、お釈迦様はそういう人にもお教えを残しておられるはずだと信じ、経蔵にこもって経典を読みふけったのです」(橋本)
そこで出会ったのが善導大師の『観無量寿経疏』だ。念仏によって、たとえこの世で悟りは開けずとも、極楽浄土で修行を重ね、最終的に悟りの境地へ至ることができる。それが阿弥陀様の修行の結果であり、それこそが皆が救われる教えだと確信するに至った。
しかし、「念仏を唱えれば救われる」という教えは、天台宗の教えとは異なる。数ある修行の一つだった念仏を「これ一本」と決めた法然上人は、山を降りざるを得なかった。
山を降り、最初に庵を構えたのが、くろ谷・金戒光明寺と浄土宗の始まりだ。現代の言葉で言い換えれば、天台宗からのスピンアウトとも言える。
「立教開宗(教えを立てて宗派を開く)の日、法然上人が連れていたのは一人の弟子だけ。信者はゼロです。私たちには檀家さんという基盤がありますが、法然上人は全くのゼロから始めた。そもそも比叡山を出ること自体、ものすごい覚悟がいるわけですから、並大抵の苦労ではなかったと思います」(橋本)
街角で見知らぬ人に「ありがたい教えがあります」と声をかけたところで相手にされないのは今も昔も変わらない。それでも法然上人は理論的に、切々と教えを説き、一人、また一人と信者を増やしていった。その信者がさらなる信者を生み、43歳で開いた浄土宗は、約30年後、都中から念仏が聞こえるほどに広がっていく。
「他の宗派から朝廷への申し立てによって念仏停止のお触れが出ても、念仏を唱える人は減らなかった。それだけ法然上人の教えは浸透したわけです」(橋本)
なぜ、信者ゼロからこれほどの広がりを生んだのか。そこには、教えそのものだけでなく、それを貫く強い意思があった。
「法然上人は豪族の家に生まれ、幼い頃に父親を殺されています。父からの遺言は、『お前が敵の子を殺せば、お前の子も殺される。それが永遠に続くから、ここで終わりにしなさい。私の菩提を弔い、みんなが悟れる教えを求めて仏門に入ってほしい』というもの。相当な思いがあったのだと思います」(伊藤)
欲の向かう先を問う、「明るく、正しく、仲良く」の教え
「教えを広めたい」という強い思いも、見方を変えれば一つの「欲」と言える。橋本は、「欲のない人間はいない」という。煩悩なき悟りの境地に達することができない者にできるのは、欲との向き合い方を意識することだ。
「ビジネスパーソンであれば、『1億円の次は2億円の売上を目指そう』といった地に足のついた目標を立てるのはいいでしょう。ただ、行き過ぎた欲は軋轢を生みます。人間の欲は果てしなく、どんどん深まりますから」(橋本)
では、欲をどこに向ければいいのか。橋本が大切にするのが、「明るく、正しく、仲良く」の3つだ。
「仏教の教えは、突き詰めれば『明るく、正しく、仲良く』です。たった3つだけれど、これがものすごく難しい」
自分の利益だけを追い求めていれば、周囲との関係は続かない。反対に、相手や周囲のことを考えながら行動していれば、困ったときに手を差し伸べてくれる人が現れる。売り手よし、買い手よし、世間よしの「三方よし」を目指す近江商人の考え方を「うまいこと言うてはる」と橋本は評する。
「きちんと人間としてのお付き合いをしていれば、『ちょっと助けてやるか』という救いの手が来るはずなんです。私たちはそれを『仏様の後押し』と言うんですよ」(橋本)
ただし、その後押しを期待して人付き合いをするわけではない。見返りを求めれば、それもまた欲となるからだ。
「最近は、念仏をすることによる直接的な見返りを求める人が多いですが、それは違います。念仏をした人には、後押しがちゃんと来る。ただし、後押しを求めてする念仏は違うということです」(橋本)
前撮りに、子ども食堂。全ては新たなご縁に種をまくため
開宗852年となる浄土宗。「南無阿弥陀仏」と念仏を唱える軸は変わらないが、寺と人が出会う入り口は時代とともに移り変わってきた。
従来と比べて寺との距離が離れる現代、くろ谷では縁を結ぶ最初のきっかけとなる「足を運んでもらう」機会を増やす動きを進めている。
その一つが、結婚式の前撮りだ。かつて1社だった撮影業者を数十社に増やしたところ、電話での連絡では対応が追いつかず、Googleカレンダーで空き枠を公開することで電話なしで予約できる仕組みに改めた。その結果、今では年間約700組が撮影に訪れる。
「前撮りは、その後の節目にもくろ谷を訪れるきっかけになります。結婚したお二人だけでなく、そのお子さんが大人になり、結婚するとき、『両親と同じところで撮ろうか』となるかもしれませんから」(伊藤)
