「死の谷」を回避する、社会課題逆算型のアプローチ
従来のディープテックは、大学の研究室で生まれた優秀な技術を起点に用途を探す「シードアウト型」が主流だった。しかし、この手法は市場適合に長時間を要し、事業化への「死の谷」で潰えるリスクを孕む。
一橋イノベーションキャピタル代表取締役の沼田朋子氏は、この構造的課題に対して「研究者の技術起点だけではなく、ビジネス系の経営人材が解きたい社会課題から逆算し、必要な技術を獲得・集約するアプローチが極めて有効だ」と強調した。
その好例が、財務省出身の岡田光信氏が40歳で宇宙ゴミ(デブリ)除去のミッションを掲げて立ち上げ、2024年に上場を果たしたアストロスケールホールディングスだ。同社はJAXAの商業デブリ除去実証に採択され、政府機関を最初の顧客として事業を育ててきた。
沼田氏は「明確な課題とミッションがあったからこそ、技術者も資金もステークホルダーも巻き込めた」と分析する。さらに沼田氏は「ゼロからの研究開発だけではなく、既存の要素技術を高度に組み合わせる『インテグレーター型』の企業にも、資金や政策支援が向かうべきだ」と提言した。
一方、東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC)代表取締役社長CEOの郷治友孝氏は、経営人材不足に対する常識破りのアプローチを明かした。「経営者が不在でも、特許化や大学との条件を固めて先に会社を設立し、後から創業社長を『採用』する手法も実践してきた」。
自動運転のティアフォーを率いる加藤真平氏のように、郷治氏から「研究者には経営はできない」と発破をかけられ、大学を辞めて本気の経営者へ脱皮した稀有な例もある。郷治氏は「大企業のCVCが140社規模へ急増した。M&Aを通じて異質なスタートアップを取り込むことで、サラリーマン化した大企業に創業者精神が再注入され、日本経済全体の活性化につながる」と、マクロ経済への波及効果に強い期待を込めた。
モデレーターの西村氏は「20年前には想像もできなかった熱気がここにある。個々の人的なつながりの蓄積が、10年後、20年後の日本の産業構造を塗り替えていく」と、ディープテック投資に期待を込めて、締めくくった。
科学者は「農家」、製品開発者は「料理人」
パネルディスカッションの熱気を受けて壇上に立ったのは、数多くのバイオテック企業への投資を主導してきたモーニングサイド会長のジェラルド・チャン(Gerald Chan)氏だ。チャン氏は静かだが重みのある言葉で「科学(Science)」と「製品開発(Product Development)」の根本的な違いを語り始めた。
「ディープテックは、資本集約的で長期間を要するハイリスクな世界だ。科学の目的は未知の発見であり、評価を下すのは論文のピアレビュー(査読)だ。対して製品開発の目的は社会や人々の生活にインパクトを与えることであり、評価を下すのは市場と規制当局である」
チャン氏は両者の関係を独特な比喩で表現した。「科学者は農家(Farmer)であり、製品開発者は料理人(Chef)だ。優れた農家が良い作物を育てても、美味しい料理に仕上げるには料理人の腕が不可欠であるように、優れた科学が直ちに優れた製品を生むわけではない」。
歴史を振り返れば、ペニシリンを発見したのは英国のアレクサンダー・フレミングだったが、それを大量生産の製品へと昇華させたのは米国の企業だった。がん免疫治療薬(PD-1抗体)の大ヒットも、企業の買収劇のなかで偶然引き継がれたプログラムが結実した側面をもつ。チャン氏は「画期的な科学がそのまま成功を約束するわけではない」と断言する。


