石油の生産から販売まで、部門ごとの判断をAIで結び付ける
石油の生産から販売までを手がける国営石油会社は、1バレルごとに多くの選択を迫られる。生産を今始めるか後に回すか、原油のまま売るか製油所で精製するかを判断しなければならない。輸送先を東西どちらにするか、期間を定めた契約か自社の取引部門を通じて売るかという選択もある。
従来、判断は部門ごとに異なる予測モデルを使って下され、調整には数週間単位の計画策定が必要だった。ADNOCが構想するのは、複数のAIエージェントを連携させ、油層に関する前提を製油所の操業計画や原油の輸送判断へ直接反映させる仕組みだ。
熟練社員が知識を共有しなければAIは十分に学習できない
部門間の分断は、計画策定を遅らせるだけではない。生産や商取引に携わる熟練者にとって、他部門が持たない知識や経験は自身の強みにもなる。油層の状況と原油の輸送計画をつなぐには、担当者が個別に持つ知識を共有しなければならない。しかし、経験豊富な担当者ほど、知識を共有する動機は乏しい。業務の全体像を把握できるようになって最も恩恵を受けるのは若手社員だ。AIが学習できる範囲は、熟練者が持つ実際の知識をどこまでシステムに入力するかに左右される。
油田開発計画の策定を数カ月から数時間へ短縮する構想
初期導入の1つ目の用途は、従来からある油田開発の計画づくりに近い。ADNOCによると、OpenAIの推論モデルは数千本の坑井、複数の地層に重なる油層、数百カ所の地上設備から蓄積した数十年分のデータを活用する。設備投資などの資本、費用、商取引上の要因も組み合わせ、油田全体の開発基本計画を策定する。ADNOCは、従来数カ月かかる複雑な油田開発計画の策定を数時間に短縮することを目指す。
基盤になるのは、アブダビ首長国のAI企業AIQが開発した、石油・ガスの探鉱と生産を支援するAIエージェントシステム「ENERGYai」だ。AIQにはADNOCも出資しており、G42傘下のデータ分析企業Presightが過半数の株式を保有する。AIQは2025年3月、28を超える生産油田にENERGYaiを導入する契約を発表した。期間は3年間、金額は3億4000万ドル(約538億円)に上る。
ADNOCの説明では、ENERGYaiは地下の油層、地上の生産設備、操業状況を分析し、油田開発や生産に関する知見を蓄積する。Frontierは、ENERGYaiが蓄積した情報を、精製、物流、販売、取引など他部門の情報と結び付ける。油田ごとの生産効率だけでなく、石油事業全体の収益性を考慮した判断につなげる構想だ。ただし、ADNOCの石油取引事業のどの部分が初期導入に含まれるかは公表されていない。
エネルギー企業がAIに期待する価値は費用削減より安定供給
エネルギー業界の経営幹部を対象とした調査でも、AIに期待する価値が変化している。ADNOCと、同社で海外投資を担うXRG、マイクロソフトは2026年10月29日、調査「Powering Possible 2026」を公表した。対象はエネルギー・金融業界の経営幹部約400人だ。AIの価値を測る最も重要な尺度に、供給の安定性と信頼性を挙げた割合は、2025年の26%から2026年には39%に増えた。費用削減を挙げた割合は19%から13%へ低下した。
世界のエネルギー供給は過去5年間で予測しにくくなったと86%が答えた。複数のAIエージェントを連携させて業務を進める組織の割合も、15%から33%へ2倍以上に増えた。調査の実施主体はAI導入に利害関係を持つ企業だが、結果はADNOCが今回の提携で目指す方向と重なる。海上輸送の混乱によって運賃、保険料、納期が数日で変わり得る状況では、石油1バレルの価値を判断する上で、生産から納入までを通した予測が難しくなる。
アブダビ国営石油会社は200超のAIアプリの重複をなくせるか
ADNOCは、AI導入に関して多くのエネルギー企業を上回る実践経験を持つ。同社によると、4万人を超える従業員に企業向けサービス「ChatGPT Enterprise」を導入済みで、利用率は97%を超える。すでに導入したものと開発中のものを合わせ、AIアプリケーションも200を超える。いずれもADNOC自身の公表値だが、AI導入の成否を考える上で重要な手掛かりになる。
大企業の多くは、似通ったAIモデルを利用する権利を購入している。成果の違いを生むのは、判断に直接関わる現場の担当者が、従来の判断方法を実際に変えるかどうかだ。
200を超えるAIアプリケーションが存在すること自体も、部門間の連携という課題を生む。大規模な企業グループでは、他部門が何を開発しているか分からず、同じ機能を持つツールを重複してつくりがちだ。複数部門の判断を一体化するFrontierは、重複した開発を解消できるかどうかでも評価される。


