AI時代、希少なのは「生態系を編む力」
この原則はAIにも当てはまる。画像、文章、音楽をつくる入口は広がったが、最先端モデルの計算資源や大規模データ、流通経路は限られた企業やプラットフォームに集中する。安く、速く、大量につくれるかではなく、誰が創造の条件を決め、結果に応えるかが問われる。
AIは「表現過剰、意味づけ希少」の時代を加速させた。一つの広告に千の案を出せても、どれを街に出し、偏りを誰が点検し、問題が起きたとき誰が説明してつくり直すかは、生成能力だけでは決まらない。問われるのは、何をつくるに値するかを問い、選択の理由を説明し、結果に応え、別の担い手が異なる続きを始められるようにする力である。創造性の重心は、生成から問い、選択、応答へ移る。
これは個人の良心だけに委ねず、制度として備えるべき力だ。誰の作品をどんな条件で学習に使い、利益や知見をどう戻すのか。流通や推薦を左右するプラットフォームは、何を見せなかったかを説明し、誤りや被害を修復できるか。責任を決定権と利益に応じて制度へ編み込まなければならない。
生態系を編むのは人間だけではない。素材や土地の応答を受け、制作中に問いや意図を変えることも含む。木工職人は木目に刃の角度を合わせ、陶芸家は窯の癖を読んで釉薬や置き方を変える。手仕事の価値は、人の手による純粋性ではなく、素材、道具、土地との交渉で創造が変わった痕跡にある。手仕事とは、人間と世界との交渉記録である。
完成品ではなく、文化が生まれる関係をともに編む
日本の文化が海外で経済的に成功したとき、その成功は、異なる土地で新しい文化の条件になっただろうか。
台北の日本食レストラン「祥雲龍吟」で料理長を務めた稗田良平は、2014年の開業半年前から台湾の産地を巡り、二年目には醤油や味噌を含む食材のほぼすべてを台湾産とした。東京の献立を再現せず、台湾の季節と素材を日本料理の技法で読み直した。同店は2022年11月末で営業を休止したが、稗田は台湾に残り、2024年に台北のダーダオチェン地区で新しい店「盈科」を開いた。
ロンドンの「UMU」で料理長を務めた石井義典は、コーンウォールの漁師に活け締めを伝え、現地魚の供給関係を築いた。2020年末の退任後も、後任のリョウ・カマツが英国近海で一本釣りされた魚と活け締めを料理の柱としている。店の看板が残ることと、土地に根づいた実践が次の創造へ継がれることは、同じではない。
ユネスコ無形文化遺産の代表一覧表に記載された「和食」も、特定の料理の型ではなく、生産、加工、調理、消費をめぐる知識、技法、習慣の総体であり、自然への敬意と結びつく。
その土地の自然や季節を読み、素材を生かす判断は、現地の素材や担い手との出会いで変わる。文化の翻訳とは、正しい形を教えることではない。受け入れる側と持ち込む側が、ともに変わりながら新しい関係と表現を編むことだ。
だが現地の担い手を意思決定から外し、利益や評価を一方だけが持ち帰れば、翻訳ではなく収奪だ。現地の人々が異論を唱えられ、利益、権利、データ、制作の知見が共同制作者や次世代に渡り、次の創造や土地・自然の再生につながるかまで問う。


