炎上ではなく暴発リスク——「アクティビスト化する社会」
さらに、こうした国家的な動きと共鳴するのが、社会そのものの変容だ。弊社コントロールリスクスのグローバル企業向けリスク予測レポート「リスクマップ2026」では、重要なトレンドとして「アクティビスト化する社会」を挙げている。それは、市民や消費者の抗議運動が、突如として急速に拡大する時代の到来を意味する。
このような環境下では、企業の発言や行動が「不正義の象徴」として突然読み替えられ、標的になる可能性が高まる。そこから生まれるナラティブは、もはや「炎上」ではなく「暴発」のリスクをもつ。
こうしたナラティブの政治化がもたらす影響は、企業の内部(組織・従業員)にも、深刻な課題を突きつけている。米NGOのフリーダムハウス(Freedom House)が26年に発表した調査によれば、世界の政治的自由度は20年連続で低下している。グローバル企業の従業員の多くは、本社とは異なる政治体制や社会規範の下で暮らし、働いている。日本企業は自らを自由民主主義陣営の企業だと当然のように考えがちだが、世界各地に散らばる従業員が置かれた政治的環境は、決して一様ではない。
例えば22年、ロシアによるウクライナ侵攻時、多くの西側企業がSNSのアイコンをウクライナ国旗に変更し、同国支持の姿勢を明確にした。しかし、本社によるこうした善意の政治的・人道的な発信が、異なる政治環境下で働く従業員にとっては思いがけない脅威となる。
実際、ロシアの拠点で働く従業員たちは、本社がウクライナ支持を表明したことで、政治的圧力や評判リスクに晒された。欧州の複数企業では、ロシアに勤務するスタッフが通勤時に嫌がらせを受けたり、行政手続きで不自然な遅延が生じたりしたという。本社発のナラティブが、意図せず特定地域の従業員の安全を脅かしてしまうのだ。ナラティブの政治化は、「企業内部の安全保障」に直結している。
もちろん、政治的スタンスを表明するかどうかは経営者の判断であり、最終的には株主をはじめとするステークホルダーからの支持や、中長期的な企業価値への影響などによって評価される。しかしその判断においては、地域ごとの従業員の安全や現地事業へ及ぶ影響まで見極めることが不可欠だ。
構造的な課題はふたつある。第一に、多くの企業がこれを単なる広報上の「炎上対応」と捉え、背後にある外交・安全保障上の構図と接続して分析しないこと。第二に、「正しく説明すれば理解される」という、すでに崩壊した前提に依存していることだ。
事実の切り取りや偽情報が意図的に拡散される環境下で求められるのは、自社の行動や発言が「誰の、どの文脈で、どう解釈され得るか」を平時から把握し、発信のタイミングやメッセージそのものを設計する力だ。重要なのは、「語られ方」を経営の意思決定プロセスに統合できるかどうかである。
盲点3.「信頼」という名の任せきり
人材やナラティブを巡る懸念は尽きないが、こと情報資産の防衛において「最後の砦」となるのはアクセス管理だ——多くの企業はそう考えている。しかし、そこにも構造的な盲点がある。外部からのマルウェアやフィッシングへの対策は進んでいても、実際の流出の起点が「正当なアクセス権限をもつ委託先」だったという事例は、報道例を見ても枚挙にいとまがない。
21年にはLINEで、システム開発を委託した中国企業が日本のユーザーデータにアクセス可能な状態にあったことが、問題となった。外部からの不正侵入ではなく、「信頼していたはずの委託先やアクセス権限」そのものが、リスクの経路となり得た事例である。
この種の問題の正体は、個人の悪意だけではない。「社内だから安全」「長年の取引先だから大丈夫」「あそこは委託先が管理している」——こうした信頼が、権限の確認や監督の代わりになってしまった瞬間、対策は形骸化する。


