そのためNASA長官であるジャレッド・アイザックマン氏は、ULA社がヴァルカン・ロケットの第2段としてすでに運用している「セントールV」の採用を今年3月に急遽決定。さらに、同機の推進剤の搭載量を50%増やし、81.7トンに拡張した「ストレッチ・セントール」を、ULA社に短期間で開発することを確約させた。アイザックマン氏のこうした手腕によって、オリオンを単独で月の低軌道に投入する選択肢を得るとともに、有人月面着陸を2028年中に実現する可能性を辛うじて残したといえる。ストレッチ・セントールの導入は、現在時点においてオリオンとのドッキングに地球高軌道(HEO)が選択されているスターシップに対しても、その運用において冗長性をもたらす。
タイトすぎるスケジュール
ただし、アイザックマン氏の強力なリーダーシップと裏腹に、スペースXとブルーオリジンにおける機材開発には多くの課題が残されている。
9月に行われた14回目のフライトで、スターシップは初めて地球周回軌道に投入され、その実運用が開始された。ただし、難易度の高い軌道上での推進剤補給の実証や、有人フライトテスト、無人機による月面着陸実証などは、すべてこれから行われる予定であり、そのすべてを完了したうえで2028年の有人月面着陸を行うことは、時間的に難しいと思われる。
一方、当初2030年(旧アルテミス5)に予定されていたブルームーンによる月面着陸を、NASAが2年間前倒ししたことで、ブルーオリジン社には過度なストレスがかかっている。今年5月には、同社の大型ロケット、ニューグレン4号機が地上で爆発事故を起こし、ケープカナベラルの専用射場が壊滅的な損傷を受けている。その復旧作業は急ピッチで進められており、11月から打ち上げを再開する見込みだが、その間、予定された実証打ち上げをこなせていない。
また、ニューグレンの第1段エンジンが7基、第2段が2基という既存仕様を、9基と4基へと移行する計画を、この事故をきっかけに早期に着手する決定をベゾス氏は下したが、その実証をわずか約1年半で行い、本番の有人月面ミッションに臨むには、よほど開発のペースを早める必要がある。
国家プロジェクトとしての宇宙計画の中核を民間に委ねる米国は、そのマネジメントにおいて、アポロ時代とは異なる困難に直面しているといえる。それを打破する力となるのは、NASAの貢献と、アイザックマン氏のリーダーシップと、プロバイダーの技術力と資本力、そして意思だといえるが、その背景には、2030年の有人月面着陸を目指す中国の猛追がある。


