カルチャー

2026.10.28 15:45

なぜ200年前のシルクに勝てないのか 細尾真孝と北野宏明が探る「革新の原点」【第1話】

技術の進歩が、必ずしもより優れたものを生み出すとは限らない──。京都・西陣の老舗織元「細尾」の12代目、細尾真孝は、江戸時代のシルクに触れ、現代の技術ではかなわない美しさに衝撃を受けた。この体験が、従来の価値基準を見直し、新たな産業の可能性を探るきっかけとなった。

常識を覆す発見は、いかにしてイノベーションにつながるのか。

Forbes JAPANでは、世界的な科学者・北野宏明が主宰する「The Discovery Engine」との連携企画をスタート。各分野の第一人者との対話から、ビジネスや社会に新たな価値を生み出す「発見」のプロセスを探る。

初回は、北野と細尾の対話を人間とAIの協働で物語化した全5話のシリーズ「細尾真孝の発見──伝統の中から、革新はどう生まれるのか」から、第1話「アノマリーからの発見」を紹介する。


THE DISCOVERY ENGINE|HOSOO SERIES

◆第1話 アノマリーからの発見◆

負けた、と思った

発見は、いつも予測が壊れるところから始まる。

十数年前、細尾真孝は、江戸時代に織られたシルクの着物に触れ、それを実際に身にまとう機会を得た。京都・西陣で1688年(元禄元年)から続く織屋の当主。世界のラグジュアリーブランドが旗艦店の内装に選ぶ西陣織を率い、現代で最も複雑な織物をつくっているという自負があった。新しいプログラムや技術を取り込みながら、織りの可能性をその手で押し広げてきた手応えもあった。

その自負が、布一枚で崩れた。

細尾は西陣織を、世界で最も複雑な織物構造へと到達したものだと考えている。構造の緻密さでも、糸の使い分けでも、現代はテクノロジーを取り入れることで、かつてないほど複雑なものをつくれている──そう信じていた。ところが、江戸のシルクは違った。構造としては、そこまで複雑ではない。にもかかわらず、圧倒的な素材の良さによって、まったく別次元の美しさが立ち上がっていた。その衝撃を、細尾は別の場でこう語っている。

「江戸時代の着物を着た時に、まったく新しいものを見たような感覚、『なんだ、これは!』と見たことのない現代アートに出合ったときに受けるようなショックがありました。西陣織は、美を追求する中で世界でも最も複雑な織物構造になりました。(…)しかし、江戸時代のシルクは構造としてはそこまで複雑ではないにもかかわらず、圧倒的な素材の良さによって、まったく別次元の美しさを立ち上がらせていた。そこには、私たちが到底かなわないと感じるほどの美がありました。まず、そこがやられたポイントです」(WWDJAPAN「HOSOOとソニーCSLが挑むシルク革命、人間の感性とAIが紡ぐ新しい『美』」2026年2月。鼎談、モデレーター:水野大二郎)

「なんだ、これは!」──既存の価値判断を揺さぶり、宙づりにする一撃である。200年前の布が、最先端の織元に、現代アートと同じ種類のショックを与えた。技術では勝っているはずなのに、美では負けている。この食い違いが、細尾の中に消えない問いを残した。過去が、未来のように見えた。これが、このシリーズ全体の種になる〈アノマリー〉だ。

図:絹の光は、三角断面の構造がつくる(静止画)
図:絹の光は、三角断面の構造がつくる(静止画)
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