測りにくい「豊かさ」にどう向き合うべきか
果たして、日本企業は社会テーマでも出遅れてしまうのか。今まで環境テーマを主導してきたのは、欧州だった。何を「グリーン」と呼ぶかを決めるEUタクソノミーや、輸入品に炭素コストを課す炭素国境調整措置(CBAM)を、欧州はトップダウンで作った。それらを域外企業にも適用したため、欧州が世界の脱炭素を牽引するかたちになった。英・ユニリーバのように、SDGsの策定そのものに自ら関わった企業もある。一方、日本企業の大半は、SDGs策定から数年経ってようやく重要性を認識し、完全に後手に回った。
だがポストSDGsで同じことが起きるとは限らない。社会テーマは環境テーマとは違い、測り方が定まらないからだ。例えば主観的ウェルビーイングは、「考えうる最悪の人生を0、最良の人生を10とすると、あなたは今どこにいるか」という質問で測られ、幸福度とも呼ばれる。
しかし、ノーベル経済学者のアマルティア・センが指摘したように、長く苦しい状態に置かれた人は生活への期待値そのものを下げ、小さな恵みにも喜びを見出すようになる。そのため、客観的な生活水準は低いのに幸福度は高い、という一見矛盾した状況(適応的選好)が起こりうる。人と人の信頼やつながりを指す社会関係資本も、提唱者で政治学者のロバート・パットナムの定義にさえ反論が多く、増えたのか減ったのかの評価基準すら統一されていない。
このように、社会テーマではまだ共通の物差しが定まっていないため、環境テーマのようにトップダウンで目標を定め、各社に割り振っていくような進め方は成り立たない。それができない以上、手がかりは現場にある。企業が試行錯誤のなかで積み重ねてきた「実践知」だ。
例えば、米国では信用スコアというものが社会的に流通しており、ローンの審査を始め携帯の契約、さらには雇用にまで大きな影響力をもつ。ところが、賃貸暮らしの人は家賃を毎月きちんと払っても信用スコアには反映されず、ローンの審査で不利になることが多かった。そこでニューヨークのフィンテック企業Esusu(エスス)は、家賃の支払い履歴を三大信用情報機関に報告する仕組みをつくって、信用スコアにカウントされるようにした。
同取り組みは、住宅金融公社フレディマックと組んだ事業だけでも、事業開始から1年半で2万7000人余りが初めて信用スコアを得るなど、大きな成果を上げた。さらに、家賃の支払い履歴を信用情報機関に報告する「レント・レポーティング」が、全米で急速に制度化される流れも生み出した。人々の生活水準の向上を支援し、ひいては幸福度の向上にも寄与し得る取り組みだろう。
オランダでは、大手スーパーJumbo(ユンボ)が2019年、「おしゃべりレジ」を設置し始めた。レジは処理の速さで評価するのが小売の常識だが、おしゃべりレジでは店員があえて高齢者を中心とした顧客とおしゃべりをする。結果的に同レジは顧客ロイヤリティ向上につながり、全国200店舗にまで導入が拡大した。顧客の孤立を緩和し、社会的結束の強化を後押しする取り組みと言える。