写真提供:金戒光明寺。photo by Lámpe photography 眞鍋光太朗(Kotaro Manabe)
かつては前撮りに同席する親族の撮影は断っていたが、それも解禁した。親族が撮った写真を周りの人に見せれば、くろ谷のことを知ってもらうきっかけを作れるからだ。コロナ禍で子ども食堂を始めたのも、「子どもたちが大人になり、くろ谷で食事をしたことを思い出せば、お参りに来てくれるかもしれない」という発想に基づく。
「子ども食堂を始めるとき、近くの交番や企業から『社会貢献したい』と協力の手が上がりました。檀家さんを中心にお米などの寄付があり、料理はホテルの料理長も腕を振るってくださっています。ゼロイチで小さくでも始めることで、ご縁につながっていくものだと感じますね」(伊藤)
一度きりの接点を、次の接点につなげていく。その蓄積は、いざというときに寺を支える。火災や応仁の乱など、くろ谷はこれまで4回大きな損壊を経験した。直近では昭和9年に大きな火災で本堂が被害にあった。「寺をなくしてもいいのでは」という空気さえ漂いかねない中、復興を成し遂げたのは檀家たちの結束だ。
「ここは信者さんの寺であり、『復興しなければならない寺だ』と思ってくださったそうです。それまでにくろ谷が皆さんとのご縁をつないできたからこそ、復興できたのだと思っています」(橋本)
寺が「本心を言える場所」であり続けるために
縁をつなぎ、くろ谷を守り続ける。それは、この寺に生きる僧侶らの使命だ。
「建物だけがあってもだめ。信者さんがいて、初めて伽藍(僧侶が集まって仏道修行をする清浄な場所)が成り立ちますから、布教活動もしなければと思います」(橋本)
人との接点を増やす一方で、くろ谷が考えているのは「寺にしかできないことは何か」という問いだ。最近では、困った時の相談先としてAIを挙げる人が少なくない。これまで僧侶をはじめ宗教者が担ってきた役割が、AIに代替されかねない危機を迎えている。
「お寺は、何かあったときに相談する場所であり、本心が言える場所です。お釈迦様は『対機説法』といって、相手の悩みを聞いて、その人に合わせてわかりやすく教えを伝えておられました。私たちはその原点に立ち返らなければいけません」(橋本)
信者ゼロから一本の念仏を貫いた法然上人。「南無阿弥陀仏」という軸を守りながら、人と寺が出会う方法を変えてきた。前撮りも、子ども食堂も、AI時代の相談場所としての寺も、その延長線上にある。縁に種をまき、目先の効率では測れない積み重ねが、組織を続かせるのだろう。850年以上続く寺の姿は、変わらないために変わり続けるとはどういうことか、静かに教えてくれる。
くろ谷 金戒光明寺
https://www.kurodani.jp/
秋の特別拝観 開催 11月13日から(日中・夜間)
秋の特別拝観が日中・夜間の2部制で開催。日中は御影堂・大方丈・庭園に加え、京都市内を一望できる山門楼上を特別公開する。夜間は「秋は夕暮れ」の名所らしく境内がライトアップされ、塔頭・栄摂院の夜間ライトアップも初めて公開される。
大方丈では、仕掛けのある通常非公開の「虎の襖絵」や伊藤若冲筆「群鶏図押絵貼屏風」などの寺宝を公開。枯山水「紫雲の庭」の紅葉、夜には水面に映る逆さ紅葉も見どころだ。期間中は毎日、箏や篠笛による和楽器の演奏も行われる。予約不要。
【日時】2026年11月13日(金)〜12月6日(日)
日中拝観:10:00〜16:30(最終入場16:00)
夜間拝観:17:30〜20:30(最終入場20:00)
【場所】浄土宗大本山 くろ谷 金戒光明寺
〒606-8331 京都府京都市左京区黒谷町121
アクセス
・市バス「岡崎道」下車(32・203・204系統)徒歩約10分
・市バス「東天王町」下車(5系統)徒歩約10分
※山門下黒谷駐車場(乗用車73台)あり。大型バス駐車場はなし
橋本周現(はしもと・しゅうげん)◎1956年愛知県名古屋市生まれ。佛教大学卒業後、名古屋の宝石商に入社し、松坂屋の宝石サロンで販売を担当。1984年に京都市左京区黒谷町の西雲院で出家得度し、86年に浄土宗僧侶、西雲院副住職となる。2005年に金戒光明寺執事、11年に西雲院住職、22年より金戒光明寺執事長を務める。
伊藤英亮(いとう・えいりょう)◎1982年千葉県柏市生まれ。大正大学卒業後、尾張徳川家菩提寺の建中寺に奉職。2013年より金戒光明寺に奉職し、同年に滋賀県甲賀市・延命寺の副住職に就任。広報・SNSを担い、婚礼前撮りの受け入れ拡充で年間約5件だった前撮りを700件以上に伸ばした。2021年より「こころばかりの会」代表として子ども食堂を運営する。



